TVアニメ『鬼滅の刃』で映像とBGMのグルーヴ感を生み出す“フィルムスコアリング”とは/無限列車編第4話
公開日:2021/11/9
夢に抗い、現実に立ち向かう。夢から目覚めた竈門炭治郎たちを待っていたのは、下弦の壱の鬼・魘夢。魘夢が血鬼術によって見せる悪夢に炭治郎は――。
いよいよ下弦の鬼との戦いが始まったTVアニメ『鬼滅の刃』無限列車編。第4話「侮辱」では、魘夢の見せる屈辱的な悪夢に感情を荒らげる炭治郎の姿が、印象的に描かれている。4話では、昨年公開された劇場版からシーンの構成を変更し、炭治郎の無意識領域シーンのあとに、我妻善逸と嘴平伊之助の無意識領域のシーンが挿入されている。新規カットとして、炭治郎の無意識領域が目覚めによって崩壊し、病気の少年が落ちていくカットを追加している。この「少年が落ちていくカット」は、原作コミックスでは描かれていないが、アニメの緊張感を高めるうえではインパクト満点。魘夢の血鬼術が形づくっていた空間を、炭治郎が打ち破るとこうなるのか! というスペクタクル感があった。その後、炭治郎が自ら首を切るシーンも、新規カットとして追加されている。
これらの新規カットにスペクタクル感をもたらしている存在が、新規に追加された劇伴(BGM)だ。
TVアニメ・無限列車編では、劇場で公開された無限列車編に、新規の追加BGMを加えることで、新たな体験を生み出している。これまでも第2話では炭治郎と竈門禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助が列車に乗り込むシーンで、楽曲が入るタイミングが調整され、第3話ではCMに入る前の炭治郎の夢のシーン(病気の男が炭治郎の生活を森から盗み見ているシーン)に新しい曲が追加されていた。音楽によって、炭治郎たちのドラマにさらなる起伏が加えられているのだ。
この楽曲のすべてを手掛けているのは、コンポーザーの椎名豪氏。彼はTVアニメ『鬼滅の刃』竈門炭治郎 立志編、劇場版・無限列車編で、ほとんどの本編映像中のBGMを担当しているコンポーザー(竈門炭治郎 立志編「第1話」「第2話」の一部は梶浦由記氏が担当)。彼の仕事の驚異的なところは、すべてのBGMを映像に合わせて新規に作曲していること。いわゆる「絵合わせ=フィルムスコアリング」という手法でBGMが作られているそうなのだ。
一般的に、TVアニメやTVドラマにおけるBGMは、制作の時間がかかり、かかるコストも大きいセクションだ。コンポーザーは、スタッフと綿密な打ち合わせを重ねて作曲を開始し、ときには編曲家をまねいて楽曲のアレンジを行い、ミュージシャンを集めてのレコーディングを実施する。音源ができあがったあとはミキシング、マスタリングといった仕上げの工程も必要になるため、かなり早い段階から制作を始めなくてはいけない。劇場版作品(映画)では、制作スケジュールや制作コストの面で比較的余裕があるため、「フィルムスコアリング」でBGMを作ることも多いが、TVドラマやTVアニメでは、映像制作と音楽制作の制作期間が違うため、音響監督が発注する「音楽メニュー」をもとにコンポーザーがBGMを作曲する手法が主流となっている。「音楽メニュー」とは、この作品で必要になるであろうBGMのオーダーが、第一話から最終話までひととおり記されている、いわゆる音楽発注リストのこと。コンポーザーはこの発注書を頼りに、映像ができあがっていない時期から音楽制作を進めていくのである。そうやって納品されたBGMを、音響監督とスタッフは映像に合わせて選曲していくのだという。
だが、『鬼滅の刃』では前述したように、TVアニメ、劇場版でも映像に合わせて、フィルムスコアリングでBGMが作られている。
TVアニメの「竈門炭治郎 立志編」全26話で制作されたBGMはなんと670曲超(アレンジ曲を含む)、オーケストラを起用したレコーディングの回数は13回に及んだとのこと。通常の音楽メニューで制作するBGMは2クール(26話)で50~80曲程度、多くても100曲前後と言われていることと比較すると、『鬼滅の刃』では従来のTVアニメとはまったく違うスタイルでBGMが制作されていることがわかるだろう。このフィルムスコアリングによって『鬼滅の刃』のBGMと映像の連動感は高まった。TVアニメの無限列車編の第四話の首切りのシーンは、作画の迫力もさることながら、音楽的な盛り上がりが完成度を高めたといっても良いだろう。
こうして『鬼滅の刃』の重要なポジションを担当している椎名豪氏は、もとはゲーム会社バンダイナムコゲームス(当時、ナムコ)で活躍していたコンポーザーだった。ほぼ作曲経験のない状態で同社に入社し、現場で作曲法を学びながら、フライトシューティングゲーム「エースコンバット」シリーズ(1999年~)やパズルゲーム『ことばのパズル もじぴったん』(2001年)、アクションゲーム『風のクロノア2 ~世界が望んだ忘れもの~』などに参加。その後、パズルゲーム「ミスタードリラー」シリーズ(1999年~)やRPG『テイルズ オブ レジェンディア』(2005年)でオーケストラやコーラスを駆使した壮大な楽曲によって、高い評価を集めた。アクションRPG『GOD EATER』(2010年)では全曲のBGMを手掛け、彼の楽曲はゲームファンの中で注目を集めていたのである。
この『GOD EATER』が、彼の大きな転機となったと思われる。『GOD EATER』のアニメPVを制作していたのが、現在『鬼滅の刃』を制作するアニメーション制作スタジオufotableだったのである。この出会いがきっかけとなり、PVの監督を務めていた平尾隆之氏による劇場版『桜の温度』にコンポーザーとして参加。以来、平尾監督とufotableの作品OVA『ギョ』(2012年)や劇場版『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』(2013年)に参加し、ufotable作品で活躍するようになっていく。
彼は、自らが参加したすべてのufotable作品で、フィルムスコアリングをしている。前述した劇場版作品やOVAだけでなく、TVアニメ『ゴッドイーター』(全13話/2015年)やTVアニメ『テイルズ オブ ゼスティリア ザ クロス』(全26話/2016~2017年)、配信アニメ『衛宮さんちの今日のごはん』(全13話/2018~2019年)などにおいてもフィルムスコアリングでBGMを作っている。
『鬼滅の刃』で彼は登場人物のイメージをベースに音色やメロディを決めておき、そこからシーンに合わせてアレンジを加えていくことで、楽曲を作っていったという。炭治郎ならばホルン、禰豆子はピアノといった楽器を軸に据えておくことで、数多くの楽曲を作っても筋を一本通し、ブレないBGM作りができているのだそうだ。作品の数を重ねるごとに、ufotable側との連携も深くなっているのだろうし、お互いの制作ペースも把握しているからこそできる業なのだろう。まさに驚異的な仕事ぶりだ。
TVアニメ・竈門炭治郎 立志編の第19話の「ヒノカミ」に流れた挿入歌「竈門炭治郎のうた」とアクションの絡み合うような密接さが生み出した、映像とBGMのグルーヴ感。そしてTVアニメ・無限列車編の第四話の嘴平伊之助、我妻善逸の無意識領域でのホラーテイストあふれる映像とBGMが生み出すコミカルさ。炭治郎が魘夢と対峙し、水の呼吸 拾ノ型「生生流転」で魘夢の首を切るまでの盛り上がり方、そして「竈門炭治郎のうた」のメロディが勝利のファンファーレのように鳴り響くシーンは、まさにフィルムスコアリングならではのクライマックス感だと言えるだろう。
魘夢の真の姿が明かされ、決戦はいよいよクライマックスへ。魘夢の肉塊に包まれた無限列車は地獄へと走り始める。煉獄杏寿郎、伊之助、善逸、禰豆子たちはついに覚醒し、下弦の壱との最終決戦が始まる。次回は、グロテスクさが極まる魘夢の表現について注目していきたい。