ママ友が消えた…私たちに何も言わずに。仲良しママ友たちの本音が明るみになる時、迎える意外なエンディングとは?
更新日:2021/9/24
平凡な日常を襲ったある事件をきっかけに、ママ友たちは自分の闇に気づいていく…。『消えたママ友』(KADOKAWA)は、子育て家庭の悲喜こもごもを描く漫画家、野原広子さんによる代表作のひとつ。手塚治虫文化賞短編賞を受賞した作品でもあり、野原さん作品がはじめての人にもおすすめの1作です。
ある日、ママ友の有紀ちゃんが子どもを置いて突然消えてしまったところから物語は始まります。有紀ちゃんは商社勤めで、家族想いの夫や、家事育児を手伝ってくれる夫の母親と同居する1児のママ。家庭も仕事も手に入れて自由に生きる、誰もが羨むような存在です。有紀ちゃんは「男と逃げた」と噂されていますが、普段は常識のある人物であるだけに、ママ友の春ちゃんたちは「そんな人じゃない」と考えています。
ママ友のひとりである春ちゃんは、有紀ちゃんを必死に探します。夫は「家庭にはそれぞれ事情があるから放っておいたほうがいい」と冷静ですが、春ちゃんはどうにも心が落ち着かないのです。だって私たち、仲良しだったはずなのに。
有紀ちゃんを失った仲良しグループは均衡を欠いていき、そこでママ友たちは気づきます。自分の心の中に闇が渦巻いていることに。あんなに楽しく過ごした過去の出来事を掘り返して悪い方向に転換したり、自分を気遣う相手の言動を悪意のように受け止めたり、今まで向き合ってこなかった自分の汚さをまざまざと見せつけられるママたち。怖いのは、読む側もまた「で、あなたはどうなの?」と問いかけられることです。登場人物たちと同じように、自分の心の暗部を覗き見ることになるのです。
印象に残るのは、ママ友たちが消えた有紀ちゃんと1度だけ集まるシーンです。夜の公園で久しぶりに会った彼女たちは、胸の内にしまっていた気持ちをぶつけ合います。言い合いをしているだけなのに、殺人事件でも目撃してしまったかのような、言いようのないおそろしさが漂う一場面。夜の暗さが、彼女たちの闇の中に取り込まれてしまったかのように心をざわつかせます。不思議なのは、こんなに怖いシーンでも、はじめて本音をぶつけ合う彼女たちの姿から清々しさが伝わってきたことでした。もしかしたら、これまで表面的な関係だった4人が、この場ではじめて本物の友情をはぐくんでいたのかもしれません。仲良しだった頃、4人がみんな楽しい時間を過ごしていたのは間違いないのだから。
誰がいい人で誰が悪い人なのか、よくわからなくなるのも本書の怖いところ。春ちゃんは唯一、心の闇を見せることのない人物として描かれていて、それが救いでもあるのですが、誰もが心の暗部を明かす物語の中では不自然のように思えてくるのです。
日常と非日常の境目がわからない感覚を楽しもう
自分の居場所を失い、消えてしまった有紀ちゃん。でもその先には…。有紀ちゃんも残されたママ友たちも、意外なエンディングを迎えます。
今まさに子育て中のママたちは、何にプライオリティーを置いて毎日を過ごしているのでしょうか。子ども? 仕事? それとも…? 中には有紀ちゃんと同じように自分の居場所を見失って悶々としながら、淡々と過ぎていく毎日の中で“このままでいいのか”と苦しんでいる人もいるはず。
読後は日常と非日常の境目がわからなくなってしまうような感覚も楽しめる本作。さて、あなたは本作の世界観から抜け出して、いつもの日常へと戻ってこられるのでしょうか? もしかしたら、苦しい日常から一歩踏み出したその時、今とは違う“蜜の味”が待ち受けているかもしれませんよ。
文=吉田あき