少し不思議で少し不穏な世界観が魅力の、新感覚ペット漫画『プリンタニア・ニッポン』【書評】
更新日:2021/10/29
2021年8月19日に迷子『プリンタニア・ニッポン』(イースト・プレス)の最新2巻が発売された。本作は、帯に作家・円城塔氏がコメントを寄せており、話題の作品だ。Twitter上でも「私もプリンタニアと暮らしたい」「少し不思議で少し不穏(SF&SF)なほのぼのストーリーがすごくいい」などと声が寄せられている。
本作のあらすじは、次の通りだ。評議会と呼ばれる組織に管理・監視される人類。他者や評議会からは常に人間性が評価され、ポイント制で管理されている。そのポイントが減ったり、評価が下落したりすると、開拓地区と呼ばれる過酷な土地に居住区が変更になってしまうのだ。
そんなディストピアのような世界で暮らす主人公・佐藤は、ある日生体プリンタと呼ばれる、生物が作れてしまう3Dプリンタのようなもので柴犬を作ろうとしていた。しかし、できあがったのは、もっちりと白い正体不明の生物。この生物は、生体プリンタのUI不備によって作り出された新種生物であった。その名も「プリンタニア・ニッポン」。佐藤は「すあま」と名付けペットとして飼うことにした。すあまと一緒に佐藤の世界も広がっていく、少し不思議で少し不穏な世界が魅力の新感覚ペット漫画。
コミックス最新2巻では、さらに世界の仕組みの断片が描かれ、ゆるりとした空気の中にも不穏さが漂う。
人工的に作られたペット「すあま」の可愛らしさ
「このスティック型掃除機をペットとして可愛がってください」と言われたら、何をご冗談を、と返すだろう。では、このお掃除ロボットを、ならどうだろうか? 可愛がれる人も出てくるのではないだろうか。実際、猫とお掃除ロボットが一緒に遊んでいる動画が流行ったり、お掃除ロボットの動きに愛らしさを感じたりしている人もいるそうだ。
両者の違いはなんだろうか。そのひとつは「予測不可能な行動をするか否か」である。カオスの縁(ふち)など、複雑さと生命らしさを結びつける視点は昔から提案されていた。本書に登場する、すあまについても同様のことが言える。
工場ではなくDIY的に家の中で生体プリンタによって作り出されたすあまは、早い段階で佐藤に受け入れられペットとして大切に育てられていた。
行動をコントロールできない点も、魅力的で可愛らしい。例えば、佐藤の友人・塩野が掘った穴から出られなくなったり、木の上にひっかかったと思ったらそれはコンサルと呼ばれるAIへのお土産を取りに行っていたためだったり……。
生命らしさ、愛着が湧くポイントのひとつは、この予測不可能性だろう。
そして、本書の予測不可能性はすあまだけに限らない。予測不可能性は世界観にも反映されているのである。
説明書のない「VUCAの時代」を生きるヒント
未来の世界というSF設定だけではなく、作中には「不穏な」世界をほのめかす描写が徐々に出てくる。第2巻になると、その世界がさらに明らかにされるエピソードが続く。
説明書は読むものではない、困った時に開くものだ、という人もいるが、不確かな世界にはそもそも説明書は存在しない。新しく創造された生き物であるすあまの生体も解明されていない。そんな時に大切なのは、地道な検証である。
例えばすあまの食事や遊び方。それらを知るための試行錯誤が作中に描かれている。
現代は「VUCA(ブーカ)」の時代といわれている。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字。先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態を意味する語だ。これからの難しい時代に向けて、すあまの生体を手探りで解明していく姿勢は、とにかく自分で試しなさいという説明書になる可能性がある。
私たちが暮らす世界も、実は誰かによって作られているかもしれない。世界に向き合うヒントを得るためにも、作中の世界の姿が明らかになっていく過程を楽しみたい。
文=村治けい