リーガルミステリーで新風を巻き起こす弁護士作家・五十嵐律人さんの現在地とこれから《インタビュー》
公開日:2021/8/27
第62回メフィスト賞を受賞したデビュー作『法廷遊戯』(講談社)が各種メディアに取りあげられ、大きな話題を呼んでいる五十嵐律人さん。講談社が人気作家8人(五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと)の新作を相次いで刊行する「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーンの先陣を切って刊行された第3作『原因において自由な物語』(講談社)は、巧緻な仕掛けが光るリーガルミステリー×人間ドラマの新機軸。司法修習生を終え、「弁護士作家」としてのキャリアをスタートさせた五十嵐さんにお話をうかがいました。
(取材・文=朝宮運河 写真=大坪尚人)
――『原因において自由な物語』は、デビュー作『法廷遊戯』からのリーガルミステリー要素に、青春小説のテイストを盛りこんだ贅沢な1冊ですね。
五十嵐律人さん(以下、五十嵐):『法廷遊戯』は直球の法廷ミステリーで、2作目の『不可逆少年』が少年法を扱った青春小説。今回は両方の要素を盛りこんだ小説になったと思います。プロフィール的にもデビュー作では司法修習生でしたが、1月から本格的に弁護士として働き始め、「弁護士作家」という肩書きになりました。弁護士で作家でもある自分だから書ける物語とは何だろう、と考えた結果生まれたのがこの小説でした。
――人気作家・二階堂紡季の視点と、残酷な現実を生きる高校生たちの日常。ふたつのパートが並行して語られ、それが意外な形で繋がっていきます。このアクロバティックな構成がポイントですね。
五十嵐:最初に浮かんだのは、その仕掛けの部分なんです。これをうまく書けたらすごい作品になるという予感があって、じっくりと構想を練っていきました。ふたつの物語を並行して描くミステリーは珍しくありませんが、なぜこの構成を取ったのか、という理由の部分で新鮮味を出せたと思っています。
――第1章の語り手を務めるのは、外見的特徴のせいでいじめに遭っている高校2年生の佐渡琢也。彼と同じ美術部メンバーの朝比奈憂、永誓沙耶もそれぞれ問題をかかえています。
五十嵐:自分もどちらかというと、学生時代はこじらせているタイプだったので(笑)、明るくキラキラした青春ものよりも、痛みのある青春ものの方が書きやすいんです。そこは背伸びせずに書いていますね。僕は今年31歳ですが、学生時代の記憶が割と鮮明なので、違和感なく琢也たちを書くことができました。
――琢也らの生活に影響を与えているのが、「顔面偏差値」を瞬時に測定するスマホアプリです。現時点では架空の技術ですが、今にも実用化されそうなリアリティがあります。
五十嵐:これまで書いてきた2作でも、読者の興味を惹きつけるギミックを用意しました。『法廷遊戯』では「無辜ゲーム」というゲーム、『不可逆少年』では「神経犯罪学」というあまり知られていない学問。今回それにあたるのが「顔面偏差値」というギミックです。この作品は別の理由から5年後の世界を舞台にしているので、この先実用化されそうな先端技術を想像して描いてみました。
――多くの若者は「故意に恋する」というアプリを使用し、自分と顔面偏差値が近い相手とカップルになります。恋愛とルッキズム(外見至上主義)の関係について、いろいろ考えさせられる設定でした。
五十嵐:そのあたりは実はあまり意識していませんでした。そもそも作品を書くまでルッキズムという言葉も知りませんでしたし、社会派的なメッセージを込めた設定というわけではないんですよ。「こういうことが起こったらどうなると思う?」と新しい視点を提示することで、楽しんでもらえたらという感じですね。
――第2章の語り手は、人気小説家の二階堂紡季。作品がヒットし順風満帆に思える彼女ですが、ある秘密を抱えています。
五十嵐:同じ作家ではありますが、二階堂はあくまで独立したキャラクター。自分とは性格もライフスタイルもまったく別の人物として描いています。一方で、デビューしてからこの1年の間に感じたことを投影している部分もあります。僕は作品を書くときにまったくプロットを作りませんし、1作書き終えないと次のアイデアが出てこない。つまり次の作品が書けるかどうかの保証がないんです。今のところどうにかなっていますが、将来は分かりません。二階堂の抱えている個人的な問題も、まったく他人事ではないんですよね。
――現在、二階堂の恋人でもある遊佐の職業は弁護士。スクールロイヤーとして高校内に派遣されている彼は、いじめなど校内の法律問題の解決にあたっています。
五十嵐:いじめ問題を扱うことは、比較的早い段階から決めていました。遊佐がスクールロイヤーという職に就いているのは、学園ものに自分の得意とするリーガル要素を盛りこむためです。ただしスクールロイヤーは制度が始まって間もなく、まだ一般には普及していません。そのため物語の舞台を、今から5年ほど未来にする必要がありました。
いじめ問題には、法律家がもっと積極的に関われるのではと思っています。作中で椎崎という弁護士も言っていますが、いじめとは事実の積み重ねによって導かれるひとつの評価です。丁寧な事実認定をすることなく、いじめの有無だけを問題にしようとする風潮には、法律家としてはちょっと違和感を覚えますね。
――琢也たちのひりひりするような青春群像と、新作『原因において自由な物語』に取り組む二階堂。並行して展開していたはずのふたつの物語は、中盤で意外な繋がりを見せます。そして浮かんでくるいくつかの謎。
五十嵐:デビュー当初から意識しているのは、「1ページも読み飛ばせない物語を書く」ということです。まだ名もない新人なので、そのくらいの意気込みでないと、埋もれてしまうと思うんです。そのためには序盤のインパクトや結末の驚きはもちろん、中盤の面白さも大切です。読者としても中盤に「何が起こったんだ?」というひねりのある作品が好きですね。この作品も犯行の動機を問う「ホワイダニット」のミステリーであると同時に、何が起きているかが分からないところが魅力の作品になっているかな、と思います。
――タイトルは「原因において自由な行為」という法律用語に由来しているそうですね。物語のテーマにも関わる言葉なので、どういう意味なのか簡単に説明していただけますか。
五十嵐:実際はすごく難解なのですが、かみ砕いて言いますと、たとえばお酒を大量に飲んで意識がもうろうとした状態で、人を殺したとします。この場合、泥酔していた犯人には責任能力がないことになりますが、殺人に踏み切るために飲酒したのだとすれば、目的を達成しているのに罰せられないのは不合理だよね、というところから生まれた議論です。厳密に見ていくと、この犯人は人を殺そうと思ってアルコールの力を借りている。つまり結果には責任能力がないかもしれませんが、原因にはおいては自由、つまり責任能力があるとされるんですね。こう聞くと難しいようですが、辞表を出す勇気がないからわざと会社でミスする、といった形で似たようなことは日常的にも行われていますし、法律知識のない方にも身近に感じていただけると思います。
――事前にプロットは作らないとおっしゃいましたが、謎解きにあたる部分はどうやって執筆されているのですか。
五十嵐:謎が出そろったところで一旦手を止めて、答えが見つかるまでひたすら考えるんですよ。納得できる答えが見つかるまで、書き進めることができないので必死です(笑)。あらかじめプロットを作ってしまうと、どうしても自分で解きやすい謎を考えてしまいますし、作品の驚きが薄れてしまう。これまで3作書いてきて、どうにか答えが見つけられているので、自分にはこのやり方が合っているようです。
――なるほど。本書後半の鮮やかなどんでん返しは、そうした創作法に秘密があるのかもしれませんね。
五十嵐:それはあると思います。謎解きを考えるときは「最初に思いついた答えは使わない」、というルールを決めているんです。すぐに浮かぶということは、読者にも見抜かれやすいということですから。まずは最初に思いついた答えに向かっていくつもりで書き進めて、その先でもう一度ひっくり返す。そういう書き方をすることで、ラストのカタルシスや驚きがより大きくなるような気がします。
ただし読者との知恵比べをそこまで意識しているわけではありません。たとえば記号的なキャラクターを大勢登場させれば、ミステリーとしての難易度はぐんと上がるんでしょうが、それよりはひとりひとりのキャラクターを印象的に描きたい。ミステリーとエンタメなら、後者を優先したいなと思っています。
――すでにミステリーファンや書店員さんの間で話題沸騰。人間ドラマと法律知識を組み合わせ、トリッキーな仕掛けを施した本書は、五十嵐ミステリーのひとつの完成形とも言えそうです。
五十嵐:ありがとうございます。従来のリーガルミステリーを一歩先に進めたい、という思いで書きあげた作品です。作家と弁護士、それぞれの見方や考え方を、二階堂や遊佐の物語に盛りこむことができたと思います。本のカバーや帯を見てもほとんど内容が分からず、不安に思われる読者もいるかもしれませんが、読んでいただければ絶対に楽しめるミステリーになっていると思います。メインの仕掛けと、そこから明らかになる物語を味わってみてください。
――ところで五十嵐さんご自身は、どんなどんでん返しミステリーがお好きですか。
五十嵐:小説ですと米澤穂信さんの『儚い羊たちの祝宴』が一番好きです。ラストの1行で物語がひっくり返り、しかもそこに必然性がある。驚きの先に生まれる余韻も絶品で、素晴らしい短編集だと思います。映画ならジェームズ・ワン監督の『ソウ』ですね。映画であそこまでフェアなどんでん返しをやっているのは珍しい。何度も見返したくなる傑作です。
――では次回このインタビュー企画に登場される、三津田信三さんにメッセージをお願いします。
五十嵐:三津田さんとは先日ある席でご一緒して、小説を書くうえでの心構えをたくさん教えていただきました。三津田さんの作品は、世界観の作り込みがすごいですよね。最新作の『忌名の如き贄るもの』でも、舞台になっている場所が本当にあるような気がしました。三津田さんのように唯一の作品世界を作り出せるよう、がんばって書き続けたいと思っています。
――五十嵐さん、ありがとうございました!