ハライチ岩井の日常に変化はあった? 大ヒットエッセイ第2弾『どうやら僕の日常生活はまちがっている』《岩井勇気インタビュー》

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/28

岩井勇気

 初の著書『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)が累計10万部突破の大ヒットとなった、お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気さん。2冊目の著書となるエッセイどうやら僕の日常生活はまちがっている(新潮社)には、小説も収録されているという。著書がベストセラーになった反響は? 小説を書くことになったきっかけは? 日常にまつわるエッセイを書くことで、日常に変化はあった? お話をうかがった。

(取材・文=三田ゆき 撮影=島本絵梨佳)

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エッセイを書くことで、これまでぼんやり見ていたものをちゃんと見るようになった

岩井勇気

──初めて出版されたエッセイ『僕の人生には事件が起きない』がベストセラーとなりました。周囲の反応はいかがでしたか?

岩井勇気さん(以下、岩井) それが、意外と身近な人が読んでくれていないんですよね……。相方も読んでいないみたいですし、母親も大量に買っただけで、読んではいないみたいです。「なんで読まないの?」って聞いたら、「熟成させてんの」って(笑)。

 仕事なんかで読む必要もないのに読んでくれた人で、パッと思い浮かぶのは、島崎和歌子さんと磯野貴理子さん。バラエティー番組で一緒になったとき、「エッセイおもしろかったよ」って言ってくれてね。「あ、俺って、こういう年代の人に刺さるんだな」と気がつきました。僕のファンでいてくれる人って、“アラフォーサブカル女子”的な人が多いみたいなんですよ。ちょうど僕を支持してくれている人が、エッセイを読む世代の女性たちだった。だから売れたんじゃないかなと思います。でも、僕のエッセイを読む必要がない人にまで「読んだよ」と言われると、本になって誰かの手に届いたんだなという実感が湧いてきて、うれしいですね。

──日常にまつわるエッセイをお書きになっていると、“日常”の見方が変わってきたのではないでしょうか。たとえば、2冊目に収録されている「天使の扱いが雑になっている件」で語られている、トイレまわりのイラストに天使が使われがちなことなど、あらためて注目しなければ目につかないところでは?

岩井 これまでぼんやり見ていたものを、ちゃんと見るようになりましたね。「天使の扱いが雑になっている件」の天使のイラストについてもそうですが、ふとなにかが気になったとき、一度立ち止まってきちんと見るようになりました。興味を持てるものごとが増えたような気はします。

 そうやってちゃんと見ているはずですが、忘れっぽいので、エッセイとして書くときは必死で思いだして書いていますね……おもしろいことがあったときにメモでもしておけばいいものを、その「メモを取る」という行為自体にすごくストレスを感じるんですよ。エッセイに書いてしまってから、「あのエピソード、こんなおもしろいこともあったのに」なんて思いだすこともあるくらい。物覚えさえよければ、すべてうまくいくんじゃないかな……決定的な欠点ですね。

岩井勇気

──とはいえ、今回のエッセイでは、子どものころの思い出などについてもお書きになっていらっしゃいます。過去のことについても、「エッセイを書く」という視点から見ると、思いだすことがあったのでしょうか。

岩井 それくらい過去のことに関しては、書いているうちに思いだすことがたくさんありました。最近のこととは、また違った思いだしかたをするというか……昔のことって、思いだそうとして思いだすことなんてありませんよね? ぼんやりと「こんなこともあったなあ」というくらいの、最近のことに対して2割くらいの思いだしかたですよ。でも、このエッセイを書くことで、ちゃんと思いだそうとしてみると、それがすごくおもしろかった。「ああ、そういえばこんなこともあったなあ」「あのときこうしたから、こんなふうになったんだ」とたどっていけることが、すごく楽しかったです。

 ただ、大人になった今、書いていることなので、「子どものころ、こんなことは思わないだろ」ということは書かないようにしていますね。今の自分から見るとよくないと思うものごとでも、当時の自分が受け入れていたのであれば、昔の倫理観のままで書けたことはよかったなと思います。昔の自分に責任を取らせるということでしょう(笑)。後づけで書くのではなく、当時の気持ちをきちんと思いだして書いているので、嘘っぽくはなっていないと思いますね。

──今回のご著書では、明るくハッピーな話題ばかりではなく、しんみりする話題や、ちょっと切ない話題も含まれていて、ネタ選びの自由さが感じられました。

岩井 1冊目のときは、もう少し肩に力が入っていたんですよ。おもしろくしなきゃいけない、要所要所でとにかく笑いを入れなくちゃいけないって。でも、(新潮社の)編集者がだんだん「あからさまに笑いを取りにいこうとしなくていいです」みたいなテンションになってきて(笑)。

──しかし、「脚立に気をとられ披露宴をすっぽかす」なんかは、日常の中でも大事件ですよね……話題にするネタの選定基準は、どういったことなのでしょう。

岩井 あれは大事件でしたね……。エッセイを書くときは、ネタを選ぶというよりも、「このくだりを書きたい」と思うところからはじめているかもしれません。たとえば、披露宴の話題であれば、「披露宴をすっぽかした」ということ自体より、すっぽかした僕に対してみんなが文句を言っているときに、「わかってんだよ、ヤバいってことは! おまえらが『ふざけんな』って思ってるより、俺のほうがはるかに自分に対して『ふざけんな』って思ってんだよ!」って、逆ギレしているところが書きたくて。ひとつ「これを書きたい」と思ったところを、ふくらませて書いている感じですね。

 すでに起こったことをあとから振り返って書くわけですから、もちろん「本当に申し訳ないと思った」って書くこともできるとは思います。でも、そんなふうに書いてしまうと、やっぱり嘘っぽくなってしまう。披露宴をすっぽかしちゃって、「もー、この状況、消えてなくなれ!」とか考えているほうが、共感してもらえる気がするんですよ。逆ギレは絶対よくないけど(笑)。そういうところは、なるべく取り繕わないで書くようにしています。

岩井勇気

──リアルな感情に共感する人は多いと思います。今回のご著書に収録されている小説でも、ある意味では“日常”が描かれていて、エッセイにおける日常への共感と地続きの読後感がありました。小説を書いてみようと思われたきっかけは?

岩井 これはね、ひとつ、決定的なきっかけがあったんですよね……。

──そんなに重要なきっかけが!?

岩井 はい。新潮社に「書け」って言われたんです(笑)。僕には「小説を書こう」なんていう気持ちはなんにもなかったんですけどね……。

──(笑)。ということは、小説をお書きになったのは初めてということですか。

岩井 そうです。芸能人に、エッセイから入って小説を書かせるっていう、いちばん恐ろしい流れですよね……。「よくある流れだな」って思いながらですよ。

 と言っても、さっき「地続き」だとおっしゃいましたが、僕としては小説も、本当にエッセイみたいに書いているんです。タイトルに「小説」とついていても、「エッセイだ」って言われたら、エッセイみたいにも読めるでしょ? 反対に、僕は今までのエッセイにも、自分が芸人であることは一切書いていないんですよ。後輩の話も、「仕事の後輩」だと書いてはいるけれど、「芸人の後輩」とは書いていない。僕のすべてを、そのまま書いているわけではないんです。そうなってくると、これまでエッセイとして書いてきたものも、「これが小説だ」と言ってしまえば、小説として読めてしまうんじゃないかなと。「これは小説ですよ」と言っちゃうから、「小説なんだな」と受け取るだけなのかもしれません。

──エッセイと小説、どちらもお書きになれる人なんだなと驚いたのですが。

岩井 「どちらもお書きになれる人」だと思われている時点で、こちらの思惑どおりということですよ(笑)。僕はずっとエッセイ書いてるんだけど、って(笑)。

──(笑)。書籍第3弾のご予定は?

岩井 2冊目を出すときは、1カ月に1度くらいのんびり書いてまとめられたらいいかなと思っていたのに……知らないうちに、だんだん書くスパンを短くされていたんです。3冊目の予定も打診があったのですが、どう考えても、もう取りかかっていなくちゃいけないスケジュールなんですよ。騙されないようにしたいと思います。

──そこは騙されてください(笑)。3冊目もお待ちしております!