ヒトラーの『わが闘争』を例に、現代人のSNS利用にひそむ危険性を考える
公開日:2021/11/25
世には、じつにたくさんの書物がある。しかし、読書家でない限り、「悪書」に手を伸ばす機会は少ないだろう。
『危ない読書 教養の幅を広げる「悪書」のすすめ(SB新書)』(佐藤優/SBクリエイティブ)は、20の「悪書」を紹介しつつ、悪書を勧めている。独裁者の哲学がわかるヒトラーの『わが闘争』、成功者の虚栄が見え隠れするカルロス・ゴーンの『カルロス・ゴーン経営を語る』、タブーを犯してまで目指していたものが透けて見える宮崎学の『突破者』など、「とんでも本」とは呼べない、異質でありながらも歴史を動かし、タブーに挑んだ、あるいは人間の本質をえぐるような“(本書いわく)ざらざら感のある本”が網羅されている。
本書の読者への願いは、悪書を通して世の中と自分を多面的に捉えることだ。
たとえばヒトラー『わが闘争』を違和感なく読める人は、すでにヒトラーのような英雄思想にどっぷりはまっている可能性が大いにある。おそらくそのような人は宮崎学氏の『突破者』のようにニヒリズム全開の作品は違和感しか覚えないだろう。
書名は誰もが知っている『わが闘争』を読んだ人は、ライトな読者層では限りなく少ないと思われる。すでにフリードメインで誰でも自由に出版できる『わが闘争』の紹介を、本書は「津久井やまゆり園」で19人もの入所者が刺殺された大量殺人事件の犯人を生み出したことから始めている。犯人は、「ヒトラーの思想が降りてきた」と、事件後に病院関係者へ語っている。
『わが闘争』の大きな特徴のひとつとして、論理的飛躍が随所に見られることを本書は挙げている。
わたしは幾度もつっ立ったままでいた。
かれらの口達者と嘘の手ぎわと、どちらのほうをよけいに驚いたらいいのかを人々は知らなかった。
わたしは次第にかれらを憎みはじめた。
一文ずつ改行しているためなんとなく勢いでごまかされそうだが、丁寧に読むとヒトラーによるユダヤ人への論理飛躍した述懐だという。実は、現代でも扇動者に多くみられるデマゴギー(根拠のない情報、うわさ、流言、デマ)の特徴だという。
ヒトラーは、『わが闘争』の中で、遺伝子研究の衣をまとった優生思想をうたっている。人種の純正保持を国家の最優先事項としたのだ。国民はどんどん子どもを産むべきで、自分都合で産まない選択肢は国家にとって犯罪であること、そして、遺伝的欠陥を後世に残してはならないこと、という2つが優生思想のポイントだそうだが、先の「津久井やまゆり園」事件の犯人は、後者のポイントに反応した、とされている。
ヒトラーは、なぜ、ここまでの論理的飛躍を見せたのか。
著者は「サイバーカスケード現象」を例に挙げて、ヒトラーの論理的飛躍の背景を論じている。サイバーカスケード現象とは、サイバーの中…例えばSNSのタイムラインなど、自分の興味がある、あるいは知りたい情報だけを意図してまたは意図せず拾い集め、さらに自分の考え方に同意してくれるコミュニティーのなかに閉じこもった結果、自分を客観視できなくなり、自分が絶対的正義であると信じ込む現象。スマホから情報を得る現代人にとって深刻な問題となっている。もちろん、ヒトラーが生きていた時代にはスマホもSNSもなかった。しかし、本書は、ヒトラーが自分の本棚の中身を、そのときの問題意識に応じて頻繁に入れ替えていた行為(趣味)を紹介し、これ自体は蔵書の活用法として理にかなっているが、結果、サイバーカスケード現象と同じように、前述の論理的飛躍に行き着いてしまったのではないか、と推測している。
現代人の多くが、スマホの中やSNSにおいて、自分が興味関心のあることが表示されるよう機械学習に調整させていることに置き換えてみれば、私たちも知らずしらず、サイバーカスケード現象の影響を受けているといえる。
本書は、ヒトラーを頭が切れ、努力家であったとしている。この特性に加え、社会の底辺で味わい蓄えた異常なほどのルサンチマン(恨みや嫉妬)が、同じく社会に不満を抱える層に共振し、『わが闘争』はドイツだけで1千万部も売れ、歴史を確かに動かした。
本書が紹介する20冊の悪書は、どれも「特定の時代でのベストセラー」もしくは「特定の国でのベストセラー」であり、社会や人間に強烈な影響を与えた。「悪書」はまぎれもなく時代を動かしてきた。不安や疑心で満ちた動乱の現代、あえて「悪書」を読むことで反面教師とし、自分の考えや価値観を問い直して、これからを力強く生きていくための1冊とできそうだ。
文=ルートつつみ
(@root223)