目指したのは、まっすぐで親しみやすい、普遍的な感情に訴えかける音楽――『アイの歌声を聴かせて』高橋諒(音楽)インタビュー

アニメ

公開日:2021/10/29

アイの歌声を聴かせて
『アイの歌声を聴かせて』 10月29日(金)公開 (C)吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

 10月29日に公開されるアニメーション映画『アイの歌声を聴かせて』。AIの少女・シオンと、高校生たちの心の交流が爽やかな印象を残し、何度でも物語や劇中で流れる楽曲を反芻したくなるような、愛すべき作品である。そんな本作で、シオン役の女優・土屋太鳳が歌う劇中歌をはじめ、劇伴を含めて作品全体の音楽を手掛けている作曲家の高橋諒氏に、『アイの歌声を聴かせて』において重要な位置を占める音楽のあり方について、話を聞いた。

advertisement

裏表のないまっすぐさ、親しみやすさ、温度、普遍的な感情を託せる音楽にしようと思いました

――映画『アイの歌声を聴かせて』を拝見しました。さわやかな余韻を残し、何度も振り返りたくなる、素晴らしいアニメーションだと思います。高橋さんは、完成した映像をご覧になって、どんな感想を持ちましたか。

高橋:人間とテクノロジーというテーマを扱いつつも、人の感情のエッセンスを、正面から語ってくれた作品だと思います。幸せや友情という根源的なテーマに対して、親子関係の葛藤や青春の苦悩など、私たちがその手触りを、痛みを、温度を知っているものの中から、正面から描き出していくひとつの想いを貫く事の難しさ、大切さ、そして「ひととひとが繋がる」ことの根源には、とても純粋な感情が流れているんだという事。それを発見していく人物たちや、観ている私たちすべてに優しい眼差しが注がれている。そのすべてのハブとして存在するのが、AIと彼女の「歌」であるというのはとても寓話的で、普遍的でありつつも、2020年代的な、今大切にしたいテーマだと感じました。とても王道的でいて、ポップなショウとしての性格も纏っているのに、人間の営みに対する静かで優しい視点が貫かれているんです。それはまさに、映画そのものがシオンの視点を顕しているようです。

――『アイの歌声を聴かせて』の、劇中のボーカル曲を含む音楽全般を担当してほしい、というオファーが来たとき、どのように感じましたか。制作に臨むにあたり、高橋さんが特別に準備したことがあれば教えてください。

高橋:はじめにミュージカルの形式を取り入れるということ、作中での歌が持つ意味などアウトラインを伺って、大変チャレンジングな試みだと思いました。音楽の総体としては、裏表のない、あたたかなものにしたいという事があり、少し古い時代の映像や音楽に触れる時間を増やしたり、音楽劇としてのアプローチを整理するために、古いオペラやディズニー・ミュージカルなどに、改めて意識的に触れました。中でも昔から好きだったRavelのオペラ“L’enfant et les sortilèges”は多くのアイディアのベースになっている気がしています。

――作品が劇場版アニメーションということで、TVアニメの劇伴制作やアーティストさんへの楽曲提供と、意識が異なる部分はありましたか。またそれは、制作した音楽のどのような部分に反映されていますか。

高橋:劇伴についてはTVアニメと違い、全編フィルムスコアリングという事もありますが、さらに映像を作るために歌を最初に先行して制作した事が大きかったです。そのため、劇伴と歌のモチーフが呼応する複雑な融合を図るという面で、大変有意義な試みができました。歌から始める事で、作中のキャラクターや物語への理解が深まり、より自然に劇伴制作に向かっていけたと思います。主題歌の劇伴用アレンジといった形で用意する事はありますが、ここまで有機的で多層的にリンクした書き方をできる機会はありませんでしたので、劇中歌の要となるモチーフの、劇伴への展開の仕方に特に大きく反映されています。

――『アイの歌声を聴かせて』の設定やストーリーを知って、どんな印象を持ちましたか。また、作品につける音楽はどのようなものであるべきと考えたか、高橋さんの中で指針としていたテーマがあれば教えてください。

高橋:いわゆる挿入歌としてではなく、ミュージカルとしての機能を担うものですから、より物語全体を包摂する音楽の位置付けと、その有機的で立体的な構築が重要になります。ストーリーと歌について監督のイメージをお伺いする中で、一曲一曲の佇まいも確たるものがありつつ、物語の中に入っていく、彼らの感情の発露として相応しい音楽的量感やジャンル感、通底するキーワードなどを探っていきますが、この作品で歌われる歌はすべて「友達」「幸せ」「人と人が想い合うこと」にまつわる、優しいまなざしとその祈りを語るものだということです。ですので、裏表のないまっすぐさ、親しみやすさ、温度、普遍的な感情を託せる音楽にしようと思いました。個人的にはいつも意識している事であるものの、敢えていままで一番、どなたからも親しんでもらえるような曲、というのを意識して作ろうという姿勢をひとつの指針としました。

――音楽制作にあたり、吉浦監督や作詞の松井洋平さんとは、どのようなコミュニケーションを取りましたか。

高橋:吉浦監督や松井さんとの打ち合わせではひとつひとつ、丁寧にディスカッションさせて頂きました。一曲一曲に対して、楽曲イメージとシーン、そこで表現する感情とその佇まいを3人でじっくりお話する機会を設けて頂いたのが非常に大きかったです。松井さんがその場で詞のアウトラインも提示してくださったり、曲の領域にまたがってアイディアを出してくださって私自身もイメージが固まるまでが早く、歌唱シーンに音楽でどのようなアプローチができるのかを、齟齬なく丁寧に作っていけたと感じています。歌曲が全て出揃い、画が出来てきてから、改めて監督と劇伴についてお話させて頂きました。

土屋太鳳さんの声が、「アイうた」の世界の中へ楽曲をビルトインしてくださった感覚がありました

――『アイの歌声を聴かせて』の音楽制作において、最も楽しいと感じた部分・ご自身にとって試練と感じたこと・特に手応えを感じた楽曲とその理由について、それぞれ教えていただけますか。

高橋:それぞれ数えきれないほどありますが、歌のテーマと劇伴としての提示の強弱を如何にコントロールするかという事にまつわる、音楽設計の部分に尽きる気がします。冒頭はシオンの精神世界やイメージを象徴する楽曲から本編がスタートしますが、変奏を重ねてモチーフを提示しながら、明るい曲調に乗せて作品を俯瞰するような感覚で、自分自身も楽しく作れましたし、劇中を通じて、元となるメロディだけでなく、そこに歌われている歌詞についても、シーンや心情とのマッチングを考慮して劇伴での引き方を設計しています。そういったひとつひとつに、非常に繊細な作業が要求されましたが、クライマックスには長いシークエンスがあり、そこで一気に爆発させる事にもなりつつ、初めに制作し、すべての中心になる“ユー・ニード・ア・フレンド〜あなたには友達が要る〜”のメロディの強度に対しての答え合わせにもなる瞬間でもあり、非常に手応えがありました。

――シオンとして劇中歌を担当した女優の土屋太鳳さんは、音楽への想いも強く、特徴のある歌声を持つ方です。シオン役を土屋さんが歌うことについて、制作時にどのように意識をしましたか。

高橋:まず制作をはじめた段階ではシオン役が決まっていない状態で、歌についてはAIが歌う訳ですから、音楽的制約がないものと考えるのが自然ですが、役者さんのイメージを敢えて入れなかった事で、普遍的なメロディという要素のみにフォーカスできた側面もあると思っています。その上で、土屋さんのシオンとしての歌を聴いたとき、この作品のこの世界でこの歌がある事の意味というか、土屋さんの声が、「アイうた」の世界の中へ楽曲をビルトインしてくださった感覚がありました。土屋さんの声を意識せずに書いた事が逆説的に「この曲でよかった!」と納得させて頂いたというか。そんな感覚でした。レコーディングでは、キャラクター性を保ったまま振り幅のある曲のノリに気を配ったり、楽曲の難しさにご苦労をおかけしつつも、工夫を重ねるうちにすぐに掴んでくださり、表現に反映してくれる速さに僭越ながら驚きました。身体に音楽を「持ってる」方だなあと。

――サウンドトラックを聴かせていただいて、『アイの歌声を聴かせて』は青春映画でありつつ劇中でさまざまな場面が訪れるので、対応するための音楽的素養もかなり幅広いものが求められるのでは、と想像しました。これまでの自身のキャリアを本作で活かせたと感じた部分と、本作の制作を通して“鍛えてもらったな”と感じた部分について、それぞれ教えてください。

高橋:歌にも劇伴にも少し軽快でジャジーなノリで音楽を乗せている箇所がありますが、このあたりは今までの劇伴制作や得意とするスタイルに近く、監督からもオファーにあたってその部分に着目して頂いたと伺いましたし、制作中も「やりきってしまっていいです!」とお言葉を頂いて、力を抜いて作れたかなと思います。鍛えられた部分は本当に……多岐にわたりますが、前述のモチーフの使い方や長いシークエンス、物語全体に渡っての音楽のコントロール全てに対しての意識の巡らせ方について、さまざまに鍛えられ、音楽と物語の関係について、多くの視座を与えてくれました。

――シオンやサトミをはじめ、本作の登場キャラクターは個性があって魅力的ですが、高橋さんが思わず感情移入してしまう・応援したくなってしまうキャラクターと、その理由を教えてください。

高橋:クラスメイトの仲間たちについては多く語られると思いますので、敢えて挙げたいのは、サトミの母・美津子です。彼女は大人ですが、同じようにきっとその純粋な熱意の向こうに、人を・世界を幸せにするものがある、作れると信じて、とてつもないものに挑んでいます。でもその熱意故に、時にそれはエゴイスティックな顔を覗かせ、自身や大事な存在を傷つける事にもつながる。大人としての責任と純粋さに対する折り合いのなかで、ひとりの人間としての再生も描かれている。通底しているものは同じだと感じるからこそ、彼女の物語は多角的な視点を与えてくれます。

――『アイの歌声を聴かせて』の音楽制作は、ご自身の作曲家としてのキャリアにおいて、今後どのような意味を持って残っていくと思いますか。

高橋:ひとつの作品に、これだけ丁寧に取り組ませていただき、音楽と物語の向き合い方に、多くの喜びと学びを頂いた気がしています。何か迷う事があった時、間違いなく立ち帰りたい作品であると同時に、今後の指針も示してくれるような作品になりました。貴重な体験を頂けて感謝しています。今後の仕事にも沢山活かせるものが多く見つかったので、さまざまな音楽表現でそれをお返ししていけたらと思っています。

――映画だけでなく、音楽も長く愛してほしい作品だな、と感じます。映画をご覧になる方、サウンドトラックを手に取る方に、『アイの歌声を聴かせて』の音楽をどのように楽しんでほしいと思いますか。

高橋:ぜひ映画本編とともに、サウンドトラックで音楽を振り返って頂いて、音楽にある細かな仕掛けや、ニヤリとして頂けるような要素を発見して頂くのも嬉しいですし、なにより歌の力をまっすぐにお届けすることができれば、これ以上のものはありません。映画はとても普遍的なテーマで、私たちの日々にも繋がっていると思います。作品世界の内と外を音楽が繋げられる助けができることを願っています。

『アイの歌声を聴かせて』公式サイト

取材・文=清水大輔

映画『アイの歌声を聴かせて』オリジナル・サウンドトラック
価格:3,300円(税抜)/3,630円(税込)
音楽:高橋 諒 作詞:松井洋平 歌:土屋太鳳・咲妃みゆ
劇伴曲+劇中歌(5曲)を収録。CDブックレットにはライナーノーツ、作曲家 高橋 諒×作詞家 松井洋平 対談、土屋太鳳特別インタビュー等を掲載。
発売元・販売元:バンダイナムコアーツ
配信はこちらから