入れば二度と出られない…!?『屍人荘の殺人』シリーズ最新作は奇妙な屋敷が舞台
公開日:2021/9/23
〈剣崎比留子シリーズ〉第3弾の『兇人邸の殺人』(今村昌弘/東京創元社)が発売された。シリーズ第1弾の『屍人荘の殺人』は、超常現象と本格ミステリーの融合が話題をさらい、デビュー作ながらに「このミステリーがすごい!」や「本格ミステリベスト10」で第1位を獲得。2019年には神木隆之介さん、浜辺美波さんら今をときめく俳優陣で映画化もされ、近年のミステリー小説でヒット作となっている。
今作では、葉村と比留子のコンビが、入った人間が次々と消えているという屋敷――「兇人邸(きょうじんてい)」に踏み込み、殺人事件に巻き込まれる。『屍人荘の殺人』から登場する「斑目機関」が引き起こす超常現象を本格ミステリーに組み込みながら、探偵が事件の謎を推理する意味や、ワトソン役の存在価値にも迫る内容だ。単体でももちろん楽しめるが、第2作『魔眼の匣の殺人』とリンクする箇所も一部あり、順に読んでいるとニヤリとできる。
今作も『屍人荘』に負けず劣らず、特殊な状況に巻き込まれるワクワク感と、設定を生かし切る推理や解決がおもしろい。葉村たちは今回もまた、外部との接触が絶たれた「クローズドサークル」と呼ばれる状況に追い込まれる。『屍人荘の殺人』では、“外”にいる存在が原因で館から出られなくなり、閉鎖空間となったペンション「紫湛荘」で殺人が起こった。それに対して、『兇人邸の殺人』では、“内”に原因がある。物理的に外に出ることはできるのに、邸内に潜む“首斬り殺人鬼”が原因で脱出できなくなってしまう。
この「クローズドサークル」の成り立ちの意外さに加え、「安楽椅子探偵」的な側面まで登場するから驚きだ。「安楽椅子探偵」とは、基本的に事件現場にいない探偵が、誰かから聞いた情報をもとに推理をするシチュエーションを指す。探偵である比留子は「兇人邸」内に閉じ込められている(「クローズドサークル」の内側にいる)ため、一見「安楽椅子探偵」とは両立しえないように思える。ところが、「兇人邸」の構造と“首斬り殺人鬼”の設定をうまく使い、見事なバランス感覚でそれを実現している。
そして“首斬り殺人鬼”の設定こそが、「特殊設定ミステリー」としての本作の肝になる。詳しくはネタバレになるため語れないが、この殺人鬼には普通の人間とは違ういくつかの特徴がある。葉村たちが情報を集め、比留子がそれをもとに「安楽椅子探偵」として推理していく。邸内で起こる殺人は、その特徴に合致するのか、はたまたあり得ないことなのか……。
ラストの展開は、「クローズドサークル」、「安楽椅子探偵」、首斬り殺人鬼の「特殊設定」といった要素がすべて結実し、読者に言いようのない衝撃を与える。納得するしかない合理的な解にミステリー的な興奮を覚えると同時に、そこに至るある人物の心情を想像するとやるせなさが押し寄せる。この感覚は、本作が本格ミステリーと人間ドラマを高いレベルで両立させているからこそ味わえるものだろう。
事件を通して描かれる、比留子や葉村の葛藤にも注目したい。推理で事件を解決できても、殺人を未然に防ぐことはできない「ホームズ」である比留子。『屍人荘の殺人』で負った心の傷がいえず、推理できない「ワトソン」の存在価値に思い悩む葉村。果たして「兇人邸」での経験は、彼らに何をもたらすのか。答えに近づいたふたりの姿を見たとき、このシリーズはこれからも長く愛されるのだろう、と確信した。
文=中川凌
(@ryo_nakagawa_7)