「だったら僕と同等に稼いでみなよ」――養われる生活からの脱出へ向けた、妻の戦い『夫の扶養からぬけだしたい』

マンガ

更新日:2021/10/20

夫の扶養からぬけだしたい
『夫の扶養からぬけだしたい』(ゆむい/KADOKAWA)

 人間関係、特に生活を共にする家族や夫婦の関係を良くするために大事なものは何だろうか。思いやりや信頼と言いたいところだが、実は収入もその関係性に大きく左右する。そんなシビアな現実と、「扶養」という仕組みをきっかけに関係を見直すある夫婦の姿を描くのが、『夫の扶養からぬけだしたい』だ。

夫の扶養からぬけだしたい P24

 著者は、ふたりの子育てをしながら育児や夫婦にまつわる漫画を手がけるイラストレーター・ブロガーのゆむい氏。本書は、扶養をキーワードに、収入のあり/なしをめぐって揺れる夫婦を描いたコミックエッセイだが、自分自身と夫の経験や、実際に感じた鬱憤を落とし込んだという。

advertisement

 主人公は、漫画家デビューを目指してアシスタントとして働いていたものの、出産をきっかけに専業主婦となったももこ。夫のつとむさんが転勤族ということもあり、ももこは定職を持ちづらい。夫は自分が家族を食べさせているという自負から、家事や育児は、専業主婦である妻がやるべきだと考えて手を付けない。そして、家にいるのに家事や育児を完璧にできない妻に、不満を感じている。

夫の扶養からぬけだしたい P16

 パートや町内会の仕事が重なり疲弊したももこは、夫に家事・育児の協力を仰ぐが、それに対する夫の態度や言葉がつらい。「そんなに家事ができないって言うなら僕と同等に稼いでみなよ!!」と言い、反発するももこに、「努力が足りない」「甘えだ」「社会人失格」と人間性を否定する言葉を投げかける。ふたりのやりとりには、夫婦の役割分担以前のコミュニケーションの問題が感じられる。もはやモラハラと受け取られても仕方がない夫の言葉の数々に、怒りを感じる読者も多いだろう。離婚の二文字が頭によぎったももこは、仕事を見つけ、夫の扶養を抜けて自立しようと決意する。

夫の扶養からぬけだしたい P19

 しかし本書が面白いのは、夫の背景や思いも伝えているところだ。職場では上司からの理不尽な仕打ちを受けているが、家族を支えなければという責任感から、ストレスをこらえて働いている。漫画に打ち込む姿がまぶしかった妻は、育児を理由に夢をあっさりと諦め、家族のために頑張る自分に不満を言う。「誰のおかげで生活できてると思ってるんだ」。そんな、考えたくもない言葉が頭をよぎる自分を俯瞰する夫にも同情すると同時に、夫婦の片方に家事を押し付け、経済的に稼ぐ側を追い詰める風潮を助長するような扶養制度にも疑問を抱いてしまう。とはいえやはり、脱いだ服を妻に片付けさせ、ビールのおかわりもつがせて、「今この家は僕の収入だけが頼り」と言う夫の姿勢は、どんな理由があっても肯定するのは難しい。

夫の扶養からぬけだしたい P78

 ももこは、収入がないことや育児という壁に妨げられながら自立する方法を模索して、ある働き方へとたどり着く。一歩ずつ着実に歩んでいくリアルなストーリーは、働きたいママや、今の働き方に疑問を抱いている人のヒントになるだろう。本書には、扶養制度の仕組みや、扶養を抜けると増える支払い額などを解説するコラムも挟まれていて、ももこのように「扶養」について悩んでいる人の参考になる。

夫の扶養からぬけだしたい P137

夫の扶養からぬけだしたい P181

 夫婦はある大きな出来事をきっかけに、これまでの衝突や自分の言動を見つめ直す。ももこは、夫に向けていた不満の裏には、自分の生き方に対する思いがあったと気付く。お金は、社会や家庭における自分の役割を確認できる手段かもしれないが、人生や人間関係にも亀裂を入れてしまう可能性もある、怖い存在だ。だからこそ我々は時に、お金を稼ぐ目的であるはずの家族や人生のことを忘れてしまう、本書はそんなことに気付かせてくれる。幸せ=お金じゃない――そんな綺麗事ばかり言っていられない難しい時代を生きる私たちが、心にそっとしまっておきたい1冊だ。

文=川辺美希