Amazonにも勝利! モバイル決済業界で革命を起こし続けた創業者による「だれにも真似できないビジネスの創り方」
公開日:2021/10/8
小さな店でも野外イベントでもモバイル決済ができる――コロナで非接触が推進される中、そんな風景もすっかり当たり前になってきた。ところで、こうした「いまどき常識」ということにも、もとを正せばはじまりがある。そしてそのはじまりには革新的なイノベーターが大きな役割を果たしていることがある。たとえばこうしたモバイル決済にはジム・マッケルビーというイノベーターが大きな役割を果たした。彼が友人ジャック・ドーシーと共同創設した株式会社Squareがそれまでのカード業界の常識に真っ向から立ち向かい、新しい世界を切り開いたのだ。
『INNOVATION STACK だれにも真似できないビジネスを創る』(ジム・マッケルビー:著、山形浩生:訳/東洋館出版社)は、そのジム・マッケルビー自身が書き下ろした異色のビジネス書。Squareが成功に至る道のりが記録されているのはもちろんだが、著者曰くさらに「Square創業を通じて、産業や時代すら超えて当てはまる現象を見つけたという物語」を描きたかったのだという。その現象とは、ズバリ本書のタイトルにもなっている「イノベーションスタック」だ。
たとえば、ある人がそれまで不公平だった仕組みに「公平」をもたらそうと動きはじめたとしよう。すると往々にして既存のルールなどさまざまな問題がその人の目の前に立ちはだかるのはイメージできるだろう。なんとかひとつの問題を解決しても、次々に別の問題……目標達成のためには問題―解決―問題という連鎖が繰り返されることになる。著者はこの連鎖を「イノベーションスタック」と呼び、成功者はこの連鎖の果てに独創的な商品やサービス、ライバルに負けない強靭さを持つに至るというのだ。
実はSquare自身がそうした「イノベーションスタック」から生まれた企業だ。「カード決済が使えない何百万もの小商店にカード決済を」とジムたちが動きはじめたときは、そもそもカード会社が対象外としていた客層であり、前例もなければカード会社の規約も強固だった。そうした問題をなんとか解決してビジネスを展開しようとしたとき、Squareには以下のようなイノベーションスタックが「必要」のもとに生まれたという。
1.単純に
わかりやすい一律の価格設定にして誰でも使いやすくする。ただし小規模取引では損が出るので、加盟者の規模拡大が必要に。
↓
2.加盟無料
加盟数を拡大するために「すばやく面倒なし」を実現すべく加盟無料に。ただし加盟店の多くは収益源になりにくいので運営経費を抑える工夫が必要に。
↓
3.安いハードウェア
運営経費を抑えるために、ハードウェアを自作。既存のカードリーダに比べ破格の安さであり、ユーザーをさらに獲得。
↓
4.契約なし
顧客を長期契約で縛ることをしないことで気軽な登録を可能に。登録手続きが簡略化され事務負担も減る。
↓
5.電話サポートなし
質問にはメールアドレスのみで対応。費用を抑えるだけでなく、そもそも顧客が連絡をよこさずにすむように、さらなるイノベーション開発を強制。
(以下略。本書には全14におよぶ強靭な「イノベーションスタック」が紹介されている)
このほか著者は「先人のイノベーションスタックに学ぶ」として、お手本とするべき企業をいくつか紹介している。そのひとつが1967年にテキサス州ダラスに設立したサウスウエスト航空だ。同社では当時富裕層しか利用しなかった飛行機を一般層にも広めるために、顧問弁護士だったハーバート・ケレハーが格安で定時運行のビジネスモデルを実現させた。法の壁と戦い、業界全体からの強力な妨害に耐えて生まれたのは「戦闘精神」。不屈の姿勢が生み出したイノベーションスタックは、フライト増加のために保有する航空機を最大限活用→再フライトまでの時間を業界平均1時間から10分に→機材をボーイング737に統一して効率化→色分けされたプラスチック製搭乗券でまとめて30人ずつ搭乗→席を自由に→すべて単一クラスに(以下略)というものだ。こうしたエピソードひとつひとつはもちろん、著者はハーバート・ケレハー本人にもインタビューしており、その人柄も含めとても興味深い。
実はSquareは超巨大企業Amazonに目をつけられ、真っ向勝負をしかけられた経験を持つ。だが勝利の女神はSquareに微笑んだ。「その勝因こそイノベーションスタックにあり」と著者は言うが、そうした分析も大いにビジネスのヒントになるだろう。ちなみにさすが自由なイノベーターらしく、著者の語り口はとても軽妙で随所にシャレや冗談がちりばめられている。そんな「自由な感性」もまた、世界を変えるイノベーションには必要なのだと実感する1冊だ。
文=荒井理恵