京都・上賀茂神社で受け継がれる和の花「葵」――“神社とSDGs”の取り組みがもたらす豊かな時間
公開日:2021/10/8
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世界文化遺産である京都・上賀茂神社の最大の祭「葵祭」は、祇園祭、時代祭と並ぶ京都三大祭のひとつ。その祭で飾られる葵を守る「葵プロジェクト」を支える面々が、上賀茂神社の歴史と文化、そして神社の湧き水から生まれたコーヒーについて伝えるのが、この『京都 上賀茂神社と水のご縁 葵』(監修:一般財団法人葵プロジェクト/協力:味の素AGF株式会社/発行:淡交社)だ。
葵プロジェクトは、葵祭のさまざまなシーンで用いられる葵=二葉葵の保護を通じて、文化を次世代に継承する活動。その発端は、葵の減少を危惧した地域の人々が始めた、葵を育て神社に奉納する取り組みだ。今では京都府内外の学校や企業、個人が、苗から葵を育て上賀茂神社の森へと届けている。歴史ある祭を支える葵を育てることで、子どもたちの文化への理解にも寄与する意義のある活動だ。
研究者でもあるプロジェクトの理事たちが、歴史や食文化、環境といった観点から、葵をめぐるトピックについて語る本書。その最大の特徴は、神社や葵祭の概要は最低限にとどめつつ、各テーマを深く掘り下げる作り方だ。表層を広くさらうのではなく、筆者たちの専門性を突き詰めることで、立体的に文化遺産をひもとく内容になっている。祭の様子や生命力あふれる葵の写真、そして古文書の写しが鮮やかなカラープリントで挟まれているのも本書の魅力だ。何事も必要か不要かで判断されがちな窮屈な状況の中、本書は、私たちに信仰や歴史の世界に心地よく浸る経験を与え、心を穏やかにしてくれる。
上賀茂神社や葵に関する意外な教養にも触れることができる。たとえば、葵は神聖なる植物であったと同時に、権威の象徴として用いられたという歴史を伝える章は興味深い。京都から徳川将軍家に葵を輸送して献上する行事「葵使」には、政治的な意味合いもあったというから意外だ。葵から環境問題を読み解く章では、水田開発や燃料のための伐採など、人が森林を利用する文化が多様な植物を育んできたことが紹介されている。プロパンガスの普及や安価な外国産の木材の流通など、森林利用を阻むグローバル化が、滅危惧種を増やしているという考察には驚く。旅や神社巡りが好きな人はもちろん、知識に自信のある歴史ファンも満足できる骨太で贅沢な内容だ。
本書を締めくくるのは、水の名所でもある上賀茂神社の湧き水と、その水から作られた「神山湧水珈琲」の紹介だ。味の素AGFが日本の水に合うコーヒー作りを進める中で、上賀茂神社の神山湧水に出会い、その上質な水を活かすコーヒーを開発。21年に一度の正遷宮の文化事業の一環として境内で神山湧水珈琲を振る舞われ、さらに、平成31年にはこのコーヒーが飲める常設のお休み処が開設された。自然を守り続ける上賀茂神社に賛同したAGFが、上賀茂神社の森を保全する「上賀茂神社の森づくり活動」も続いており、一見意外な組み合わせに見える“神社とSDGs”の取り組みが、理想的な形で結実している。なお、神山湧水珈琲をベースに開発された「煎」レギュラー・コーヒーは、自宅でもその味わいを楽しめる商品となっている。
葵祭の行事のひとつである行列「路頭の儀」が2年連続で中止されるなど、全国で祭の開催が控えられている。今は静かに過ごすことが求められている状況だ。しかし本書が伝えるのは、神に祈りながら疫病と戦い、自然の力を借りて災害から身を守ってきた厳かな祖先の姿である。彼らに思いを馳せると、祭の力、そして自然と共に生きることの意義を痛感する。危機においてひとりひとりが身を守る意識が大切なのは当然だ。しかし本書は、自分が世界に巡る生命のひとつであるという広い視野を前提とした知恵こそが危機を乗り越えるために必要なのではないか、そんな示唆を与えてくれる。
歴史ファンも旅行好きも、今は非日常に触れてリフレッシュするのが難しい状況かもしれない。そんなときは、上賀茂神社の水から生まれたコーヒーと本書を手にして、重厚な香りに包まれながら、歴史から学ぶ豊かな時間を過ごしてみてはいかがだろうか。
文=川辺美希