自分へのごほうびに「読む一杯」を! 人気小説家5人による短編集『ほろよい読書』

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/27

ほろよい読書
『ほろよい読書』(織守きょうや、坂井希久子、額賀澪、原田ひ香、柚木麻子/双葉社)

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、「仕事帰りにちょっと一杯」といったお酒が飲みにくくなってずいぶん経つ。オンライン飲み会などの新しいお酒の楽しみ方を見つけた人も多いだろうが、本記事では、「お酒はこんなふうにも楽しめる」ということがしみじみわかる書籍を紹介したい。今をときめく小説家5人が、「お酒」をテーマに人間ドラマを描きだす短編集『ほろよい読書』(織守きょうや、坂井希久子、額賀澪、原田ひ香、柚木麻子/双葉社)である。

 本書で最初に供されるのは、「ショコラと秘密は彼女に香る」(織守きょうや)という作品だ。

 大学生の仲里ひなきは、幼いころから伯母の登和子に憧れている。登和子はずっと昔、酔ってうっかり友達に「秘密」を漏らしてしまいそうになって以来、好きだった酒を断ったそうだ。今では、もとは人の好物だったというリキュール入りのボンボンを一度にひとつ楽しむだけで、ときおり古い写真を取り出して懐かしげに眺めている。ひなきは悟った。あの写真に写っているのは──このボンボンが好きだったのは、登和子の好きな人なのだ。その恋は、彼女の中では終わっていない。登和子の想いをどうにか伝えられないものかと考えたひなきは、伯母の恋の秘密を探ろうと動きだす。

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 もちろん「お酒」にまつわる作品集だから、酸いも甘いも“飲み”分けた大人たちも登場する。続く短編「初恋ソーダ」(坂井希久子)の主人公は、四十路で独身のキャリアウーマンだ。

 三島果歩には、自宅で果実酒を作るという趣味がある。果歩は、狭き門をくぐり抜けて出世してきた氷河期世代だ。が、キャリアはあっても、結婚や出産を経験した同期には、取り残された気がしている。貢いだ男とは5年前に別れた。婚活市場にも参戦はしたが、40歳女性の価値は暴落している。小学生のときに埋めたタイムカプセルからは、当たり前に結婚して、子どもができるものと信じこんでいる手紙が出てきた。淡い初恋をしていた小学生時代の自分は、将来、誰からも求められずにいると知ったら、どんな顔をするだろう。居ても立っても居られなくなった果歩は、果実酒作りを教わった行きつけのバーに足を運ぶのだが……。

「お酒」には、「大人」のイメージが重なるが、その「お酒」をテーマとする本書には、さまざまな年齢や境遇の人物が登場する。実家を継ぐべく農業大学に入学したものの、将来に悩む酒蔵の娘。酒の飲み方ですれ違い、夫に家を出ていかれた妻。とあるグループのオンライン飲み会に招かれたバーテンダー。

 登場人物はみな、「お酒」に対して、格好よさや豊かさなど、それぞれ「こうでなければ」というイメージを抱いている。それらは、登場人物と同様に、わたしたちが抱いている「大人」のイメージとも重なるだろう。しかし、大人たちは、お酒を楽しんでいるように見えても、そうなるまでにさまざまな経験があったはずだ。若すぎるときに口に含めば、苦さや辛さに吐きだしたくなる。目移りしたり飲みすぎたりしているうちに、自分の好みやちょうどいい量が見えてくる。年月を経るごとに、その味わいは深くなり、しっくりと自分になじんでいく──「お酒」や「大人になること/生きること」にまつわるそのイメージは、とりもなおさず「読書」とも共通しているのだと、あらためて気づくことができる。

 今日も一日、がんばった自分へのごほうびとしての一杯のように、ひとつひとつの作品を味わえる短編集。お酒は「飲む」だけではなく、「読んで」も美味しいのだという発見があるに違いない。

文=三田ゆき