妻子持ちのファッションオタクが熱く夢を語る若者に搾取され…!? はるな檸檬が描く、ファッション業界を舞台にしたヒューマンホラー
更新日:2021/10/13
誠実に真面目に謙虚に…。そこに情熱をプラスして、真摯に努力を続ければ「いつかは必ず報われる」と信じていたのは一体何歳までだっただろうか? 社会に出れば、それが必ずしも真実ではないことが、否が応でも見えてくる。頑張っても上手くいかないなんてことはざらにあるし、成功する要因は努力だけではない。運や環境、本人の性格にも大きく左右される部分があるように思う。
『ダルちゃん』『ZUCCA×ZUCA』で大きな話題を呼んだはるな檸檬氏の最新作『ファッション!!』(文藝春秋)は、強い正義感を持つファッションオタクの男性が、裏の顔を持つ若者に、いつの間にか掌で踊らされる、ファッション業界を舞台にしたヒューマンホラーだ。
主人公は、ガチガチのファッションオタクで、ファッションに関わるいろんな仕事をやってきた新道 開(かい)・36歳。現在は、後輩を手伝ってセレクトショップのバイヤーをやっているが、訳あって、メインはテレビの電飾の仕事をしている。開は、漫画家で観劇オタクの妻と共に、幼い子供を育てているが、暮らしに余裕があるというわけでもない。
そんなある日、開は、友人と訪れた展示会で、今時珍しいほど情熱を持ち、ものづくりに真摯に向き合う、瞳がキラキラした若者と出会う。開は、ジャンと名乗る外国からやって来た若者を見て、才能があるにもかかわらず、大金がないと生き残れないファッション業界で、お金が続かず去ってしまった多くの仲間を思い出す。そして、ジャンのような若者が未来に希望を持てる業界にするため、出来る事はあるはずだと真剣に考え始めたのだった。後日、ジャンは世界5大コレクションの一つで、選ばれた者しか立てない夢の舞台“東京コレクション”の、支援枠での審査に受かったと開に連絡する。ジャンは開に「お金はないけど演出家として手伝ってほしい」とお願いするのだが――!?
本作は、ファッションショーの裏側や、その業界で働く人たちの事情が満遍なく描かれており、ファッションに苦手意識を持つ人でも十分に楽しめるのが魅力だ。だが、それより何より、人の懐に入り込むのが恐ろしく上手く、善意につけ込んでゆく人間のおぞましさが、時に鬼気迫る様子で表現されており、何度も震え上がった。開は、「祖国に子供を置いてきた」と語る、もう後に引けない状態であるジャンのショーを成功に導くため、妻を説得し、人脈、スキル、時間など、自分の持つ全てを惜しげもなく提供する。
だが、ジャンは学校での評判も悪く、開にはバレていないものの、平気で嘘を吐く側面もある。開の周囲の人間も、家族一丸となってショーの成功のために生活を犠牲にする新道家の様子を見て「図々しい」「怪しい」と言い始めていた。はるな檸檬氏の柔らかくお洒落な絵で描かれる本作。
しかし、ジャンがふとした瞬間に垣間見せる、一体何を企んでいるのかわからない虚ろな目は、時折作品に毒を滴らせる。現在のファッション業界におけるシステムの中では、実は若きスターは生まれにくい。それは、若者のパワーだけでは手に負えない「コネ」と「カネ」が重要な世界だからだ。華やかに見える世界だが、裏では死に物狂いで努力して、真剣にファッションと向き合っている熱い作り手たち。だが、ショーをするにも莫大な金がかかり、サポート体制も充分とは言い難い。「心を動かすのは心だよ」とジャンに熱く語りかける、仕事が出来る上に正義感の強すぎる男・開。彼は若者たちのために、アイデアでファッション業界を変えていこうと画策している。
「見栄の世界」といわれるファッション業界で、正反対の人間が繰り広げる、欲望渦巻く物語は一体どうなるのだろうか。どうか手に汗握りながら、期待して読んでみてほしい。
文=さゆ