体育会系の「根性論」では選手がついてこない時代に有効なスポーツの指導法とは
公開日:2021/10/26
日本のスポーツの多くは、学校体育および部活動によって発展してきた側面がある。特に部活動に関しては「体育会系」という名のもと、独特の文化を築いてきた。たとえば厳しい上下関係、「愛のムチ」として行われる鉄拳制裁や怒号をともなう指導、勝利至上主義のもとで繰り返される選手の酷使……。それを「根性」で乗り越えた先に成功がある、という物語は、日本のスポーツ界において美談とされ、数々の栄光をもたらしてきた。
しかし、その「文化」は今、曲がり角を迎えている。人口ボリュームが大きかったかつての時代は、理不尽な上下関係や暴力的な指導を「根性」で乗り越えられなかった多くの選手を切り捨ててもチーム、試合、競技は成り立った。だが、少子化により多くのスポーツで競技人口が減少。かつての体育会スタイルの指導では競技自体が成り立たない。そうでなくても、今は選手が競技の科学的知識やトレーニング理論を自分で学べるツールも増えた時代。「根性」だけを叫ぶ指導では、選手がついてこず、選手やチームの成長や勝利も望めない。スポーツの指導者は競技を問わず、指導方法やスタイルの変化が求められている。
そんな時代のバイブルになりそうなのが『ダブル・ゴール・コーチ』(ジム・トンプソン:著、鈴木佑依子:翻訳/東洋館出版社)だ。著者のジム・トンプソンはアメリカ、スタンフォード大アスレチック・デパートメント(スポーツ部を統括する独立部署)に設置された非営利組織「ポジティブ・コーチング・アライアンス(PCA)」の創始者。ユーススポーツのコーチング、すなわち若年世代のスポーツ選手の指導の基準になりつつあるメソッドを開発し、全米で支持を広げている。書名にある「ダブル・ゴール」とは「勝つことを目指す」「スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教える」という、彼の目指す2つの「ゴール」を示す。その「ゴール」にたどり着くまでの指導方法を詳細に解説したのが本書なのだ。
トンプソンは2つのゴールのうち後者、「スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教える」を重視している。それについては、前述したような旧来の日本の「体育会系」スポーツも基本的には同じであり、今もその考えはベースにあるのも確かだ。「競技を通じて社会に通用する人間の育成を目指している」と語る日本のユーススポーツの指導者も昔から少なくない。ただ、日本の場合、多くの指導者は理不尽な上下関係や暴力や怒号を伴う指導でそれを目指していた。つまり、日本の「体育会系」も目指す理想は「ダブル・ゴール」だったが、その方法が通用しなくなったのが今の時代といえる。
だからこそ本書は有効だ。「ダブル・ゴール」を目指すための指導方法が、理想論や抽象論でとどまらず、実用的で必要不可欠な「ツール」を伴って解説されている。
たとえばトンプソンは「ダブル・ゴール」を目指す一歩として「勝者の再定義」、いわば「目指す場所」の再定義をあげる。ただ試合で勝つ「スコアボード上の勝者」ではなく、その競技における「熟達(マスタリー)の勝者」を目指せば、選手が競技を楽しいと感じ、自ら学び、結果的に試合でも良い結果が出るといった具合だ。これだけなら今の指導者であれば多かれ少なかれ聞いたことがある話であろう。
トンプソンはそこからさらに一歩踏み込み、そのために必要なツールを示す。「勝者の再定義」の場合、ツールは6つ。「選手が失敗してもその努力をねぎらう」「成果目標だけではなく行動目標をたてられるように選手を補助する」など、指導者がすべき行動が具体的に解説されている。旧来の方法しか思いつかない指導者にとっては、まず取り組むべき指針とよい意味でのマニュアルである。
興味深いのは「セカンド・ゴールを目指す」と称した章も含め、保護者への対応方法にもかなりのスペースが割かれている点だ。日本でも現在のユーススポーツにおいて保護者の存在は良くも悪くも重要だ。選手やチームにとってありがたい協力者になることもあれば、指導への度を超えた介入、クレームなどによりチームや選手のマイナスになることもある。それはアメリカでも同じようで、トンプソンは「保護者のためのコーチング」も選手への指導方法同様に具体的に説いている。こうした点でも『ダブル・ゴール・コーチ』は、非常に現代的なユーススポーツ指導の総合的な参考書といえよう。
文=田澤健一郎
ダブル・ゴール・コーチ
https://bit.ly/3E6rfR5