兄が乙女ゲームのシナリオ改変を試みるファンタジー開幕。妹を悪役令嬢にさせてなるものか!
公開日:2021/9/1
異世界転生も悪役令嬢もお腹いっぱい、というライトノベル界に「そうきたか」と思わせる作品が登場した。『悪役令嬢の兄に転生しました』(内河弘児/TOブックス)だ。Webサイト「小説家になろう」からの書籍化で、著者の書籍デビュー作でもある。
内容は、アラサー男性サラリーマンの主人公が急死後、自身が実況動画投稿をしていた乙女ゲームの中に転生し、そのシナリオを書き替えるべく頑張るというもの。なぜ頑張るのかといえば、それはひとえにかわいい妹のため。この妹、プレイヤー(乙女ゲームのシナリオ上では主人公)に意地悪をする悪役令嬢なのだ。彼女はエンディングで、プレイヤーとは対照的にバッドエンドが待っている。兄としては、我が妹を幸せな未来に導きたいではないか。
ちなみに、アラサー主人公が生前「俺、男だけど乙女ゲーをプレイする! 男なんだから男心なんて丸わかりなんだし楽勝で落としてやんよ!」となめて始めたこのタイトルの実況動画は、惨敗からの意地になっての周回がウケ、そこそこの再生回数を獲得していた。進行状況は、すべての攻略対象を落として感動のエンディングを迎え、アップのための動画編集をしているところだった。急死により残念ながらアップは実現せず、ゲーム内に転生したわけであるが。
シナリオ改変をもくろむといっても、本書の物語はゲームの設定よりかなり以前、主人公の子ども時代から描かれる。生まれた家は貴族の家柄、金髪碧眼の麗しい容姿に、運動神経抜群の肉体、スマートな頭脳の7歳の男の子だ(中身はアラサーリーマンなのだが、周囲には秘密である)。前世と比べたら幸せすぎる環境と身体に、前世の知識と経験を足すのだから、美しく賢くおとなびた親の手のかからない子どもができあがる。名前はカインだ。
うりふたつの美貌をもつ妹ディアーナもキュートで素直、今のところ悪役令嬢にいたる片鱗はかけらもない。カインは、どうしてこんな天使のような妹が不幸にならなくてはいけないのかと憤る。
とはいえ、カインは、まだ権力も腕力もない子どもだ。家や政治を動かすような大きなことはできない。ディアーナをどんなに小さなことでも褒めに褒め、彼女と毎日離れることなく一緒に遊ぶ毎日。その愛らしさに顔がだらしなくゆるんでは、母や侍従からツッコミを入れられることもあるが。しかし、それでも、ゲームシナリオが崩れるように願いながら、知恵を絞って日常の中の小さなことから変化を起こそうと頑張る。カインが考える戦略は次のようなものだ。
この乙女ゲームは、攻略対象の男性が抱える心の闇をプレイヤーが共に背負ったり解決したりすることで、めでたく結ばれるという設定になっている。だから、攻略対象の心の闇が発生しなければ、プレイヤーとは結ばれないのではないか、という戦略である。
攻略対象となる人物が、トラウマや過剰な我慢によって心の闇を抱えないようにと、彼らにさりげなく接近・干渉していくカイン。彼らとの関わりにおいて、ディアーナのためという目的を通り越して、彼らの幸福な成長を本気で願うところがカインの人となりを表している。
カイン、ディアーナ、攻略対象の男の子たちは幸せに成長できるか? ゲームの主人公であるプレイヤーとの出会いはどうなるのか? 先が気になるが、本作1巻ではそれらは明かされていない。2巻は10月20日発売予定とのことだ。また、この秋からコミカライズも決まっており「どこでもヤングチャンピオン」で連載されるという。
「悪役令嬢」と名がつくと女性向け作品になりがちだが、少年誌媒体での連載開始というのも新鮮。見逃すことができない作品になりそうだ。
文=奥みんす