『月姫』と向き合った時間がReoNaにもたらした、「絶望」への視座――ReoNaインタビュー(月姫主題歌E.P.編)

アニメ

公開日:2021/9/1

ReoNa

 TYPE-MOONが2000年に発表し、長らくリメイク作品の発売が待たれていたビジュアルノベルゲーム作品、『月姫』。絶望系アニソンシンガー・ReoNaの最新リリースは、リメイクされた『月姫 -A piece of blue glass moon-』の主題歌“生命線”を含む4曲入りのEP、その名も『月姫 -A piece of blue glass moon- THEME SONG E.P.』(9月1日発売)だ。ReoNaが1stシングル『SWEET HURT』でデビューを果たしてから3年。その歌が見せてくれる風景、その歌声が内包するエモーション、アニメ作品の「依り代」「器」として楽曲をアウトプットする精度――当時からReoNaは「破格の才能」を携えていたわけだが、『月姫 -A piece of blue glass moon- THEME SONG E.P.』で彼女が見せてくれたのは、「風格」の一端である。作品に込められた孤独や絶望と誰よりも深く、真正面から向き合うことで紡ぎ出された歌は、頼もしさすら感じさせる。大きな期待を背負った『月姫』との邂逅が、絶望系アニソンシンガー・ReoNaに新たな視座を与え、表現者としてさらなる前進を促したようだ。

 パシフィコ横浜でのライブの映像化を振り返った「ライブ編」に続く「月姫主題歌E.P.編」では、4曲入りEPの制作に向かったReoNaのマインドのあり方と、『月姫 -A piece of blue glass moon-』との出会いがもたらしたものについて、話を聞いた。

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自分自身が抗いようもなく『月姫』に対して新参者だということを、身に刻みました

――あえて資料通りの言葉を使わせてもらうと、最新作は「伝説」のノベルゲーム、『月姫 -A piece of blue glass moon-』の関連楽曲を収めた4曲入りのEPですね。まずは、作品が完成して感じていることを教えてほしいです。

ReoNa:全曲が『月姫 -A piece of blue glass moon-』という作品に対して寄り添わせていただいたものになりました。1枚の作品を通して、芯が通っていて、統一感がある、足並みの揃った楽曲たちになったと思います。ここまで、全曲が仄暗いロックサウンドだったことは、今までになかったと思います。

――確かに、前作シングル“ないない”の収録楽曲はカントリーに振り切っていたり、曲のあり方もだいぶ多様でしたね。

ReoNa:そうですね、振り切れてました。

――その意味でも、『月姫 -A piece of blue glass moon-』に全力で寄り添っているものであると思うんですけども、『月姫』自体はリアルタイムで体験した世代ではないですよね。

ReoNa:はい。ゲーム発売当初はまだ1歳でした。

――熱心なファンの方にとっては、今回発売されたゲームは長らく待望されてきた作品であり、巨大な期待を背負ったタイトルと寄り添うにあたって、『月姫』をどうとらえたのか、自分自身とどう重ね合わせたのか、を聞きたいです。

ReoNa:まずコミカライズ版で物語に初めて触れて、想像していた5倍くらい泣きました。とても、引き込む力がある作品だな、と思いました。設定の部分で、吸血鬼が出てきたり、街中で戦ったり、ファンタジーの部分があるのに、なぜかそれを異世界で起こっていることだと感じさせず、身近に起きていることだと感じさせる力と、その中でひとりひとりが抱える等身大の孤独や、世界に対する認識感――物語に登場する人たちが世界の儚さを感じているような気がしました。その世界にわたし自身も放り込まれたような感覚になって、一部始終を見届けて、全部が全部ハッピーエンドというわけではないんですけど、ただ悲しいだけではない涙が流れるところがあって、たくさんの人に愛される所以がわかる気がしました。『月姫』と青春時代に出会ったら人生変わっちゃうだろうな、と、作品ファンの皆さんの気持ちがすごくわかります。

――それこそ、20年待っていた人がいる、という。

ReoNa:もしわたしが学生で、それこそ18、19とか、心がやわらかい10代のときに『月姫』に出会って、のめり込んでいたら、考え方や世界観をすごく変えられたと思います。TYPE-MOONさんの作品にはそういう側面があると思うんですけど、触れてみて初めて「こんな作品があるんだ」って感じるのと同時に、「自分がこういうものが好きだったんだ」という発見は、自分自身にもあるような気がします。そう言う作品を20年待って、20年越しで新鮮な思いや懐かしい思い出に立ち返れることが、すごくうらやましいです。

――これまでに主題歌を担当してきた作品、たとえば『ソードアート・オンライン』などはまさにそうだと思うんだけど、『月姫』も楽曲を受け取る人にとって、「こうであってほしい」という願望がとりわけ強い作品だと思うんですよ。

ReoNa:きっと、解釈の一致、解釈不一致がある作品だと思います。

――まさに。で、その願望に対して100%全員に「これが正解です」と提示することはさすがに難しいとは思いつつ、期待には応えたいじゃないですか。もちろんすべてのタイアップに生じるもの、という前提で、『月姫』の場合は背負う責任が大きかったのではないかな、と。

ReoNa:本当に大きかったです。もう、物語が浸透していますし、それこそきっと、ディスクが擦り切れるほど噛み締めていらっしゃる人たちがいて。そういう方が少なくない、それどころかむしろたくさんいる作品と向き合う上で、ReoNaチームの中にも作品ファンがいてくださることは、すごく心強かったです。今回、全曲の作詞・作曲・編曲が毛蟹さんで、彼自身も往年の「月姫」ファン、そしてゲームを制作した「TYPE-MOON」ファンであったことは、今回お歌を込める身としても、わたしが作品に対して持っている感情が正しいものなのかを確かめたりすることができて、改めてよかったな、と思います。

――楽曲によって「寄り添う」という表現をよく使っているわけですけど、そうするためにどういう自分でなければいけない、と思ったんでしょう。

ReoNa:まずは、自分自身が抗いようもなくこの作品に対して新参者だということを、身に刻みました。

――新参者(笑)。

ReoNa:はい。毛蟹さんも、自分自身が愛するものに対して全力で作ってくださっている中で、新しく生まれる『月姫』にとってわたしは完全に新しい要素のひとつなので、新参者として理解をしようとしなければいけない、と思いました。その上で、寄り添うために何ができるかを考えて、出来上がった楽曲に対して自分自身の絶望や孤独を重ねる作業をしていきました。すでにそこにある世界に、どうわたし自身が寄り添っていくのか、がテーマでした。実は、この『月姫 -A piece of blue glass moon-』のお話の起点は、数年前にさかのぼるんです。初めて今回の楽曲である4曲がReoNaのデモ音源として出来上がったのは、実は数年前のことで。

――へえ~。原型としては、けっこう長い歴史があると。

ReoNa:デビュー当初の頃でした。その頃から、たぶんわたしはちょっとずつ、ちょっとずつ『月姫』を背負っていったんだと思います。長い年月をかけて、出来上がったものに対して少しずつ理解して、何度も歌って何度も録りなおして、本番のレコーディングを迎えました。長く時間をかけて歩み寄って、長く時間をかけて背負った楽曲たちです。

――となると、今まさに話してくれた通り、自身のお歌に込められるエモーションの量とか濃度というのは、自分でも違いを実感できるものなんでしょうね。

ReoNa:そうですね。聴き比べてもすごく変わったと思いますし、実際に歌っているときの思いも、当時とまったく一緒というわけではやっぱりなくて、作品に触れることでいろいろ変わった部分もありますし、すごく変化があります。最初に歌った当時は、自分が今よりも不安定でした。なんでしょう……まだ“過去”として昇華できていない絶望の割合が多かったと思います。その中で、孤独に向き合うことも、今よりよっぽど怖かったですし、絶望というものに対してのリアルタイム感がありました。まだ癒えてない傷もいっぱいあって。

――なるほど。その意味では、恐る恐るな部分もあったのかもしれないし。

ReoNa:恐る恐るだった部分、当時はすごくありました。今よりも脆かったな、と思います。

――それこそ、デビュー当時からの3年間で作ってきた楽曲や作品、たとえば“Null”や“unknown”を経て、絶望や孤独と真正面から相対することができた上で、今回のEPが完成形に近づいていった、と。

ReoNa:はい。やっぱり、いろんなものと向き合って相対して、その果てで改めて傷だったり孤独だったりに自分自身のほうから歩み寄って、寄り添って歌うという部分では、この年月を経てよかったな、と思います。

ReoNa

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以前は取りこぼしていたものを、今はようやく拾えるようになった気がします

――ここまでの話を聞いていて、ひとつとても納得感があるんですよね。というのは、このEPに収められた4曲を聴いて真っ先に思い浮かべたのが「風格」という言葉で。デビュー当初は今よりも不安定だった、という話があったけど、不安定だったときには醸されなかったものが、確かにこの楽曲たちに宿っていると思うわけです。作品、楽曲、歌詞のいろいろなところに点在している絶望や孤独に対して、勇気を持って――というと言葉は違うのかもしれないけれども、背けずにぶち当たっていった結果がこの4曲なのかな、と。その意味で、『月姫』という大きな期待を集めるタイトルの楽曲を、背負うに足る人のお歌になっていると感じますね。

ReoNa:ありがとうございます。本当に、当時はきっと背負えていなかったものが、今は背負えるようになっていて。たぶん以前は取りこぼしていたものを、今はようやく拾えるようになったような気がします。もちろんまだまだ足りてないですし、やっぱり拾いたいものもあるし、まだできるもっとできると思うこともすごくたくさんあるんですけど、今まで体当たりでぶつかってきた瞬間は何度もありました。その果てに表れたものを風格と表現していただけるとしたら、すごく報われます。

――大御所感とかではなく、作品を担う者としての風格、ですね。体当たりは続けてほしいし。

ReoNa:絶望系としての風格が生まれてきましたか?

――それはもう、とても。ちなみに4曲の中で、最も風格を感じたのは実は“Lost”でした。

ReoNa:この曲をレコーディングしたときに、毛蟹さんに「君は暗いAメロを歌うために生まれてきた人だ」って言われました(笑)。

―――なるほど(笑)。しかしその話、わかる気がしますね。“Lost”は始まって数秒でゾクゾクする感じがやってくるし。

ReoNa:“Lost”は、ちょうど自粛期間が明けて一発目のレコーディングで録っていたんです。人と会えない期間を経て、けっこう暗く沈んでいた時期、別の意味の不安定さがあった時期だったので、あの時期に録ったからこその“Lost”だと思います。

――そして、1曲目の“生命線”。『月姫』のオープニングムービーに乗った状態で聴く“生命線”は、音楽としても映像としても、なかなか得難い体験をもたらしてくれるなあ、と思いました。

ReoNa:<命の線><ナイフでなぞって>といった歌詞の言葉のひとつひとつが、「そういうことなのか」って紐解けていく瞬間は、きっと作品に寄り添えているからこその掛け算が詰まった映像なのかな、と思います。

――同時に“生命線”は、1stシングルから3年間ずっと聴かせてもらっている身としては、歌や表現が明らかに進化しているんだな、と改めて感じさせてくれる曲でしたね。

ReoNa:ありがとうございます。本格的に習ったこともなければ、自分のお歌を客観視することもあまりしてこなくて――そこからも逃げてきました。自分がどれだけできていないか、どれだけ自分にダメな部分がいっぱいあるのか、どうしても見たくない気持ちはありましたけど、たくさんの人の時間をもらっていると考えたら、向き合わざるを得なかった瞬間がやっぱりたくさんあって。苦しい思いをして、いっぱい自分で自分を責めて、その果てにちゃんと届いている実感を持てたときは、「ああ、よかった」と思いますし、自分自身がそういう確信を持てたときも、「苦しんできたことも無駄じゃなかったんだな」って思います。

――「絶望系アニソンシンガー・ReoNa」の現在、そして今後にとって、今回のEPは相当大きな存在になると思います。改めて、『月姫 -A piece of blue glass moon- THEME SONG E.P.』がReoNaに与えてくれたものとは、何でしょう。

ReoNa:すごくたくさんあるんですけど、数年間という時間をこの楽曲たちと一緒に歩んできて、ひとつはやっぱり自分自身を重ねることに対する想い、自分から楽曲や作品に歩み寄っていく、自分自身を重ね合わせることへの力は改めて必要だと感じましたし、その力をすごくもらえたと思います。『月姫』自体が、「絶望にふたをしない」というか、孤独やこの世界の脆さ、儚さにふたをせずに表現している作品だと感じていて、改めて「隠すものじゃないんだ、絶望は作品として形になって、それが届いて、たくさんの人に響いて愛されることがあるんだ」とわたし自身も感じたので、絶望に対する向き合い方は『月姫』という作品、今回のEPがあったからこそ、改めて感じることができました。

――いやでもまさに、「絶望系アニソンシンガーだからこそできたこと」でしょうね、それは。

ReoNa:そうであれたら嬉しいです。

――その絶望を、同じように背負って歌う人はいないわけで。だからこその、風格ですね。

ReoNa:ありがとうございます。「絶望って、いろんな形があるよね」という想いがこもった1枚になったと思います。『月姫』は、まっすぐな痛み、まっすぐな孤独を表したものでもあると思っていて、「人の数だけ、生きてきた日数の分だけ絶望ってあるな」と思いました。そのひとつひとつを取りこぼさずに、どんな小さいものでもお歌に、言葉にしていけたらいいなって、改めて思います。

ReoNaインタビュー 「ライブ編」はこちら

取材・文=清水大輔 写真=北島明(SPUTNIK)
ヘアメイク=Mizuho

●ReoNa(れおな)
2018 年 4 月クールに放送された TV アニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』の劇中歌を歌う劇中アーティスト=神崎エルザの歌唱を担当し、「神崎エルザ starring ReoNa」として、ミニアルバム『ELZA』をリリース、新人としては破格のヒットを記録。ソロシンガーとしては、1stシングル『SWEET HURT』を2018年8月にリリース。2020年10月には、1stアルバム『unknown』をは発表した。10月より、全国7都市を回るライブハウス&ホールツアー、「ReoNa ONE-MAN Concert Tour 2021 “These Days”」を開催予定。
http://www.reona-reona.com/