辻村深月「優れたホラー作品はどれもみな優れたミステリーでもあると思うんです」

小説・エッセイ

公開日:2021/11/8

辻村深月さん

横溝正史ミステリ&ホラー大賞の選考委員を務める辻村深月が、選評で常々指摘してきたのはミステリーとホラーを接着させる難しさだった。最新作『闇祓』は、その接着のお手本となるような一作だ。激烈に怖いホラーであると同時に、冒頭から十二分にヒントや伏線が張り巡らされ、結末部で度肝を抜かれる真相が顔を出す“ド本格”なミステリーなのだ。

(取材・文=吉田大助 撮影=山口宏之)

「ホラーは、怖さをどんどん拡大させて、オープンエンドで終わらせることもおそらく可能。でも、ミステリー作家を名乗ってホラーを書くならば、話の着地にはやはり何か“真相”を用意したい。これまで『ふちなしのかがみ』や『きのうの影踏み』などに収録の短編しか書いたことがなかったのですが、いつか私なりのホラー長編に挑戦してみたいという思いが今回の出発点でした」

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 本作におけるホラーの発生源は、人間関係に忍び込む「闇ハラ」。辻村による造語だ。

「セクハラやモラハラなどハラスメントにはいろいろな種類がありますが、まだ名前の付けられていないハラスメントが世の中にはあると思ったんです。例えば、相手側の事情だとか論理に巻き込まれてしまい、“あなたのためにもなることだよ”と言って不合理を押し付けられたり、無礼だし不快なことを言われているのに飲み込まずにはいられなくなってしまうような状態。投げつけられているのも、悪意とは言い切れなかったりする。だからこそ、相手にやめてほしいと言うことや、その関係性から逃げ出すことがすごく難しいし苦しいし、怖い。その理不尽さを“怪異”として小説で描きたかった」

 主人公たちはみな、それぞれのシチュエーションで闇ハラに遭う。絶望スレスレの心理まで、じわじわと追い込まれていく。

おかしいと思う自分の方がおかしい

 第一章(「転校生」)の主人公は、千葉県内の私立高校・三峯学園に通う2年生の原野澪。クラス委員長も務める優等生の澪は、クラスに転校してきた白石要が、自己紹介の時から自分をじっと見ていることに気付く。その日の放課後、転校生に校内を案内していると、彼は言った。「今日、家に行ってもいい?」─。自分が何か誤解させるようなことをしてしまったかもと悩んでいたが、 その体験を陸上部の先輩・神原一太に話すと、「原野は悪くないよ」。転校生の言動をきっかけに、澪は憧れの先輩と急接近を果たす。そして、ある場面で空気がガラッと変わる。その転変は紛れもなくミステリー作家の仕事。単なる悪意ではないからこそ怖いという闇ハラの真髄が、迫真性を伴って記述されていく。

「その人のどんな行動を気持ち悪いと思ったり、拒否感や嫌悪感を抱いたりするのかは、その人と自分との関係性や距離感で変わってくると思うんです。同じ行動をされたとしても、受け取り方は全く違ってくる。いつもの学園ものだけど辻村にしては恋要素多めだよね、ぐらいのキャッチーな入口から始めて……ザクッと斬りにいきたかった(笑)」

 毒ガスが噴射されているような文章が連なった先で、さらにもう一度、空気がガラッと変わる。この2度目の転変が、作家とこの物語を新しい場所につれていく。

「こんな場面を自分が書けるんだ、とちょっと驚きました。実は、最初の案ではもっとホラー寄りというか、第一章の時点で設定部分の真相を8割方明かしてから始めるつもりだったんです。バラしたうえで、章が進むごとに闇ハラの規模がどんどん大きくなっていくのを読者に見届けてもらうはずが、第1章がこの展開になったことで、第2章以降の構成をガラッと変えました。“真の元凶は誰だ?”という意味でのフーダニットを、一章ごとに仕掛けてみたくなってしまった。最終的な話のまとめ方は未来の自分が考えることにして(笑)、毎回毎回自分の好きなように書いていこうと振り切りました」

 その言葉通り、本作の読み味は、闇ハラを共通モチーフに据えた一話完結型の独立短編集に近い。第二章(「隣人」)では、おしゃれな団地を舞台に闇ハラが渦を巻く。

「自分の方があなたよりも上だとアピールしてくるマウンティングも、闇ハラの一種かもしれない。主人公の梨津は完璧ママの沢渡博美にマウンティングされたと感じ、気に障って相手のことばかり考えてしまうようになるんですが、それはきっと博美の言動をどこか理解できてしまうからで。あなたよりも上だと言いたい願望の芽が、梨津の中にも確実にあるんですよね」

 主人公は闇ハラに遭う被害者の側にいるが、加害者にも変わり得る。その可能性がまた、怖い。

「共同体の中に入ると、その共同体のルールや価値観に飲み込まれてしまうケースってよくあると思うんです。周りがみんなおかしいと、それをおかしいと思う自分の方がおかしい、という状況になっていく。日常が少しずつ歪んで悪夢にまで至る経緯を、常識人の主人公を通して表現してみたかった。話が臨界点を迎えるまでの、“何かが起きている”という予感の演出は、私が大好きなホラー作品から学んだ視覚的・聴覚的な怖さを意識しています。“べしょべしょ”といったオノマトペを意識して多用したり、団地の建物を覆う養生シートの異様さなど、終盤の場面にはぜひ注目してほしいです!」

私が相手の闇を深めた? 自分も闇ハラをしていた?

 その後、第三章(「同僚」)は会社、第四章(「班長」)は小学校と、闇ハラの舞台が変わる。

「特に第三章は多くの人に“身に覚えがある”と思ってもらえる恐怖に踏み込めたのではないかと感じています。悪意ではなく慰めるような気持ちで“あなたは正しかったと思いますよ”と口にした言葉によって、相手の闇が深くなり、相手が暴走してしまったり異様に距離を詰めるようになっていく。“私がモンスターを作ってしまったんじゃないか?”とか“あなたと私はそんな関係性でしたっけ?”と思うんだけれども、付け込まれる隙を作ったのはもしかして自分だったのかもしれない……。そんな気付きを、ミステリーの形に変換して書いていきました」

 やがて現れる最終章(「家族」)で、本作が、自身初の「ホラー長編」である理由が明らかになる。ミステリーの結末部におけるロジックは本来、事件や事態を収束に向かわせるものだが、本作のそれはホラーな現象を増幅・発散させるのだ。ミステリーとホラーの見事な「接着」がここに実現している。

「例えば『リング』(鈴木光司)で、貞子をどうやったら回避できるかという試行錯誤の部分には、ミステリー的なロジックがたぶんに含まれている。優れたホラー作品はどれもみな、優れたミステリーの要素も持つと思うんです。闇ハラは基本的に現実でも起こり得ることなんですが、この言葉が持つもう一つの意味に関しては、特別なロジックを作りました。そこが書けたからこそ、読み終えた後も怖さを引きずってもらえるのではないか、と期待しています」

 引きずるという意味では、読んだ後も「闇ハラ」という言葉が抜けていかない感覚があるのだが……。

「嬉しい! 闇ハラという概念を言葉にして意識することで、“あの時自分がされていたことは理不尽だった、怒って良かったんだ”と気付いたり、その感情を人と共有できるようになってもらえたら。あるいは“もしかして自分も闇ハラをしていたのでは?”と疑いを抱くことで、今後、相手に対して節度や敬意のある振る舞いを心がけたりできるようになるかも、と。そうなったら、闇ハラと名付けた甲斐があります(笑)」

 

辻村深月
つじむら・みづき●1980年、山梨県生まれ。2004年、『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年に『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年に『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。18年、『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。近著に今年6月刊行の『琥珀の夏』、文庫化されたばかりの『嚙みあわない会話と、ある過去について』など。