居酒屋の女将“安楽椅子”が猟奇犯罪を鮮やかに解決! 『居酒屋「一服亭」の四季』東川篤哉さんインタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/30

 人気ミステリ作家8名(五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと)の新作を連続刊行する講談社の「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーン。第7弾として東川篤哉さんの『居酒屋「一服亭」の四季』(講談社)が刊行されました。居酒屋の女将、安楽ヨリ子さんが4つの事件を鮮やかに解決する“安楽椅子探偵”もののユーモアミステリ連作です。奇想天外なトリックとギャグを満載した新作について、東川さんにうかがいました。

取材・文=朝宮運河 写真=但馬一憲

東川篤哉

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――『居酒屋「一服亭」の四季』は、2014年に刊行された“安楽椅子探偵もの”のユーモアミステリ『純喫茶「一服堂」の四季』の第2弾です。7年ぶりにシリーズ第2弾を執筆された経緯を教えてください。

東川篤哉さん(以下、東川):前作を書いた時点でシリーズ化するつもりはありませんでした。お読みになった方は分かるでしょうが、『純喫茶「一服堂」の四季』はシリーズにできるような小説ではないんです。ただ前作の評判がわりによくて、自分でも「安楽椅(ヨリ)子」という主人公の名前が気に入っていたので、1作で終わらせるのはもったいないかなと。それで「2代目の安楽椅子を出してしまおう」と思いついたんです。ユーモアミステリなら許されるし、ギャグとして成立するんじゃないかと思いました。

――キャラクターではなく、名前が気に入っていたんですね。

東川:安楽椅子探偵もののミステリで、探偵の名前が安楽椅子。これは新しいぞと(笑)。前作を書いた当時、安樂智大という楽天所属のピッチャーが話題になっていて、そこから思いついたんだと思います。安楽という苗字があるなら、椅子も人名にできないかと考えて、「椅」の字の「ヨリ」という読みを辞書で調べました。

――前作と『居酒屋「一服亭」の四季』に登場する安楽椅子は、名前は同じですが別人ですね。2人の探偵はどのような関係になっているのですか。

東川:あまり深く考えていないんですよ。血縁関係があるかもしれないし、まったく他人と考えてもらっても構いません。相撲の四股名のように「安楽椅子」という名前を受け継いだのかもしれませんね。

――純喫茶から居酒屋へ、謎解きの舞台になるお店も変わりました。

東川:前作の『純喫茶「一服堂」の四季』を書いた当時は、岡崎琢磨さんの『珈琲店タレーランの事件簿』など喫茶店を舞台にしたミステリが流行っていたんです。その流行りに乗っかりつつ、よりふざけた感じにしたのが『一服堂』だったんですが、その後秋川滝美さんの『居酒屋ぼったくり』など居酒屋ものが人気になったので、じゃあ2作目は居酒屋を舞台にしようかなと。安易ですね(笑)。

――一服亭を訪れたお客が事件の顛末を語り、女将のヨリ子さんがそれを解決する、というのが決まった流れですね。第1話「綺麗な脚の女」では、箱根の邸宅で起こったバラバラ殺人事件の謎解きが、カウンター越しにおこなわれます。

東川:前作同様、4話とも猟奇犯罪を扱っています。この手のミステリでは“日常の謎”が描かれて、ほのぼのした話になることが多いので、それをひっくり返したという感じですね。喫茶店や居酒屋で血まみれの犯罪について語る方が、ギャップがあって面白いんじゃないかなと。ただ猟奇犯罪のバリエーションを出すのが難しくて、そこは苦労しました。

――密室から被害者の胴体が消えたのはなぜか。ヨリ子さんは犯人の用いたトリックを鮮やかに解き明かします。

東川:出先でたまに見かける、とある品物が着想の元になりました。実現可能かどうかは微妙なトリックですが、読者の頭の中に犯行時の具体的なイメージが浮かんで、論理的に納得できるものであれば許されるのかなと思っています。

――謎解きシーンになると人見知りのヨリ子さんの態度が激変し、「まったくもって、しょっぱすぎる推理ですわ!」とお客の推理にツッコミを入れる、という掛け合いも楽しいですね。

東川:トリックや解決は事前に決めているんですが、ギャグに関しては書きながらその場で考えていますね。頭で考えすぎても面白いものにならないし、自然にぱっと思い浮かんだギャグの方が、笑えるものになるんですよ。

――第2話「首を切られた男たち」は、北鎌倉のレストランで首なし死体が発見されて……、という作品。“首を切られた死体”の謎にヨリ子さんが挑みます。

東川:本格ミステリでよくあるのは、首を切断して被害者の身元をごまかすというトリックですが、科学捜査が進んでいる現代ではもう通用しないでしょうね。なぜ首を切ったか、という部分にそれとは違う別の理由が必要です。この作品は冒頭のシーンを最初に思いついて、そこから切断の理由も浮かんできました。

――トリックの新しさはどの程度意識されていますか。

東川:理想をいえば、前例がないようなトリックを書きたいとは思っています。ただこれだけ多くのミステリが書かれていれば、アイデアがかぶるのもある程度は仕方ありません。とはいえ前例があると知って、まったく同じネタを使うわけにもいかない。悩ましいですね。他の作家の小説を読んでいても、自分のアイデアとかぶっていないかハラハラします。最近では過去に自分が書いた作品とネタかぶりしていることもあって(笑)、これも悩ましいです。

――第3話「鯨岩の片脚死体」では、キャンプに出かけたグループのひとりが、脚を切断された死体となって発見されます。事件自体はショッキングですが、語り口はあくまでユーモラスでとぼけた雰囲気が漂っています。

東川:あまり深刻な話になると、ユーモアミステリじゃなくなりますから。といって、軽々しくなりすぎてもいけない。そのさじ加減は難しいです。今回は設定のおかげで、一歩引いた感じは出しやすかったですね。安楽椅子探偵ものは探偵役が直接事件に関わらないので、どんな猟奇犯罪の話でも生々しくなりすぎない。雑談のように猟奇犯罪の話題ができるのが、安楽椅子探偵ものの良さだと思います。

――第4話の「座っていたのは誰?」で描かれるのは、雪の山荘でのバラバラ殺人。東川作品の特色である、大がかりなトリックが用意されています。

東川:大がかりで奇想天外なトリックは好きですが、重視しているのは犯人の行動なんです。トリックを成立させるために、犯人がどんな行動を取ったか。そこが面白ければ面白いほど、ミステリとしても面白いものになると思います。この作品のトリックは以前写真で見たある光景からの連想です。だいぶ前からあたためていたアイデアで、やっと形にすることができました。

――本書は講談社の「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーン、第7弾として刊行されました。東川さんはどんでん返しについて、どんなお考えをお持ちでしょうか。

東川:事件の謎が意外な形で真相となって現れる作品、つまりほとんどすべてのミステリはどんでん返しだと言えますが、狭い意味では世界そのものがひっくり返る作品、それまで見えていた風景が一変するような作品がどんでん返しミステリ、ということになると思います。結果的に叙述トリックを使った作品が多くなりますね。でも僕は島田荘司さんの『斜め屋敷の犯罪』も、ある意味どんでん返しだと思います。

――大トリックで有名な館ミステリの名作ですね。

東川:叙述トリックを使わず、トリックや解決の意外性でそれまで見えていた世界をひっくり返す。『斜め屋敷の犯罪』はそのレベルにまで達していると思います。自分の作品でいうと『館島』が、それを意識しています。ああいう作品をまた書きたいですが、大変なんですよね。

――シリーズ前作『純喫茶「一服堂」の四季』は、ラストにあるサプライズが用意されていました。今回はどうでしょうか。

東川:今回はどんでん返しを意識して執筆したわけではないので、作品全体に仕掛けがあるわけではありません。各エピソードの意外な結末を味わってもらうタイプの作品になっています。と言いつつ、ちょっとした仕掛けも含んでいるので、ある部分でにやっとしてもらえると嬉しいです。

――では『居酒屋「一服亭」の四季』を手に取る読者にメッセージをお願いします。

東川:安楽椅子探偵もののユーモアミステリが好きな方なら、楽しんでもらえると思います。新作とあわせて『純喫茶「一服堂」の四季』も読んでみてください。シリーズものということになっていますが、どちらから読んでも大丈夫ですから。

――東川さんオススメのどんでん返し作品を挙げていただけますか。

東川:筒井康隆さんの『ロートレック荘事件』です。最初読んだ時は仕掛けにまったく気がつかなかったんですよ。何か違和感を覚えながら読み進めて、ラストで仰天しました。あれを書くのはかなり大変だったと思います。冒頭からすでに仕掛けていて、それを終盤に至るまでずっと読者の目から隠しているわけですから。自分にはちょっとできない書き方ですね。

――では最後に、次回このインタビューに登場される真下みことさんにメッセージをお願いします。

東川:真下さんは登場人物のリアルな描写に重点を置いたスリリングな物語を得意とする人だと感じました。逆にいうと奇想天外な本格ミステリの書き手ではないかもしれませんが、機会があれば本格にも、ぜひチャレンジしてみてください。ご活躍を期待しています。