「今月のプラチナ本」は、朝井まかて『白光』
公開日:2021/9/6
あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
『白光』
●あらすじ●
まだ開国して間もない明治5年、「絵師になります」と宣言して故郷の笠間(茨城県)を飛び出した山下りん。武士の家に生まれ、結婚するのが当たり前という周囲の考えを跳ねのけて上京したりんは、様々な師匠のもとで修業。己に西洋画の素質があることを知る。工部美術学校に初の女子学生の1人として入学を果たし、西洋画をさらに探求しようとするりんは、同期の政子に誘われて神田駿河台のロシヤ正教教会を訪れる。そこで宣教師ニコライと出会ったことで、りんは芸術と信仰、そして聖像画を知る。それはりんの人生を大きく変えていく――。
あさい・まかて●1959年、大阪府生まれ。2008年、『実さえ花さえ、その葉さえ』(単行本化にあたり、『実さえ花さえ』に改題)で第3回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞しデビュー。13年に『恋歌』(講談社)で本屋が選ぶ時代小説大賞、14年に直木賞を受賞。ほか、同年に『阿蘭陀西鶴』(講談社)で織田作之助賞、15年『すかたん』(講談社)で大阪ほんま本大賞、16年『眩』(新潮社)で中山義秀文学賞、17年『福袋』(講談社)で舟橋聖一文学賞、18年『雲上雲下』(徳間書店)で中央公論文芸賞、『悪玉伝』(KADOKAWA)で司馬遼太郎賞、19年に大阪文化賞、20年に『グッドバイ』(朝日新聞出版)で親鸞賞、21年『類』(集英社)で芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。
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- 朝井まかて
文藝春秋 1980円(税込)
写真=首藤幹夫
編集部寸評
仕事と信仰の先にたどり着くのは
現代日本で絵を仕事にすれば、それは自己表現であり、商品でもあり、描き手の名は作品に刻まれる。しかし山下りんは「無名性を尊ぶ」。初めからではない。「明治の世にて、私も開化いたしたく候」という勢いで絵描きを志したりんは、やがてロシヤ正教と、聖像画と出会う。「聖像画師は描いた画に署名しない」「自分の栄光のために描かない」。神に、世界に、身を捧げるからこそ、自分という枠から自由になる。自己責任と自己実現に縛られた現代人に、「無一物の軽さ」を示す傑作。
関口靖彦 本誌編集長。本書には「名も無き者は仏になる」という言葉もあり、宗教の別を超えて、信仰でしかたどり着けない境地があるのかもしれません。
画業への一途な想い
日本初のイコン画家、山下りん。彼女の波瀾万丈な人生はもちろん、情熱のままに突き進む、不器用だけど一途な心の在り方にとてつもない力を感じた。特に好きだったのは、三章の「絵筆を持つ尼僧たち」だ。西洋画の本場で学べる!その一心で過酷な船旅にも耐えロシヤへ赴いたりんを迎えたのは、聖像画の工房で筆を握る修道女たち。りんと彼女たちは、考え方の違いから衝突を繰り返してしまうのだが、それでもなお燃え上がるりんの画業への貪欲さと情熱が読んでいて心地よかった。
鎌野静華 最近メガネをかけると近くが見にくいなぁ、度が合わなくなってきた?と思っていたのですが、老眼がはじまったのかも! お、お年頃……汗。
二合三合ははした酒と言い切る女
本書と併読した安岡章太郎の『利根川』というエッセイに、関宿という地名が出てくる。昭和40年代の利根川水系を辿る紀行だが、さらに昔、明治時代に生まれた家出娘の山下りんがその関宿から江戸行の船に乗るところから、彼女の絵師としての開眼が始まる。そんな渡河一つにしても、筆一本をとる歓びにさえも感謝したくなる、とても贅沢な小説。時代という大きな流れに、一人の人間として生きること。赤茄子が実にうまそうな序章の独りごとが良いなと思ったら間違いない、是非一読を。
川戸崇央 今号の表紙は乃木坂46からの卒業を発表した高山一実さん。170Pからはその独占インタビューとともに、湊かなえさんとの対談が掲載されています!
手に取れた奇跡に感謝
日常生活で本を手にする時間には、限りがある。だから作品との出会いは偶然であり奇跡でもあるなと考えているが「これほど凄い作品に巡り合えたことに感謝」と思う一冊、それが今作だ。職業柄、すぐページ最後の参考文献の記載に目を向けてしまうが、著者がどれだけの時間を重ねては、情熱をもって書き上げた作品なのかも伝わる。「ロシヤ」修道院での生活での主人公の勝気さに微笑み、受ける言葉から学びをもらい、見たこともない当時の空気感すら文章で感じる。圧巻!
村井有紀子 久しぶりに宝塚歌劇を観にいったのですがあまりにカッコいい男役さんに「これが朝美絢か!」と叫びそうになりました。ヅカヲタ再燃しそう……。
祈りのような「仕事」にあこがれる
「誰も画師のことなど気にしない。当たり前だ。聖像画師は描いた画に署名しないもの」。無名性、匿名性がもつロマンにめっぽう弱いのだが、りんの画業はまさにその極み。わたしらしさや自己実現といったものと無関係なところで美しいものを生みだすいとなみ、かっこよすぎます……。けれど私だったら「なんでこんなことやってるんだろ」と思ってしまうこと間違いなし。「誰も画師のことなど気にしない」のは、だれのための仕事。それはきっと「描くことそのものが、祈りだ」。
西條弓子 夏の魔物にかどわかされてレモンケーキにどハマり中です。涼やかでかわいいビジュアル、きゅんとすっぱくしっとり甘い……あざとすぎィ!!
才能にかける人々の想いとともに
さまざまな快挙を成し遂げた人たちの裏には、その才能を信じ、背中を押す人々の存在がある。近代化の波が押し寄せる明治の世に絵師の道を志し、邁進し続けたりんも同様だ。彼女の夢を認め、その身の無事を祈り続けた母・多免。「しゃあんめえ」と苦笑しながら、修業のための手筈や月々の金子を整えてくれた兄・重房。そして彼女の運命を変えるロシヤ正教の宣教師ニコライ。彼女の才能にかけた人々の想いとともに、絵師という夢を追い続けた山下りんの軌跡をぜひ辿ってみてほしい。
前田 萌 休日は家に引きこもってひたすら映画鑑賞&ゲーム。気づけば昼夜が逆転しているので、休み明けが非常につらい。健康的な趣味を見つけたいものです。
狂おしいほどの「絵」への想い
作品の中で描かれるりんの生涯は、驚くほど「絵」への想いしかない。恋も結婚にも興味はなく、将来への不安を考える暇があったら絵を描く。とにかく「自分の絵」の技術を高めたいと猪突猛進していく様子は清々しい。当初、りんにとってキリスト教も絵を描くためのモチーフでしかなかった。しかし、やがてりんは絵師ではなく聖像画師の道を選ぶ。二つの違いは何なのか。人々にとって絵とはどのような存在なのか。物語を通して「想い」を形にする者の心に触れられた気がする。
細田真里衣 いつか行きたいと思っていたロシア料理店が、シェフの急逝で年末に閉店することに。予約が取れない超人気店で、いつか必ずと思っていたら……。
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