親に対してワガママを言うことが滅多になかった。何かに興味を示すこともあまりなく、何かをほしいと強く思うことも少ない私が、15歳の時に唯一、親にお願いをしたのが“猫を飼いたい”ということだった。

　もう8年前になる。アメリカンショートヘアという品種の男の子の猫を家に迎えて一緒に暮らすことになった。

　猫と生活することに憧れを持ったのは中学生の頃だった。単純な可愛さだけでなく、猫にしかない愛嬌や愛らしさを感じ、自由気ままで、ありのままで人に寄り添ってくれる。そんなイメージがあったからだ。孤独を感じていた学生時代にその柔らかさと温かさに触れたかったのだと思う。

　キリッとした大きな目と凛々しい佇まい。シルバーの毛並みに一目惚れして迎えた猫に、当時、読んでいた本に出てきたギリシャ文字のτをとって「タウ」と名付けた。

　初めて家に来たとても小さなタウを見ていると、本当に赤ちゃんのようで、てくてく歩く姿に癒されたり、たまに鳴く声にワクワクしたり、これからの生活がとても楽しみだったのを鮮明に覚えている。

　猫の成長というのはあっという間で、赤ちゃんの状態からものの数か月で大きくなった。一軒家の実家を好きに走り回り、タンスや食器棚など高い所でゴロンとしては私たち家族を見下ろし、もはや家のボスのようになっていた。

　初めての猫に高揚し、猫用のおもちゃやおやつ、洋服やグッズなど、いろんなものを買ってはタウが気に入ってくれるかを試してみた。

　しかし期待とは裏腹に、タウが興味を示してくれるものは滅多になかった。加えて、タウは抱っこがあまり好きな子ではなく、触れている時も急にスイッチが入り、ひっかかれたり噛まれたりする事が多々あり、傷ができることもあった。

　何かタウにストレスを与えてしまっているのか、それとも自分が嫌われているのか、猫とはそもそもこういう性格なのか……。

　描いていた猫のイメージとのギャップに悩みながら、猫の本などで勉強しながらタウと接する中で、ある日、姉がもう1匹の猫を家に連れてきた。

　タウと同じアメリカンショートヘアの男の子、ブラウンの毛が美しい猫で姉は「琥珀」と名前を付けた。

　初めは家に慣れず大人しくしていた琥珀もすくすくと大きくなり、すぐに家族の一員として存在感を示していった。

　タウ以外の猫と出会ったことで、猫それぞれの“さまざまな違い”というものを知ることになる。

　タウとは対照的に琥珀はとても甘え上手だった。抱っこも大好きで、人がいる所でよくくつろぎ、寝る時間にはベッドに来て布団の上で一緒に寝るような子だった。

　家族全員、そんな琥珀の愛嬌に癒され、よく一緒に遊んだり抱っこをしたり愛情表現をして、家の中でも「琥珀ー！」と呼ぶ声がよく響いていた。

　琥珀だけでなく、タウとも一緒に寝たいと思っても、人がいるとなかなか布団に近づいてくれない。本当に気まぐれで、マイペースな猫だった。甘えてくれないということは、心を開いてくれていないのか……とも感じ、寂しい気持ちを抱えていた。

　当時、私は実家から仕事現場へ通っていたため、家に帰る頃には家族が寝ているということがよくあった。辛いことがあった日の夜中、提出する課題をしなければと部屋のパソコンに1人で向かった時、悲しみが溢れてしまい、1人でぽろぽろと泣いてうずくまってしまっていた。

　チリチリチリ……小さな鈴の音と足音が聞こえた。

　ふと感じた温かさに足元を見ると、タウが静かにぴったりと寄り添ってくれていた。そんなことは初めてで、驚きと温かさにボロボロと涙を流しながら抱っこをすると、タウは逃げることもなく黙ってずっとそばにいてくれた。

　あの夜を思い出す度に、愛おしさでたまらなくなる。普段は常に愛嬌がある訳でもなく、多くの感情を見せないタウのまごころと思いやりを強く感じた。あの時、心が繋がった感覚を私はずっと忘れないと思う。

　家族が寝た後に布団の上に乗ってきて足元で眠るタウ、名前を呼ぶと顔は見せてくれないけれどしっぽを揺らしてくれるタウ、琥珀のように器用ではないけれど温かい愛があるタウ。そんなタウの不器用さが、なかなか上手く生きられない自分と重なって見えて、言葉にできない愛おしさを感じた。

　一人暮らしを始めてから実家にいるタウとはあまり会えなくなってしまい、本当に寂しく感じている。限りある時の一瞬一瞬を大切に、タウへの愛を不器用にでもたくさん伝えながら一緒に生きていきたい。