存続危機の百貨店の大食堂…美味しくて懐かしくて元気になるお仕事グルメ小説

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/14

たそがれ大食堂
『たそがれ大食堂』(坂井希久子/双葉社)

 昭和の香り。テーブルの上の半券。オムライスに、ナポリタン、プリンに、メロンソーダ。心にふつふつと染み渡る素朴で優しい味わい…。かつては、百貨店の屋上には洋食を提供する大食堂というレストランがあったのだそうだ。だが、今ではそのほとんどが姿を消してしまった。確かに、平成生まれの私にとって、百貨店の屋上といえば、テナント式のレストラン街のイメージしかない。大食堂はもう時代遅れなのか。時代に合わせて店を存続させていくというのはかなり難しいことなのだろう。

『たそがれ大食堂』(坂井希久子/双葉社)は、存続の危機に瀕した百貨店の大食堂を舞台としたお仕事グルメ小説。美味しくて懐かしくて温かい、ついついお腹が空いてしまう物語だ。

 主人公は、38歳のシングルマザー、美由起。伝統あるマルヨシ百貨店に勤める彼女は、仕事での失敗をきっかけに、懲罰人事として、未経験であるにもかかわらず、大食堂のマネージャーに就任することになった。創業40年以上の歴史があるこの大食堂は、かつては賑わいを見せていたが、今は時代の流れとともに廃れ気味。経営危機を脱するためなのか、ボンクラの若社長は、都内の洋食店やホテルのフレンチで修業してきた料理人の智子を引き抜き、いきなりこの大食堂の料理長に就任させた。智子の料理の腕は確かだ。だが、歯に衣着せない彼女の物言いに、従業員たちは戸惑いを隠せない。

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 たとえば、美由起はこの大食堂の魅力を「昭和レトロ」であることだと思っているが、智子はそれを一刀両断。「『古臭さ』を『昭和レトロ』と言い換えて、お粗末な料理の上に胡座をかかないで」と言い放つのだ。確かに「古臭さ」と「昭和レトロ」は似て非なるものだが、今まで従業員たちは、昔の味を守ろうと頑張ってきただけなのに…。コミュニケーションに難ありの智子は、従業員たちの和をどんどん乱していく。

 それに、智子は、大食堂の味を片っ端から変えようとするが、それは正しいことなのだろうか。どんな料理も時代に合わせたアップデートは必要ではあるだろう。だが、ここは智子の勤めてきた高級店ではなく、百貨店の屋上にある大食堂。原価を抑え、値段は変えずに、そして、伝統の味を大切にした料理を提供したい。どうすればそれを実現することができるだろうかと思い悩む美由起。美由起の要望に食らい付き、アイデアを次々と出す智子。そこに百貨店の大人気受付嬢・白鷺の思いがけない協力が加わり、次第に大食堂は話題を呼び始める。極めるべきは、大食堂の魅力「昭和レトロ」! そして、今の時代に合わせた「映え」料理!…なるほど、こんな手があったのか! こんな料理なら、ぜひとも食べてみたい! 大食堂の伝統と強みを生かしたアイデアには思わず唸らされる。百貨店の大食堂を知っている世代も、知らない世代も、大食堂を訪れたくなってしまうことだろう。

 バラバラだった個性が混ざり合っていつの間にか最高のチームになっていく。その様子はまるで、あらゆる具材を組み合わせて出来上がる絶品の一皿のようだ。スパイス強めだが、そこがまたクセになる。だんだんとまとまり始めるチームに胸がいっぱいになる。そして、逆境にもめげずに、大食堂復活を目指す美由起たちの姿が私たちの背中を押してくれるのだ。美味しい料理と懸命な奮闘が奇跡を起こすこの物語に、明日へ向かう元気が湧いてくる一冊。

文=アサトーミナミ