どっぷりハマるオムニバス形式恋愛漫画。『明日、私は誰かのカノジョ』。中毒性の理由は恋愛にとどまらない“共感”にある
公開日:2021/11/5
コミックアプリ『サイコミ』(Cygames)の人気作『明日、私は誰かのカノジョ』(をのひなお/小学館)は、レンタル彼女、パパ活、風俗などで働く女性を、章ごとに主人公にした群像劇で、現在第5章が連載中。単行本は累計160万部、アプリ内の閲覧ランキングは常に上位を維持するなど高い注目を集めています。ヒットする女性向け漫画の共通点は「憧れと共感」があることではないか――筆者は常々そう思っているのですが、本作はまさにシビアな展開に立ち向かう登場人物への憧れと、深い人物描写への共感が詰まった漫画です。特に「共感」の部分が特徴で、幅広い層からの支持を集めています。では、本作が多くの人から共感されるのはなぜなのか。その理由を3つに分けて紹介したいと思います。
①現代の空気を写し取る、詳細な描写
本作の第3章の主人公は、見た目に固執し、美容整形を繰り返す女性・彩。第4章の主人公は、ホストクラブにハマる女子大生・萌――と、章ごとに異なる世界を舞台にする本作。整形手術専用のTwitterアカウントや、同じホストを指名する“被り”同士のマウントの取り合いなど、界隈の人でしか知りえない詳細な描写が、その世界を知る人が賞賛するほどリアルに描かれています。
また、各キャラクターの化粧品・鞄などの大半は、実在のものをモチーフにしているそう。それが各人の金銭感覚、趣向などを反映し、彼女たちを言葉以上に物語っているのです。特に、新宿・歌舞伎町を舞台にした第4章では、歌舞伎町に集まる若者たち“トー横キッズ”の間で流行している鞄やアクセサリー、さらにはアルコールにストローを指して路上で飲むスタイルなどの特徴についても言及。
細部にわたって追求された描写によって湧く親近感が、共感を集める理由のひとつであると言えます。
②現代の社会問題にも切り込む、分厚いリアリティ
昨年夏に公開がスタートした第4章からは、漫画の中の世界もコロナ禍に見舞われます。現代のスタイルだけでなく、その中で起きている問題について描かれているのも、この作品の特徴です。第1章の主人公は被虐待児、第4章のサイドストーリーの主人公はヤングケアラーであるなど、時に登場人物の背景を描く重要な要素として、社会問題に深く切り込むことも。もしかすると、数十年後には令和の時代を伝える資料になり得るのではないかと感じられるほど、現代のあらゆる側面が描かれます。
上辺だけでないリアリティによって、登場人物たちが生きているのは自分たちと同じ今この時代なのだと感じられる。そんな感情移入に必要な土台の部分がしっかりと築かれているのも、本作が多くの人の共感を集める理由と言えるでしょう。
③カテゴライズをひっくり返す 人物描写の深さ
設定が細部にわたってリアルだからこそ、「パパ活女子」「整形沼」など各キャラの特徴を掴みやすい本作。しかしそういった側面に限らず、登場人物それぞれがひとりの人間として深く描かれるのも、この漫画の登場人物たちに共感しやすいポイントです。心理学者・ユングが「人はいくつものペルソナ(仮面)を持っている」といったように、本来人間はいくつもの側面を持っているもの。本作はそんなキャラクターたちの側面の部分も、繊細かつエモーショナルに描き出します。だからこそ、相手を一面だけで無意識にカテゴライズして傷つけたり、自分自身がキャラ付けされて息苦しさを感じたり……。「ありのままの自分」を周りに、時に自分自身すら受け入れられず苦しむ普遍的な姿が胸に迫るのです。
最新の5章の舞台は、配信者・歌い手の世界。“推し”という文化が、内側(歌い手を推す人)と外側(歌い手の彼女)の両面からひりひりするほどリアルに描かれています。また新しい世界に足を踏み入れた本作に注目です。
文=原智香