小さな幸せを、当たり前と思わず向き合おう――『アイの歌声を聴かせて』咲妃みゆインタビュー

アニメ

公開日:2021/11/5

アイの歌声を聴かせて
『アイの歌声を聴かせて』公開中 (C)吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

 10月29日に公開されたアニメーション映画『アイの歌声を聴かせて』。AIの少女・シオンと、高校生たちの心の交流が爽やかな印象を残し、何度でも物語や劇中で流れる楽曲を反芻したくなるような、愛すべき作品である。本作において、メインキャラクターのサトミが幼少期から親しんできた劇中劇のアニメーション『ムーンプリンセス』。そのムーンプリンセスが歌う“フィール ザ ムーンライト 〜愛の歌声を聴かせて〜”の歌唱を担当したのが、女優・咲妃みゆ。宝塚歌劇団でも長く活躍してきた彼女に、『アイの歌声を聴かせて』が内包する魅力と、自身初となるアニメーション作品に参加した経験について、話を聞いた。

咲妃みゆ

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「夢の世界の表現者」としての経験が活かされたのではないかなと思います

――アニメーション作品に参加されるのはこの作品が初めてということで、どんな準備をして収録に臨んだのか、咲妃さんの中の決意や覚悟について聞かせてください。

咲妃:はい。大変難しい楽曲を歌わせていただくということで、必死で練習しました。アニメーション作品の中で歌わせていただくことが初めてだったので、大変ドキドキしましたが、「咲妃みゆの声を使って作品に色を添えたい」とお考えくださった皆様の気持ちをきちんと形にしたいと思いました。自分の中でこねくり回したり、作り込み過ぎず、どちらかというとニュートラルな気持ちでレコーディングに挑もうと、覚悟を積み重ねつつ、当日を迎えました。

――冒頭に「難しい楽曲」というお話がありましたけれども、受け取ったときの印象は「難しそう」ということだったんでしょうか。

咲妃:幅広い声が必要な楽曲だと思いました。優しさや力強さを表現の一部に加える必要があるなど、いろいろなカラーが凝縮されている楽曲だと思います。「素敵な曲だなあ」と思って最初は聴かせていただいたんですけど、「これを歌うとなると大変なことだな」と、身が引き締まりました。

――表現することの幅が広い楽曲に対して、今まで咲妃さん自身が積み上げてきたご経験のどんな部分が活かせたと考えたのか、実際にご自身の経験が活かせたと感じてる点について教えてください。

咲妃:ムーンプリンセスというお役も、楽曲も、ファンタジー要素をとても大切にしたいと言っていただいたので、そういった意味では、長年宝塚歌劇団に在団させていただいて培ってきた、いわゆる「夢の世界の表現者」としての経験が活かされたのではないかなと思います――偉そうな物言いになってしまっていたら申し訳ないのですが……(笑)。

――いやいや、おそらくおっしゃるとおりだと思います。歌を聴いただけで、「これは誰にでも歌える歌ではないなあ」って感じる楽曲なので。

咲妃:ありがとうございます。わたしの課題として、声にビブラート、細かい揺れがかかりやすくて、それは劇中劇のキャラクターの表現としては、あまり効果的ではないんですね。ビブラートがかからずに、音圧がしっかりある状態で、特に後半の盛り上がる部分でしっかりと芯のある声で歌うことが必要だったので、そこがわたしにとっては試練になりました。

――実際に収録してみて、その試練は乗り越えられたと感じていますか。

咲妃:最初は緊張するが故の震えもありました(笑)。わたし、緊張しいなんです。歌わせていただく中で、役の気持ちが自分の中にスッと落ちてきたときに、よいテイクが録れたと思います。

――フラットな気持ちを持って臨もうと考えていたレコーディングの現場で、印象的だったことはありますか?

咲妃:一番は、歌声がその場でアニメーションと重なった瞬間でした。今まで経験したことがなくて、純粋に感動しましたし、アニメーション好きとしては、自分の声がキャラクターから聞こえてくるのが不思議で、信じられなくて、でも嬉しくて、すごく興奮したことを覚えています。

――アニメーションがお好きというお話でしたが、普段はどんな作品をご覧になるんですか。

咲妃:幼い頃から、ディズニーアニメーションやスタジオジブリ作品はすべてといっていいほど拝見しています。アニメーション好きの友人がたくさんいますので、他のアニメーション作品も拝見するようになりました。王道中の王道ですけど、『鬼滅の刃』だったり、『キングダム』や『フルーツバスケット』、いろいろ拝見しています。お気に入りの声優さんもいらっしゃいまして、そのお声を聞くと、とても幸せになれます(笑)。

――(笑)『アイの歌声を聴かせて』の劇中に登場する『ムーンプリンセス』のように、特にお子さんに夢を届けてきたミュージカルアニメって、ディズニーアニメをはじめ、たくさんの名作があるじゃないですか。今回、“フィール ザ ムーンライト”で参加するにあたって、これまでご覧になった作品からどんなイメージを膨らませていましたか。

咲妃:まず、ディズニーアニメーションをいろいろ拝見しました。ディズニープリンセスが歌う楽曲を、お勉強のために拝見して――結局、楽しんでしまったんですけど(笑)。一番参考にさせていただいたのは、『リトル・マーメイド』のアリエルの楽曲です。“Part of Your World”という楽曲を、参考にさせていただきました。“フィール ザ ムーンライト”と楽曲の構成が似ている部分があって、静かに始まって壮大に盛り上がったあとに、また静かに終わっていく流れが、とても勉強になりました。

――お話を伺っていると、準備も楽しめているし、実際にアニメにご自身の声が乗ったところを見て感動もできたし、とてもよい仕事だったんですね。

咲妃:本当にそうですね。何にも代えがたいお仕事をさせていただいたと思っています。

ムーンプリンセス

咲妃みゆ

咲妃みゆ

小さな幸せを当たり前と思わずに向き合うことで前に進めるんだという感覚が、より明瞭になりました

――“フィール ザ ムーンライト”の歌詞についてもお尋ねします。作詞の松井洋平さんにもお話を伺って、“フィール ザ ムーンライト”は、作品のメッセージの軸が浮かび上がれば、という思いで歌詞を書かれたそうですが、咲妃さんはこの曲が持つメッセージをどのように受け止めていましたか。

咲妃:楽曲に向き合って感じたのは、「幸せって、実はすごく身近にあるんだなあ」ということでした。わたし自身にも将来の夢や目標があるし、そこになかなか到達できない自分にもどかしさを感じる日々ですけど、ふっとまわりを見渡してみたら、心許せる素敵な存在がいてくださったり、自分がホッとできるものに囲まれていたり。小さな幸せを当たり前と思わずに向き合うことで前に進めるんだという感覚が、この楽曲を通してより明瞭になりました。この楽曲は「きっとみんなが幸せだよ」と歌いかけてくれるので、歌わせていただいてわたしも励まされました。お月様を見上げたときにこの曲を思い出していただけるといいな、と思います。

――『アイの歌声を聴かせて』を経て、これからチャレンジしたいと思ったこと、改めて実感したご自身の夢は何でしたか。

咲妃:「もっと歌唱力を鍛えるために頑張るぞ!」ということです(笑)。今回の有難い経験を通して、「自分はまだまだだなあ。よし、これからもっと頑張るぞ」と思いました。そしてアニメーション愛がグッと深まりましたので、いつかまたアニメーション作品に携わらせていただくことを目標に、頑張りたいです。とても奥深い世界であることも重々承知しているので、あまり簡単に「チャレンジしたい」とは言えないですけど、それでも憧れの気持ちは増しました。

――この作品を通して、アニメーションの制作過程のどんな部分に感動したり、驚いたりしましたか。

咲妃:絵コンテってこんなに細かく緻密に作られてるんだなあ、と、本当に感動しました。長い年月をかけて、たくさんの方々の思いが寄り集まって、ひとつのアニメーションが作られていくことを思ったら、すべての登場人物、そして背景となる町並みやバスや会社や学校、全部の映像を愛おしく感じました。アニメーションって、本当に素敵ですね。

――ちなみに、『アイの歌声を聴かせて』のサトミにとっての『ムーンプリンセス』のように、咲妃さんの今の仕事や生き方に影響を与えた本・マンガはありますか?

咲妃:わたし、小さい頃から宇宙が好きで、どんな仕組みになってるんだろう、どんな場所なんだろうって、興味が尽きないんです。最近拝読したのは、宇宙飛行士の野口聡一さんとミュージシャンの矢野顕子さんの対談がまとめられた本で、タイトルは『宇宙に行くことは地球を知ること』というのですが、宇宙での体験が細かく書いてあって、遠い存在だと思っていた宇宙がちょっと身近に感じられました。わたしは日頃、石橋を叩いて渡るタイプの人間なので、自分には到底たどり着けない境地で活躍されている方のお話を聞くと、憧れてしまいます。そして、自分の視野だけで物事を見るのではなく、いろいろな方々の意見を聞いて、いろいろな世界を知って、自分の視野を広げていくことはすごく大切だなと、影響を受けた大切な本です。自分はちっちゃいなあって。でも。ちっちゃいならちっちゃいなりに、いただいた日々をガムシャラに生きるぞって思わせてもらえました。

『アイの歌声を聴かせて』公式サイト

取材・文=清水大輔

映画『アイの歌声を聴かせて』オリジナル・サウンドトラック
価格:3,300円(税抜)/3,630円(税込)
音楽:高橋 諒 作詞:松井洋平 歌:土屋太鳳・咲妃みゆ
劇伴曲+劇中歌(5曲)を収録。CDブックレットにはライナーノーツ、作曲家 高橋 諒×作詞家 松井洋平 対談、土屋太鳳特別インタビュー等を掲載。
発売元・販売元:バンダイナムコアーツ
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