「怖い絵本は、理解できないものを理解しようとする想像力を育む」。一過性のブームで終わらない怖い絵本の魅力

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/7

「怪談えほん」シリーズ

 今、子どもたちだけでなく大人も夢中にさせている「怖い絵本」。近年のブームの原動力となったのは、2011年にスタートした岩崎書店の「怪談えほん」シリーズ。人気作家たちが子どもたちを本気で怖がらせようとしている同シリーズは話題を呼び、現在第3期まで刊行継続中です。同シリーズの編者で、怪談に詳しい文芸評論家・アンソロジストの東雅夫さんに「怪談えほん」シリーズのなりたちと、怖い絵本の魅力についてうかがいました。

(取材・文=朝宮運河)

東雅夫
東雅夫さん

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――現在の怖い絵本ブームのきっかけとなったのが、2011年にスタートした岩崎書店の「怪談えほん」です。このシリーズは、どのような経緯で生まれたのですか。

東雅夫さん(以下、東):昔話になってしまいますが、かつて「ビーケーワン」というオンライン書店がありまして(※2012年にhontoと統合する形で営業終了)、私は怪奇幻想文学専門の「社外エディター」の立場で関与していたんです。そのビーケーワンの担当者を通じて打診されたのが、怪談えほんのプランでした。詳しい経緯は分かりませんが、その担当者と岩崎書店の間で、これまでにない怖い絵本を作ろう、という企画が持ち上がったらしいんですね。それで「怪談に詳しいヒガシに相談してみよう!」という流れになったようでして(笑)。

――てっきり東さんが企画されたシリーズだと思っていました。

:いえいえ、私が長年携わってきたのは、あくまで大人向けの雑誌や単行本ですから。絵本はノウハウがまったく異なる分野なので、あちらから誘われなければ、飛びこむ勇気は出なかったと思います。当時絵本の世界では、本当に怖い作品は好まれないという俗説があって、たとえお化けが出てきても、最後は主人公の子どもと仲良くなってめでたしめでたし、という内容の作品が大半でした。私も担当編集者も、そうした風潮に飽き足りない思いを抱いていて、「やるからには本気で怖いシリーズにしたい、それでよろしければ、お引き受けします」と申し上げたんです。

――シリーズ第1期に名を連ねているのは宮部みゆきさん、皆川博子さん、京極夏彦さん、恒川光太郎さん、加門七海さんの5名。いずれ劣らぬホラーや幻想文学の名手ばかりです。

:以前から仕事を御一緒した方々で、この人たちなら、本当に怖い話をお書きになれるだろう、と確信してオファーしました。お忙しい方ばかりですし、「絵本なんて……」と言われるかとも思ったのですが、なんと全員が快く引き受けてくださいました。大人向けの作品を書かれている作家さんにとっても、絵本というのは魅力的な表現分野なのだと思いますね。

――発売当時、読者の反応はいかがでしたか。

:発売当時は東日本大震災の直後ということもあって「こういう本を出すのはいかがなものか」という批判があることは覚悟していました。ところが蓋を開けてみると大好評で、全国の書店さんでも好意的に扱ってくださいました。予想外だったのは、親御さんたちの反響ですね。御自分が好きな作家さんの新作として、率先して買ってくださったようです。

――怪談えほんシリーズの創刊にあたって東さんは、「怪談に親しむことによって、子どもたちは豊かな想像力を養い」「強い心を育み」「人として大切なことのイロハを自然に身につけてゆく」ことができるとお書きになっています。怖い絵本にはこうしたプラスの側面もあるんですね。

:あれはまあ怪談全般に拒否感のある親御さんに向けてのアピールなので、やや肩肘張った文章になっていますけどね(笑)。しかしあの文章に書いたこと自体は、決して間違ってはいないと思います。分からないものを正しく恐れること、理解できないものを理解しようとすること、つまり人生を豊かに生きるうえでは欠かせない想像力は、良質のフィクションによって育まれるものです。怖いものから子どもたちを過保護に遠ざけてしまうのも、問題があるかなと思うんですよ。

――怪談えほんシリーズを代表する作品といえば、京極夏彦さん作、町田尚子さん画の『いるの いないの』(岩崎書店)。トラウマ級に怖い! と各種メディアで評判を呼び、今なお増刷を続けています。ヒットの要因は何だったのでしょうか?

いるの いないの
『いるの いないの』(京極夏彦:作、町田尚子:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

:文章も絵も共に素晴らしいのはもちろんですが、あの作品は日本人にとって「怪談の原風景」のような面もあると思うんですね。都会の子が、田舎の影の多い家に遊びにいくと、梁の上にある暗がりが気になって……というシチュエーションは、たとえ体験したことがなくても、どこかしら懐かしさを感じさせるものですから。

いるの いないの

――確かにそうですね。梁の上にあんなものがいたとしたら、怖くて眠れません。

:それについては忘れられないエピソードがあるんです。怪談えほんをあるラジオ番組で取りあげてくれることになり、スタジオに『いるの いないの』を持参したんです。キャスターの女性がその場で読み始めたんですが、ラストの見開きで「きゃあっ!」と悲鳴をあげて、文字どおり飛び上がったんですよ(笑)。それを見ていて、怪談とは何かということを一般読者に分かりやすく伝えるうえで、絵本というのは絶好の器なんだなと痛感しました(笑)。小説ではその場で全部を読んでもらうことは難しいですが、怖い絵本なら、それが可能なんです(笑)。

――加門七海さん作、軽部武宏さん画の『ちょうつがい きいきい』(岩崎書店)もショッキングな結末の絵本として有名です。

ちょうつがい きいきい
『ちょうつがい きいきい』(加門七海:作、軽部武宏:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

:『ちょうつがい きいきい』は、絵本で許されるぎりぎりのラインを攻めた作品ですよね。解釈によっては、主人公の男の子が車に轢かれて死んでしまったようにも読めるわけですから。といっても単に残酷なだけではなく、加門さんなりの死生観・怪談観がしっかり表現されています。このシリーズが面白いのは、作家さんそれぞれの一番コアにある部分が、絵本として表現されていることですよね。『いるの いないの』にしてもそうです。重厚長大をもって知られる京極作品も、ぎりぎりまで煎じ詰めれば、『いるの いないの』のラストシーンになるような気がするんですよ。

――絵本では絵も重要な要素です。怪談えほんシリーズでは、作家さんと画家・イラストレーターさんのコラボレーションが恐怖を二倍、三倍にも高めていますよね。

:怪談えほんシリーズでは、基本的に物語ができあがってから、誰に絵を依頼するか考えるという流れをとっています。作家の皆さんにいつもお伝えしているのは、「文章で説明しすぎないでください」ということ。書かれていない部分を絵描きさんが補って、思いもよらない作品が生まれてくるのがこのシリーズの醍醐味です。ある意味、作家と画家さんの力比べですね。『悪い本』(岩崎書店)なんてその典型で、視覚的な情報を削ぎ落とした宮部みゆきさんの文章を、吉田尚令さんが独自に受け止めて、素晴らしい形で表現してくれた。まさかテディベアが恐怖の象徴として描かれるとは! あれには宮部さんも大喜びされておられました。

悪い本
『悪い本』(宮部みゆき:作、吉田尚令:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

――怪談えほんは順調に巻数を重ね、2019年には第3期がスタートしています。スタートから10年経ち、すっかり怖い絵本の定番シリーズとなりましたね。

:ありがたいことです。第3期では、これまでの蓄積をもとに、より新しい恐怖表現を追及した絵本になっているように思います。たとえば佐野史郎さんにお願いした『まどのそと』(ハダタカヒト:絵、東雅夫:編/岩崎書店)は、火山が大噴火した世界の話ですが、主人公の両親が、丸太ん棒のような姿で描かれていて驚かされました。2018年には「怪談えほんコンテスト」を開催し3000作の応募がありました。大賞受賞作の絵は、とても人気のある絵描きさんにお願いする予定ですので、刊行まで今しばらくお待ちください。

まどのそと
『まどのそと』(ハダタカヒト:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

――『いるの いないの』にしても『まどのそと』にしても、怖い絵本には想像する余白が残されています。子どもたちに「これってどういうこと?」と尋ねられた際は、どう答えるのがいいでしょうか。

:お子さんと一緒になって、あれこれ想像してみるのがいいんじゃないでしょうか。怪談はミステリーとは違って、唯一の答えがあるわけではありません。いろんな解釈があってもいい。そこが怪談の面白いところだと思います。子どもたちの自由な創造力は、侮れません。

――怪談えほん以降、恐怖を表現した絵本が増え、書店の絵本コーナーも様変わりしましたよね。

:増えましたねえ。『別冊太陽』や『MOE』のような雑誌でも、怖い絵本が取りあげられる機会が増えましたし、絵本の世界に怪談・ホラー系の作品が増えるきっかけを作れたのかなと思っています。最近でも『てがみがきたな きしししし』(網代幸介/ミシマ社)という洋館が舞台の絵本を面白く読みました。近年、お化けや怪談に関心を寄せる若手アーティストが明らかに増えていますし、そういう人たちが活躍しやすい状況になっているのは、大いに歓迎すべきことだと思っています。

てがみがきたな きしししし
『てがみがきたな きしししし』(網代幸介/ミシマ社)

――なるほど、怖い絵本のブームはまだまだ続きそうですね。とはいえ子どもに怖いものを読ませるのは……、という読者もいるかもしれません。そんな方に向けて一言メッセージをお願いいたします。

:大人はつい、教育的な観点から子どもの読む本を選んでしまいますが、子どもたちは理屈抜きに、怖い話や不思議な話が大好きです。私も子どもの頃は、学校の七不思議を調べるために小学校を探検したりしましたが(笑)、そうした素朴な好奇心を自宅にいながら満たせるのが本の良いところ。ぜひ怖い絵本で、お子さんの想像力を強く逞しく育んでください!

 それと、怪談えほんで執筆されている皆さんは、子どもの頃かなりのこわがりだった。見えない世界を人一倍こわがり、同時に強い関心を抱いた幼少期の経験が、今日の作家活動の基盤にあることは間違いありません。だからもし、我が子を将来、宮部さん京極さんみたいなベストセラー作家にしたければ(笑)、たくさん怖い本を読ませて、どんどん恐怖観賞のスキルを高めてあげるのが、いいと思いますね(笑)。