穂村弘と精神科医が、“死と生”について軽妙に語る『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』は、ブックガイド的な側面も!
公開日:2021/10/2
片や、現代短歌のトップランナーにして、短歌の批評も数多く記している穂村弘氏(59歳)。片や、産婦人科医から精神科医に転じ、膨大な数の著作がある春日武彦氏(70歳)。『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』(イースト・プレス)は、熟知の間柄にあるふたりが「死」について語り合った対談集だ。
軸となるのは死にまつわるよもやま話だが、決して深刻なトーンにはならず、むしろふたりの適度にリラックスした雰囲気が伝わってくる。本書によれば、対話の現場には春日氏の愛猫が居合わせていたそうで、ふたりの会話に反応していたという。この辺は、読んでいて幾度となくほっこりさせられる。
春日氏は死と向き合わざるを得ない現場で働いており、普段から死が身近にある。ゆえに驚嘆もののエピソードが書かれているのだが、これがいちいち面白い。例えば、患者がもう亡くなると思って家族を呼ぶと、呼吸が復活するケースがあるという。「お力添えできませんでした」と春日が言った瞬間に息を吹き返す、なんてこともあるそうだ。
穂村氏は死を題材にした短歌を多数紹介する。特に印象的だったのは〈肉食べて革靴履いてミルク飲み生きた牛には近づかぬ我〉という岩間啓二氏の作品。牛や豚が自分たちと同じ生き物であることは普段意識されないが、冷静に考えるとそれらを食すのはすごいことだ、と穂村氏は言う。
死に関してのトリビアが数多くちりばめられている本書の中で、比較的有名なのが「27クラブ」に関する内容だ。カリスマ的なミュージシャンが27歳になったら死ぬ、という「27クラブ」の定説を踏まえ、それに該当する人物が紹介されている。具体的には、ジミ・ヘンドリクス、ドアーズのジム・モリソン、ニルヴァーナのカート・コバーン、エイミー・ワインハウスらが「27クラブ」にあたる。これらのミュージシャンは生き方や作品の延長線上に死がある、というイメージだ。
ミステリー小説が俎上に載せられるパートも示唆に富む。春日氏がミステリー小説を好むのは、本の中では血みどろの事件が起きているが、自分はソファで猫を撫でながらページをめくっていられるところだと言う。自分の身の安全が約束されているからこそ、非現実的な殺戮も楽しめる、ということらしい。そして穂村氏は、飛行機が落ちた時に書かれた遺書や、雪山に閉じ込められた人の死に至るまでの手記などを好んで読むという。実際に死に瀕した人の感覚を借りないと、死を実感できないというわけだ。
そんな本書で筆者が最も興味をそそられたのは、春日氏が対談中に言及する文学作品の数々。江戸川乱歩、星新一、フィリップ・K・ディック、ダンテ、スティーヴン・キング、深沢七郎、水木しげる、丹波哲郎、山田風太郎、井上靖、井伏鱒二らの作品名と、その読みどころが列挙されている。いずれも死となんらかの接点がある本だが、そうした条件付けがなくても愉しめる作品ばかりである。
博覧強記のビブリオマニアである春日氏の解説が付いた、新種のブックガイド。あるいは、穂村氏が案内役を務める短歌入門。筆者はこの本をそんな風に受け取った。かように、様々な読みを許容するのが本書の特徴である。
ふたりの軽妙でテンポの良い対話は、話題があちこちへ脱線していくのだが、これがまたスリリング極まりない。いわば、読者の好奇心に応じて多数のリンクが貼られているような本であり、知的好奇心をくすぐられること必至である。
文=土佐有明