「特殊設定ミステリー」における“ホワイダニット”の重要性とは――『兇人邸の殺人』今村昌弘インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2021/9/13

今村昌弘さん

デビュー作『屍人荘の殺人』で、「特殊設定ミステリー」ブームを巻き起こした今村昌弘さん。特殊設定ミステリーにおけるホワイダニットの重要性とは。

(取材・文=野本由起 撮影=川口宗道)

 現実世界とは異なる特殊な状況下におけるミステリー、通称「特殊設定ミステリー」の勢いが止まらない。このブームを加速させたのが、『屍人荘の殺人』をはじめとする「剣崎比留子」シリーズ。最新作『兇人邸の殺人』では、首斬り殺人鬼が徘徊するテーマパーク内の建物「兇人邸」を舞台に、連続殺人事件と館からの脱出劇が描かれる。

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「このシリーズでは、各作品を通していくつかやりたいことがあるんです。そのひとつが、比留子たちが追う謎の組織“班目機関”にまつわるオカルト的なガジェットを出すこと。警察が介入できないクローズドサークルで事件を起こすというのも、この3作で共通してやりたいことでした。そのうえで、今回はこれまでとは違うクローズドサークルに挑戦しています。物理的には人が入ってこられるけれど、中に閉じ込められた人々が出ようとしない。そんないびつなクローズドサークルに、首斬り殺人鬼という脅威を出現させました」

 惨劇が起きる「兇人邸」は過去2作に比べても、はるかに複雑な構造の建物だ。しかも、間取り自体が事件の謎やトリックと密接に絡み合っている。

「僕の場合、まず作中でやりたいどんでん返しや裏切りの要素をイメージしつつ、それを実現できる間取りを並行して考えていきます。これらすべてがきちんと合致するまで、書き始めることができないんですよね。ストーリー、トリック、間取りという3つの要素がバチッと嵌まるまで考え続けた結果、構想だけで1年ほど費やしてしまいました」

 さらに本書では、探偵役の比留子と助手役の葉村、ふたりの関係にも転機が訪れる。これまで比留子は、自身の“事件を引き寄せる体質”に悩み、殺人を未然に防げないことに苦しみ、葉村もまた助手としての役割に悩んでいた。そんな二人が今回の事件を通して辿り着く結末にも注目だ。この3作でシリーズはひとつのまとまりを見せ、次からは“シーズン2”が幕を開けるという。

「今回は3作目ということで、“このシリーズはかくあるものだ”という形を示したいと思っていました。その最たるものが、比留子と葉村が事件に向き合うスタンスです。僕が思い描く探偵像は、いわゆる職業探偵のように正義感や義務感で事件を解決する存在ではありません。比留子は、戦う女の子。自分の体質のせいで事件を招いてしまいますが、懸命に生き延びようと頑張る女の子です。そして、それこそが僕なりの探偵像なんです。今回の作品は、犯人が誰なのか読者の方にも予想がつくかもしれません。でも、僕が本当に描きたかったのは、その後の脱出劇でした。比留子は犯人を捕まえたら終わり、という探偵ではありません。犯人とだけ戦っているわけではなく、自分を取り巻く悲劇的な運命そのものと戦っているんです。その点を強く打ち出したいと思っていました。つまり、この話は探偵にとってのホワイダニットでもあるんですよね。“なぜ探偵をやるのか”を追求した小説ではないかと思っています」

犯人が取った行動に必然性を持たせることが重要

 では、本格ミステリーという枠組みにおけるホワイダニットについては、どのように考えているのだろうか。

「本格ミステリーの場合、例えば怨恨なのか事故だったのかという単純な犯行動機を追求しても仕方がないと思うんですね。『屍人荘の殺人』や『魔眼の匣の殺人』でも、なぜ犯人が殺人を犯したのかという動機についてはそこまで掘り下げていません。それよりも重要なのは、“犯人はなぜそうせざるを得なかったのか”という動機です。犯行におけるおかしな手順、現場で見つかったおかしな証拠は、なぜ生じてしまったのか。犯人は、なぜ不可能犯罪に見せかける必要があったのか。こうしたホワイダニットのほうが大事だと思いますし、それに関してはきちんとした答えと手がかりを準備するようにしています」

 大事なのは、犯人が取った行動に必然性を持たせること。そこに説得力を持たせるため、今村さんは登場人物それぞれの行動を徹底的に考え抜くという。

「特にクローズドサークルでは、登場人物がベストの選択をしなければ、事件そのものが嘘っぽく見えてしまいます。読者が“じゃあ、こうすればよかったんじゃない?”とより良い解決策を思いつくようでは、どんなに一生懸命考えた事件も色あせてしまいますから。大事なのは、“全員が最善の行動を取った結果、この状況が生まれてしまったんだ”と、読者に納得してもらえるよう、登場人物の行動を突き詰めること。数学で言うと、方程式のXYZに入る数字をすべて同時に導きだすようなものですから、まぁ大変です(笑)。『Xは多分プラスかな』と徐々に絞り込んでいくと、ある時すべての条件を満たす答えが見つかる。そうすると物語の形が決まるんですよね」

 そのうえで、読者に推理を楽しんでもらえるよう、論理の筋道を立て、伏線を張り巡らせていく。時に読者をミスリードしつつも、正しい真相に導くという本格ミステリーならではのハードルが課されている。

「本格ミステリーは、ただ読者を驚かせたり裏切ったりするだけではダメ。探偵という絶対的な存在が真相を見抜くという様式なので、なぜ探偵がその結論にたどりついたのか読者にきちんと説明しなければなりません。だからこそ、先ほどお話ししたように、登場人物が論理的で最善と思える行動を取っていなければなりません。論理クイズの側面があるため、仕掛けを考えるのも大変ですが、それが本格ミステリーの醍醐味だとも思っています」

 さらに、「本格ミステリーならではのホワイダニットを通じて、いびつな心理や人間の闇も描きだせる」と今村さんは話す。

「何かに憎しみを抱く犯人が、その衝動に任せて人を殺すというのは、酷い事件ではあってもそれほど怖くはありませんよね。でも、憎しみの衝動を持っている犯人が、ロジカルな手段を講じて犯行に及んだら気持ち悪いじゃないですか(笑)。憎しみや殺意に駆られた人は無軌道になるはずなのに、何らかのルールに従い、彼らなりの論理で殺人を犯す。そのねじれや食い違いが、怖さや不気味さを生むのではないかと思います。特に、特殊設定ミステリーはそういう作品が多いですよね。創作だからこそ表現できるこうした恐怖も、本格ミステリーの面白さではないかと思います」

 

今村昌弘
いまむら・まさひろ●1985年、長崎県生まれ。2017年、『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作はミステリーランキングを席巻し、続編『魔眼の匣の殺人』も大ヒット。21年、ドラマ『ネメシス』に脚本協力として参加。