「びっくり箱のようなインパクトのある物語を書きたい」書店員騒然のサイコミステリーで大賞受賞! くわがきあゆさんインタビュー
公開日:2021/11/19
第8回「暮らしの小説大賞」を受賞した『焼けた釘』(産業編集センター)は、主人公の強烈なキャラクターと衝撃的な展開に驚かされること必至のサイコミステリー。11月1日に開催された「暮らしの小説大賞」授与式で笑顔で受賞の喜びを語り、本作でデビューを果たした著者のくわがきあゆさんに小説執筆の経緯や作品にかける思いを聞いた。
(取材・文=橋富政彦)
(あらすじ)
2週間前に会ったばかりの幼馴染、萌香が何者かに殺害されたことを知って衝撃を受けた千秋は“ある理由”からひとりで犯人探しを開始。萌香の格好を真似た姿で、彼女と関わりのあった男に接触していく。一方、ブラック企業に勤める杏は優しく接してくれる職場の先輩に恋心を寄せていた。しかし、彼と同僚の樹理の関係を疑い始めた杏は、“過去の経験”から邪魔なものを取り除かなくてはならないと考え始め、ハンマーを購入する――。ふたつの物語が思いも寄らぬ交差を遂げる衝撃サスペンス。
――第8回「暮らしの小説大賞」の受賞おめでとうございます。自分の書いた作品が賞を受賞して、実際に本になったことについて、どのように感じていますか。
くわがきあゆさん(以下、くわがき):もうすごいラッキーだな、と(笑)。正直、本当に運が良かったなと思います。最初はあまり実感がなかったのですが、実際に書店に本が並んでいるのを見て、少しずつ喜びが湧いてきているような感じです。それと大きな新聞広告を載せていただいたことにもびっくりしました。
――これまで小説はずっと書いていたのですか?
くわがき:そうですね。小さいときから本が好きだったので、小学3~4年の頃には自分なりに物語を書いていましたし、そのノリで「将来は作家になる」なんて話していて、実際に目指すようになりました。その頃からずっと物語を書くことが楽しかったんですよ。それで大学を卒業して就職してから、本格的に書くようになって投稿を始めました。
――今回の受賞にいたるまで、どのくらい投稿は続けてきたのでしょうか。
くわがき:だいたい10年ぐらいです。たぶんこれまでに40作品ぐらいは書いてきたと思います。落選することはあまり気にならなかったので、なんとなく相性が良さそうな賞に投稿していました。「暮らしの小説大賞」に応募したのは、「テーマやモチーフは一切不問でジャンルも問わない」ということだったので、私のちょっと変わった小説を送っても大丈夫かな、と(笑)。
――確かに今回の受賞作『焼けた釘』は主人公である千秋のキャラクターが非常に強烈な作品でした。この作品の着想はどういったところなのでしょう。
くわがき:まさに千秋の存在です。こういう人間がいたらどんな行動を取るんだろうと考えてみることがスタートでした。
――千秋はかなり特殊な感覚の持ち主です。つまり、一般の人と違って憎悪を向けられたり、嫌がらせや暴力などで加害されたりすることを本物の“愛”だと感じてしまう。このユニークなキャラクターはどうやって生まれたのですか。
くわがき:他人に嫌がらせやバッシングをする人がいますが、本当に嫌いだったら見るのもイヤで一切関わりを持たないんじゃないのかと思うんです。子供の頃に嫌がらせしてくる人がいて、こっちも嫌いだから関わりたくないのにちょっかいを出してきて気持ちが悪い思いをしたこともあります。でも、それはやっぱり関心があることの裏返しという一面もあるのではないかな、と。ネットの炎上なんかも、わざわざ自分から見に行って腹を立てて火をつけているようなところがありますよね。その少し歪んだ感情を思い切りデフォルメしていったら千秋のキャラクターができあがりました。
――エピグラフ(書籍の巻頭に置かれる短文など)には「愛情の反対は憎しみではなく無関心である。」という言葉が掲げられていますが、千秋は憎しみが愛情に転換されています。
くわがき:そんな感覚で生きている人間の身近なところで殺人が起きたら、どんなことを考えるか。そこからストーリーを組み立てていきました。きっと、殺人のような究極的な“愛”を実行できる人に会いたくなるだろう。そうしたら次に取る行動はこうなるはずだ、と思いつくところを全部重ねていくことでストーリーができあがっていった感じです。
――メインプロットである千秋の殺人犯探しと合わせて、もうひとつの軸になっているのがブラック企業で働く杏のストーリーです。こちらもブラック企業の過酷な実態や杏の特殊な生育環境が印象的でした。ある意味、ちょっと胸が痛くなるような描写も多いですね。
くわがき:読んでいて思わず「うわっ」と感じてしまうような“気持ち悪さ”みたいなものを書きたくなってしまうんです。これまでの投稿作品でもそうした描写が評価されていると感じていたので、読者を飽きさせない要素としてのひとつとして意識したところでもあります。それと杏のストーリーがどのように千秋と絡むのかというポイントから読者の目を逸らすことにも気をつかいながら書いていきました。
――読んでいると、ときどき“違和感”を覚える箇所があって、それが後に巧妙な伏線だったことに気づきます。
くわがき:私は書きながら思いつくということがないので、基本的にはすべて最初に人物の設定や伏線を決めてから書いています。自分の中でほとんどできあがった物語を外に出したいという気持ちが、小説を書くモチベーションになっているのかもしれません。せっかちなので、「これを早く書いてしまいたい」と思うんです。
――書店員の反応を見ても伏線の回収やどんでん返しに驚いたという声が多いですね。
くわがき:そういってもらえるとやっぱり嬉しいですね。いただいた感想の中には「千秋のことがどうしても理解できない」というものもあったのですが、逆にそんなに小説の登場人物に寄り添おうとしてくれていることにも驚きました。私の感覚としては、千秋はある種の怪人、化け物なので理解できなくて当たり前。そんな千秋への理解を、最大限に示してもらえていることを知って感激しました。
――千秋以外の登場人物もどこか歪んでいたり、闇を抱えていたりしますね。そうしたキャラクターを描く理由はどういったところにあるのでしょうか。
くわがき:そこにこそ人間の魅力、非情さも含めての面白さがあると思うからです。どんどん突っ走っていくキャラクターに、内心でツッコミを入れながらも手を止められないことは、私にとって小説執筆の楽しさでもあります。千秋をはじめとした登場人物たちの心理や思考の不可解さを楽しんでもらいたいです。
――本作で作家デビューを果たしたわけですが、今後はどのような小説を書いていきたいと考えていますか。
くわがき:今は読んだ人が驚くようなインパクトのある物語を書きたいです。びっくり箱のように1回「うわっ」となって、それで「ああ、びっくりした」と閉じてもらえれば、それ以上のことは望みません。これからもそんな小説を書いていきたいです。