fhánaの「最大出力」を見せつけた名曲誕生――fhána『愛のシュプリーム!』インタビュー(前編)

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更新日:2021/9/2

fhána

 fhána通算16枚目のシングルにして、現在放送中のTVアニメ『小林さんちのメイドラゴンS』のオープニングを飾っている『愛のシュプリーム!』(発売中)。結成から10年を超え、この8月でメジャーデビューから9年目を迎えたfhánaにとって、超重要なシングルである。2017年に発表し、MVがYouTubeで実に3,900万回以上の再生数を誇る大ヒットとなった“青空のラプソディ”は、アニメ音楽シーンに大きなインパクトを与える1曲だった。その後、バンドは3rdアルバムやベストアルバムのリリースを経験し、アニメや音楽をめぐる世界の環境は、劇的に変化した。従来通りの楽曲制作やライブの開催が困難な状況の中で、fhánaは着実に前進を重ねている。“青空のラプソディ”と同じかそれ以上のポジティビティをまとい、愛を奏でた“愛のシュプリーム!”は、たくさんの聴き手に届くべき1曲となった。楽曲に、MVの映像に、ひとりでも多くの方に触れてほしい、と思う。

『愛のシュプリーム!』リリースを機に行なわれた今回のインタビューは、2本立てでお届けしたい。前編では、表題曲“愛のシュプリーム!”完成までのエピソードと、2020年からのfhánaの歩みについて、話を聞いた。

towana

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“愛のシュプリーム!”を聴くたびに、込み上げてくるものが毎回ある(towana)

――最新シングルの“愛のシュプリーム!”、本当に素晴らしい楽曲ですけど、どんな手応えを感じていますか。

佐藤純一:ここでもうアクセル全開、最大出力にしなくてどうする、という曲を作ろうと思ったし、作りましたね。いろいろなことがあって、世に出るのには時間がかかりましたけど、現段階では好評をいただいていて、これからどう育っていくかな、と思ってるのが、今現在ですね。

yuxuki waga:この曲、よく聴くんですよ。作ってる最中にめちゃくちゃ聴いてるから普段はそういうことあまりないんだけど、だからたぶん自分でも気に入ってるんだなって思います。

towana:わたしも、ミュージックビデオを今までで一番観てるかもしれない。

kevin mitsunaga:そうかも。俺も、他の曲に比べて一番見返してるかもしれない。

yuxuki:不思議な曲です。でも作ってるときは、マジでわからなかったから(笑)。

――完成形がイメージできなかった?

yuxuki:そうそう。この曲って、サビでエモい感じになるんですけど、急にエモくなるから、「これはどういう曲なんだ?」と思いながら最初は聴いていて(笑)。まさかこんなにドラマチックに仕上がるとは思わなかったし、歌詞を含めて曲全体を通してのドラマや展開がすごいから、面白い曲だなって自分たちでも思います。

kevin:「最大出力でいかずにどうする」と、佐藤さんが思いながら作った曲で、俺は最大出力でラップをすることになり、武者震いしましたね。というのも、リスナーの方が期待してるのはtowanaさんの歌声であって、いきなり男の声でラップが入ってきたら、たぶん異物感がすごいと思うんですよ。そこで、「でもこれはこれでいいね」と言ってもらえるようにやらなければならないので、かなり力は入ってました。だから不安感もありましたけど、心配が透けて見えるのはダサいから、あくまでも100パーセントでやってやろうという気持ちで、レコーディングしましたし、悔いはないです。ミュージックビデオも含め、みんなでいいものが作れたなって思ってます。

towana:わたしは、“愛のシュプリーム!”には苦しい記憶があります。『メイドラゴン』の2期があります、fhánaが担当します、となったときは、本当に嬉しかったんですけど、それからいろんなことがあって――。

佐藤:実際、1回ボツになってるんですよね。別の曲があったんです。

towana:この1年、2年で、「この曲が世に出る日は来るんだろうか」「これから自分は歌を歌うことができなくなるんじゃないか」とか、いろんな不安や苦しい記憶があって、個人的にはそれが刻まれてる曲です。すごく楽しい曲なんだけど、レコーディングも楽しい気持ちだけではできなかったし。なので、この“愛のシュプリーム!”を聴くたびに、込み上げてくるものが毎回あります。でも、そういう作り手側の気持ちや思い入れって、もしかしたら伝わるものがあるのかもしれなくて。発売後の反響や、ミュージックビデオへの反応から、それをちょっと感じたりします。

――なぜボツになって、作り直すことにしたんですか。

佐藤:いや、単純に曲が微妙だったんです(笑)。今から思えば、“青空のラプソディ”の重圧で、けっこう守りに入った曲だったかな、という気がします。迷走というか。“愛のシュプリーム!”のようにラップではなくて、普通の歌でした。提出しながら、「う~ん、これねえ」って思ってましたね(笑)。

――(笑)その時点では最大出力は出てなかった。

佐藤:出てないですね。「これでいいのかな?」みたいな、吹っ切れてないような感じでした。で、「これじゃない」と言われて、逆に吹っ切れたというか。“青空のラプソディ”のときも、当時はディスコソングみたいな感じの曲はアニソンのシーンの中にはあまりなかったし、なおかつ自分が好きだった音楽性でチャレンジして、一石を投じるつもりで作った曲にそれなりに反響があったので、今回もそれとはまた別のチャレンジをしなきゃいけない、とは思ってました。

――“青空のラプソディ”後の重圧があったんですね。

佐藤:重圧はありましたね。あったけど、最初のボツになった曲を作ってるときに感じてました。“愛のシュプリーム!”を作ってるときは、「突き抜けよう」みたいな感じでした。

――なんで吹っ切れることができたんですか。

佐藤:早くOKしてもらいたかったんです(笑)。これでボツだったらイヤだな、もう行くところまで行ったやつを出したろう、みたいな(笑)。実はこの曲って、時間をかけて完成してるんですよ。2019年に最初に作ったこの曲のデモは、言ってみればまだ平和な時期に作っていたもので。いろいろなことがあって、2020年にフルサイズで仕上げたんですよね。だから、2番以降は2020年に作ってるんですよ。なので、重みが結果的に出てしまったというか、いろいろな思いも込められていますね。単純に盛り上がる曲を作ろう、だけじゃなくて、意識的にせよ無意識的にせよ、どうしても思いが濃く入ってると思います。

――「いろいろな思い」をもう少し詳しく聞いてもいいですか。

佐藤:“僕を見つけて”以降、fhánaの曲では「死について向き合ってる側面」があって。“僕を見つけて”で言うと、特に後半の歌詞、《祈りと光》《再会を信じて》あたりは、作った時点以上に重みを帯びていて。自分の年齢とかもあると思うんですけど、死とか愛とか、そういうことについて向き合う、考える機会も増えていたんですね。そういう中で“愛のシュプリーム!”は、1番はとにかく必死で突き抜けた曲を作ったんですが、後半部分は、それこそ“僕を見つけて”をライブで演奏したり、そういう経験を経たり、いろんなことが不安定になったりしてから作っているものなので、単純に楽しいだけじゃなく――まあ、楽しい曲を作ろうとはしてるんだけど、祈りみたいなものも込められてますよね。

――10年近くfhánaの曲を聴いてきて、結果ここまでポジティブなメッセージを持った曲はないと感じるんですね。約10年活動してきて、今これだけ愛を歌う曲を作れたことの意味を聞きたいな、と思うんですけども。

佐藤:結成してから、10年を迎えましたね。デビューは2013年なので、8月で9年目になります。

towana:マジですか。まだ新人の気持ちなのに(笑)。

――(笑)まあ、重鎮とは言わないまでも、相当シーンに長くいる人にはなってきてる印象だけど。

towana:ええ~、イヤだあ。じゃあ、中堅ですか?

佐藤:中堅って、一番微妙ですよね。新人か大御所がいいですよ。

towana:全然新人の気持ちなんだけど。

佐藤:自分が好きなバンドとかも、最初は新鮮な時期のよさがあって、いわゆる中堅の時期って「あっ、まだ……最近、へえ~」みたいな、微妙な時期があって。それを超えてまだ続けていくと、尊敬というか「すごいな」「新しいのはどんなの作るんだろう」みたいな感じになってきますよね。本人たちだけじゃなく、お客さんや周囲からの目にも、マンネリというか、そういう時期って絶対来ると思うんです。で、そういう時期を抜けて、グループの中も、見守る外からの視線も、お互いに尊敬の念を抱くような状態にまで行けたら、バンドやグループって強いな、とは思います。

――今のfhánaはどうですか。

佐藤:今はその途中、みたいな(笑)。そうなりつつある、みたいな感じなんですかね。まあ、感覚としてはそういう感じですね。ただやっぱり、10年やってるのは感慨深いです。自分がfhánaの前にデビューしたバンドよりも相当長くやってることになるし、それはやっぱりお互いのリスペクトがないと続かないですし。僕はこのメンバーひとりひとりをすごいなと思ってるいますし、それこそ“僕を見つけて”あたりの時期から、特にそう思うようになりましたね。確かその頃から、fhánaのメンバーはみんな鋭い刀なんです、みたいなことを言ってたと思うんですけど(笑)。

towana:言ってた、言ってた。

佐藤:自分の中ではそう感じつつ、ファンの方の様子も――今はファンクラブがあって、たびたびファンミーティングをやってるんですけど、皆さんにも時間が流れてるんだなって感じるんですよね。たとえば、fhánaがデビューして1stアルバムを出したときに「高校生だからなかなかライブに行けないです」と言ってた人が、今はもう社会人になってたりするわけですよね。学生時代と社会人になってからって、生活も感覚も変わるじゃないですか。「学生時代はアニメを見てたけど、就職してから全然見なくなっちゃいました」「好きなバンドのライブに行ってたけど、就職してからは全然追えてないです」とか。そういう、ファンの時間の経過もすごく感じていて。でも、環境が変わって、昔より忙しくなったりした人も、変わらずfhánaを好きでいてほしいんですね。むしろfhánaを聴くと、「また頑張ろう」と思ってもらいたい。ライブだったり、曲を聴いて元気をもらうことができる、そういう存在だったら、ずーっと長く一緒に歩んでいけるじゃないですか。そういう人がいてくれたら僕たちも嬉しいし、パワーをもらえるし、活動の力の源になりますよね。

yuxuki waga

新しいものに飛びつきがちだし、「やってみようぜ」みたいな感じはあって、そこは失わないようにしないといけない(yuxuki waga)

――2019年の秋頃、佐藤さんは「本質」という言葉をよく使ってましたよね。表現の中には本質があって、自分の内側からそれが出てくるから表現をしているんだ、と。一方、今のお話は、外から来るもの、受け取るものが創作に影響を与えているという話でもあるな、と。

佐藤:「本質」の話でいうと、内側から――内側というか、アニメだったり音楽だったり、すごくいいものには輝きがありますよね。で、それを音楽という形で写し取ったものが曲になったり、映像になったものがアニメや映画になったりするわけです。で、それは自分の中から取り出すわけじゃなくて、この世界のどこかにあるんですよね。それを見つけてきて、わかる形に残さないといけない。それが、作品になるんです。自分の中にあるものではなく、みんなの集合的無意識というか、時代やいろんな人の思い、そういう輝きみたいなものが、何かしらある。でも、その持ってくる作業も、ひとりではできないところもあるし、その過程でいろんな人の力が必要になるわけですね。そこで、みんなが同じ方向に向かっていくと純度が高いものができ上がるけど、バラバラな方向に向かっていくと、散漫なものになったりする。たとえば「いいライブができてるな」って手応えを感じられるときって、楽しいし気持ちがいいじゃないですか。それは「みんなを喜ばせてあげよう」みたいなことを意識してやってるわけじゃなくて、もう自然と一体になっている。お互いに与え合ってる、溶け合ってる、みたいな。そういう感じになりたいんですよね。

――なるほど。

佐藤:それに加えて、やっぱり2019年以降いろいろなことがあったので、なんとなく重みみたいなものを感じていて。10年に感慨深さはないなあ、と最初は思ってたんですけど、僕が今思うのは、ファンの人たちのことなんですね。ファンの人たちにも10年という時間が経っていることに、考えてみたらけっこうビビるな、と(笑)。最初は学生だった人も、20代後半とかになって、バリバリ仕事をしていたり、それなりのポジションになったりして忙しかったりするかもしれない。それでも自分たちの音楽を好きでいてくれるんだとしたら、これは相当なことだな、と思いますね(笑)。こっちが長く続けるということはファンも成長していくし、環境もライフステージが変化していく。一緒に歩んでいくにはどうしたらいいのか、新しい人たちにもどんどん入ってきてもらうにはどうしたらいいのか、考えるようになりましたね。

――受け取る人の環境が変わっていく中で、それでも普遍的な価値を持つ音楽を届けていくためには、届ける側もやっぱり変わっていかなきゃいけない部分もあるんじゃないですか。特にこの1,2年は、強制的に変わっていくことを求められる環境が続いていて。その中で、fhánaのあり方みたいなところに、より意識的にならざるを得ない部分もあるんでしょうか。

yuxuki:創作に関しては、常々あると思います。もともと新しいものに飛びつきがちだし、「やってみようぜ」みたいな感じはあって、そこは失わないようにしないといけない。それをずっと楽しくやれる自分らであれば、まわりが変わっていっても「これやってみようぜ」とできるから、それは大事かなと。

佐藤:基本的に、僕も適度に新しもの好きなんですよね。新しいムーブメントが好きで、わりと影響受けやすいっていうかハマっちゃう。インターネットが出てきたら「ネットの時代だ」みたいになって。ニコニコ動画やボーカロイドが出てきたら、「今はボカロがマジですごい!」みたいな。マーケティング的にボーカロイドとかの界隈と上手くやろう、じゃなくて、わりと普通にハマっちゃうんですね(笑)。今はストリーミングの時代になって、どう曲を打ち出していったらストリーミングの時代にフィットするのか、YouTubeはこうするとチャンネル登録者数が増えていく、とか、やっていてけっこう楽しいんですよ。それと、コロナになってからいろんなことが予定どおりに進まなくて、予定どおりにいかないのがデフォルトな感じになっちゃいましたけど、それが逆に新しい創作意欲につながっている部分はあります。

最初の緊急事態宣言が出て、“愛のシュプリーム!”を録ってたのが2020年の4月なんですけど、その後リモートで宅録で曲を作って配信したし、その後はオンラインライブに熱中してましたね。普通のライブをそのまま配信でやってもなかなか成立しないし、退屈なものになりがちだったりするから、オンラインならではの良さを追求しよう、と考えて。fhánaは、テレビの生放送の音楽番組ふうのライブをやりましたけど、工夫して予算内でできることはなんなんだろうと考えるのは、楽しかったというか夢中になれましたね。だから、変わり続けるというよりも、そのときどきでもう夢中になれるものを探す――まあ、今のところ探してるわけではなく自然と出てくるんですけど、そういうのは大事かなと思います。「やらなきゃいけない」ではなく、「オンラインライブ面白そうだなあ」みたいな。

――変わらなきゃ、ではなく、自然と形を変えながら進んでいるんだ、と。

佐藤:結果的にそうですね。さっきの本質の話に似てるんですけど、結局自分の「こうしなければいけないからこうすべき」みたいな思考を超えて、自然と夢中になれるものがそこにある感じです。まあ、一旦冷静になって考えても、「飛び続けなきゃいけないな」って、特にコロナになってからは思いましたね。飛行機もロケットも人工衛星も、打ち上げるときにものすごいエネルギーを使うわけじゃないですか。飛んでるときは、そんなにエネルギー使わないわけですね。低空飛行になって「ああ~、もうダメだあ」って1回着陸して止まっちゃうと、そこからもう1回飛ぶのはけっこうキツい。だから、着陸しちゃダメなんだと思います。低空飛行でもとりあえず飛んでいれば、状況が変わって風が吹けば上に上がれたりするので、とりあえず飛び続けていることが大事かなって思います。

towana:わたしは、すごく落ち込んでました。たぶん他のメンバーはそこまでではなかったと思うんですけど、わたし自身はけっこう先が見えない感じがすごかったので、去年はすごく落ちてました。

――着陸した?

towana:沈んでたと思います(笑)。陸どころか、底がすっぽり抜け落ちてるくらい。プラスになるようなこともできてなかったと思うし、「もうこのまま歌えなくなっちゃうんだなあ」と思ってました。わたしは何かしようって動き出すまで、すごく時間がかかるタイプなので。

――今は?

towana:今は、“愛のシュプリーム!”がやっと日の目を見たけど……なかなか言葉にできないんですよ。よかったぁとか、嬉しい!という言葉だけでは表現できなくて。なので、だんだん、ですね。曲を作ったり、オンラインライブをやったり、ファンの皆さんと交流したりできたことも大きかったです。去年書いた“Pathos”という曲の歌詞も、すごい心理状態の中で書いたんですよ。当時は、限界まで頑張ってこれが出てきた感じでした。

――《悲しくない話をしよう》っていうフレーズは素晴らしいな、と思ったけど、「悲しいこと」が前提になっているわけで。

towana:だってもう、悲しいしかなかったので、そのときのわたしは。それしかできないけど、そんな時期に出す歌で、「悲しい、悲しい」って言ってるだけの暗い歌は出せないじゃないですか。だから、そうなったんです。その歌詞に、自分も救われたと思います。

――それを経ての“愛のシュプリーム!”は、なかなか重みのある曲ですねえ。

towana:そうなんです。すごく大変で苦しい記憶があっての“シュプリーム!”がある感じです。

kevin:世の中の状況が変わって、佐藤さんが動かしてくれるまでは、動きが止まりかけてたわけですね。その中で、普通にメンタル食らってて、俺。とりあえず目の前の生活を必死こいて頑張ってました。でも、佐藤さんが飛ぶきっかけを作ってくれたので、とにかく1個1個の機会に頑張るだけでした。“Pathos”もそうだし、オンラインライブもできるだけいいものにしたいなって。機会がすごく多いわけじゃないので、チャンスがあればそれなりの爪痕を残したいなと思って、全力投球してきた結果が今で、とにかく動き出せてよかったなって思います。俺、『メイドラゴン』で言うと、「調和勢」なんですよ。人のいがみ合いとか諍いを見ると、マジで気が滅入っちゃうんです。

――わかり合えない人が続出してますからね、この1、2年の間に。

kevin:そうなんですよ、すっごい分断が起きていて。

佐藤:2019年の話ですけど、最初に「『メイドラゴン』の2期はこういう作品になります」っていうメモというか、覚書みたいなものを監督からもらったんですよ。そこには、「分断の壁があることを、壁は壁として認めつつ、それでも一緒にいることができるという姿を描く」みたいなことが書いてあって。

――ある意味、完全に時代を先取ってますね。

佐藤:そうでしたねえ。“Pathos”を作ったり、2020年7月のオンラインライブのときは、けっこう僕はハイテンションだったんですよね。時代も変わったから新しいことをやるぞ、と。ただその後、2021年に『メイドラゴン』の2期が放送で、“愛のシュプリーム!”がリリースされることも決まってたので、そこに向けての盛り上がりをどうするかを考えていたんですけど、なかなかこう、スムーズに物事が進まなくて。そのときに、ファンとコラボする“Ethos”という曲を作って。この“Ethos”は、作るまでにすごく時間がかかったんですけど。

――ファンと曲を作る経験は、どういうものだったんですか。

佐藤:けっこう、高度なことを要求したんですよね(笑)。「イエ~イ!」みたいな掛け声を募集して、それを重ねる、というものではなくて。ちゃんとメロディがあって、しかもそれが3声あって、けっこう長いし難しい、みたいな。

towana:わたしはすごく感動しました。自分が好きなアーティストが同じことをやっていても、自分はやらないかもしれないって思うくらい難しいことに、たくさんの方が協力してくれたので。

佐藤:ファンの人たちも、何かつながるきっかけを求めていてくれたのかもしれないですね。僕も送ってくれるのは20~30人くらいかなって思ってました。そうしたら、200人くらいの方が送ってくれたので、感動しましたね。

kevin:もう、財産ですよね。普通に難しいこと要求して、やってくれる人がそれだけいてくれるって、財産としか言いようがないですね。

――それも含めて、意味のある1年を過ごしてきたんだな、と聞いていて思いますね。

kevin:そうですね、確かに。紐解けば、そうだと思う。

towana:結果的にそうなりました。

yuxuki:“Pathos”の仮タイトルって、“Reunion”でしたね。

佐藤:「もう一度ここで集まろう」みたいな願いは込めて作ってました。“Pathos”“Ethos”と、その後の“nameless color”も含めて、このあたりの動きはアニメのタイアップは関係なく、純粋にコアなファンとのコミュニケーションになっていたと思います。それもあって、ファンのライフステージの変化を意識したのかもしれないですね。

後編は9月8日公開予定です

取材・文=清水大輔