月を夢見た少年は2人の少女と恋をする――あのSFジュブナイルラブストーリーの名著が、完全版となって再刊行!

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/10

ひとりぼっちのソユーズ
『ひとりぼっちのソユーズ』(七瀬夏扉/主婦の友インフォス)

 ユーリヤのことを思い出す。
 あの満月の夜の再会を。
 あの夏の星空を。
 そして、二人で見上げたペーパー・ムーンを。

 書き出しのこの4行の時点で、これは追想の物語であることが伝わってくる。追想は常に懐かしく、もの悲しい。終わってしまったものだからだ。そして終わっているからこそ、思い出というのは美しい。

 そんな懐かしくて悲しい美しさが、この物語には充ちている。

 少年時代、“僕”は近所に引っ越してきたユーリヤという女の子と出会った。宇宙が好きなユーリヤから「あなたは私のスプートニクになるの」と命じられた瞬間から、僕の人生は本当の意味で始動した。宇宙飛行士になるのを夢見る彼女の衛星となって、僕もまた宇宙への憧れを胸に抱く。しかし思春期を迎える頃から2人の間に距離ができ、別々の道を歩むようになる……。

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 ユーリヤと“スプートニク”こと僕の心が一度は離れ、再び通じあい、共に月を目標にして生きていく姿が、丁寧にして繊細な文体で切々と展開される。

 率直すぎるほど真率なボーイ・ミーツ・ガールであり、少年少女の成長を描くジュブナイルものであり、なによりも著者の宇宙への思いがあふれんばかりに込められているSF小説だ。

『ひとりぼっちのソユーズ』(七瀬夏扉/主婦の友インフォス)。この題名を目にして、ぴんときた方もきっと多いだろう。実はこの小説は以前『ひとりぼっちのソユーズ 君と月と恋、ときどき猫のお話』(富士見L文庫)というタイトルで書籍化されたことがある。だけどそちらのバージョンは全体の3分の1までを収録したものだった。それが今回、上下巻という形での完全版で再書籍化とあいなった。

 完全にして新たな形となった物語は、スケールや自由度、ストーリーそのものの広がりが旧版とはまるでちがう。小説という“生きもの”が成長し、目指すべき完全な姿へと進化を遂げたかのようだ。

 第2章では舞台が地球から月へと変わり、ヒロインも交代する。新たに僕の前に現れるのは、月で生まれた最初の人類、ルナリアンのソーネチカだ。ユーリヤが、争いや国境のない世界である月に憧れていたのに対し、ソーネチカは人類の故郷である地球に恋焦がれる。そんな彼女に、スプートニクは父のように友のように、恋人のように寄り添う。

 初恋の相手であるユーリヤと、最後の恋の相手であるソーネチカ。上巻と下巻それぞれの表紙を飾る彼女たちの表情に、そのひたむきな泣き顔に、胸が掴まれる。ユーリヤもソーネチカも、どちらも僕にとっては大切な存在だ。ユーリヤと出会ったことで僕の人生は動きだし、ソーネチカと生きることで未来に向かう勇気を得る。

 ラブストーリーを主軸としたジュブナイルという趣で進んできた物語は、最終章の第3章で俄然、SFとしての強度を増す。

 月の女王となったソーネチカと充ち足りた日々を過ごす僕の元に、はるか彼方の宇宙からメッセージが届けられる。それを受けとった僕は、再びユーリヤに会うため、ある決断をする。人生の最晩年に至って新たな旅に出ようとする僕。その姿はまさに未来世界のオデュッセウスだ。

 出会いと別離、過去と未来、一瞬と永遠。正反対のことを何度も何度も繰り返し、いったりきたりをするうちに、宇宙の果てでとうとう重なりあうラストシーン。幸福感と喪失感が同時に押し寄せてくるこのふしぎな読後感を、ぜひ体験してみてほしい。

文=皆川ちか