Yahoo!ニュースがノンフィクション「本」を応援するワケ。ネットニュースが伝えられない内容とは《インタビュー》
公開日:2021/11/23
このほど4回目を迎え、2021年度の大賞も決定した「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」。それにしてもなぜ、ネット企業であるヤフーが、いわゆるオールドメディアである本、しかもどこか硬いイメージのある「ノンフィクション本」の賞を設立したのだろう。その背景について、Yahoo!ニュース ニュースコンテンツ サービスマネージャー 中村塁さんにお話をうかがった。
(取材・文=荒井理恵)
社会課題を「深く知る」ためには本が必要
――まずは賞の設立経緯を教えていただけますか?
中村塁さん(以下、中村):ヤフーは2017年から本屋大賞のメディアパートナーをつとめており、2018年から「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を始めました。本屋大賞の開始当初からノンフィクション本部門を作りたいという思いはあったものの、なかなか実現が難しかったと聞いています。たまたま当時の弊社社長(現・東京都副知事の宮坂学氏)のノンフィクション本への強い思いもあって本賞につながりました。
我々Yahoo!ニュースでは、日々「こういうことが起こりました」というストレートニュースをお届けしていますが、あわせて世の中のさまざまな課題を深く取材して伝えるもの、ある社会課題に対する複数の視点や専門家の意見を伝えるものなど、「深く考える」ためのコンテンツも提供しています。やはり社会課題を解決するためには、「何かが起きた」ということだけではなく「深く知る」ことが大切で、理解しないと行動にも移していけないと考えているからです。その意味ではノンフィクション本が社会に提供する価値には、我々の土台ととても似通ったものがあります。体系的に伝えていく本とパッと広く伝えるネット、それぞれの役割を「賞」がつないでいるといえるかもしれません。
――読書離れといわれる中で新たな賞を作ることに抵抗はありませんでしたか?
中村:我々は長いもので5000〜6000字くらいの情報をユーザーに届けていますが、そのボリュームではどうしても伝えきれないものがあります。そこから先、さらに深く知ってもらうためにはやはり本を読んでほしいですし、その読書がきっかけとなって現場に足を運んで体験するなど行動につなげてほしいと願っています。とはいえ、そのノンフィクション本を生み出すには、途方もない時間も費用も労力もかかります。であれば、この賞によって出版社や著者が継続して本を生み出せる環境を支えていきたいと考えたわけです。
第1回で大賞を受賞した『極夜行』(文藝春秋)の著者・角幡唯介さんが「ネットで検索してすぐに情報を知れるのは便利ではある。ただ、情報を生み出している人がそこにはいるし、その情報を生み出すためにはコストや時間や労力をかけているということがある。ここをちゃんと知ってほしい」とインタビューで語られていました。確かに情報はネット検索すれば出てきますが、ネットには情報を生み出す機能はありません。「こういう情報がほしい」という人に「こういう情報があります」と提案はしますが、情報は生み出さないんです。重要なのはやはり「生み出す」ことであり、「生まれてくるコンテンツ」自体だと実感しています。
――今回4回目を迎えましたが、反響、手応えに変わった部分というのはありますか?
中村:毎回、受賞作の著者とモデレーターとが対話できるイベントなども開催していますが、受賞作品が何かによって雰囲気が違いますし、賞そのものの雰囲気まで変わっていきますね。ただやはり、こうした本を生み出すには非常に労力がかかっていることを知ってほしい、本にまとめた課題を多くの人に届けたい、という思いは共通しています。
賞を取ったタイミングで部数がすごく伸びることも手応えとしてあります。たとえば2019年の受賞作である『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ/新潮社)は、受賞後に10万部以上増刷するなど、発行部数が一気に伸びたそうです。また、著者は「書店員さんに認められた」ことをすごく喜んでいました。やはり書店での扱われ方で読者への届き方も変わりますから非常に励みになるようです。
ノンフィクションの作り手を支えていきたい
――これまでもノンフィクションの賞はありましたが、Yahoo!ニュースが主催となるとネットユーザーに広く認知されるのは強みではないでしょうか?
中村:伝えていきたい価値は通底していますから、Yahoo!ニュースができることを協力するのは必然的なことだと思います。いまはノンフィクションを発表する場も減っていますし、コロナも悪い後押しになった状況もある中で、インターネット事業者としても書き手がきちんと情報発信を継続できる環境を作っていきたいと考えています。そもそも我々のビジネスモデルは書き手の情報発信を受けて広げるというものですから、個人が継続して発信できる環境を整えていくのは基本。この賞には賞金がありますが、そちらも取材費として今後の取材支援をするかたちをとっています。
――本屋大賞ということで、選考委員ではなく書店員さんが選ぶという点も、「ノンフィクションは硬そう」と思い込んでいた読者が親しみをもちそうです。
中村:我々も書店員さんも「ユーザーとの接点」に注目する点は同じですね。我々は日々、どういうユーザーに情報が届いたのか、どういう受け止められ方をしているのかなどを分析していますが、書店員さんはお店にいるお客様の顔をみながら、どういう関心をもっているのか行動を分析しています。今年のノミネート作品にはやはりコロナ関係の作品が多く入っていますが、やはりそれが「時代の流れや世の中が必要としているもの」なのでしょう。一方で、ノンフィクション本の中には、すごく売れるわけではないけれど、どうしても世の中に知ってほしい課題をテーマにしているものもありますから、書店員さんの投票の傾向をみると、そうした本もきちんと世の中に届けていきたいという思いを感じますね。
――2021年の大賞は上間陽子さんの『海をあげる』(筑摩書房)でした。いわゆる硬めのノンフィクション本とはひと味違う作品ですが、書店員さんが選ぶことによって、「ノンフィクション本」の範疇が豊かに広がるところもありそうですね。
中村:選ばれた本は書店員さんが「これはすぐれたノンフィクション」という意識で投票されたものであり、本屋大賞としてノンフィクションの範疇なのかは検討しています。ただ「これはノンフィクションなのか」という話は「これはニュースなのか」という話と似ている部分があると思うんですね。それこそ「権力の闇」だとか、昔からある硬めのノンフィクションは狭義でも「ニュース性がある」と言えますが、一方で一般の方々から寄せられたさまざまな情報が「ニュース」として広まることもあります。情報が正確、きちんと取材されている、深く考察されているといった面は変わらないけれど、読者でありユーザーである受け手側がニュースの幅を広げているわけです。その意味ではノンフィクションの範疇も同じかもしれません。
ノミネートされた本は文体もさまざまですし、書き手の個性がとても出ています。大賞を受賞した上間さんの作品はほんとに新鮮でしたね。ご自身の生活の中で感じていらっしゃること、お子さんとの関係、フィールドワークで考えること、沖縄について、基地についてなどいろいろ詰まっていながら、その中できっちり今の辺野古の問題を考えさせます。
――既存の賞では選ばれにくいかもしれませんが、著者のとまどいの一つ一つがリアルで、それこそが私たちの「日常」であり、ノンフィクションだと感じました。
中村:その通りだと思います。やはり「自分ごと」になると読まれるというのはあると思うんです。我々は日ごろから「自分の半径5メートルくらいに引き寄せられれば、その記事はよく読まれる」と言っていますが、書かれていることが硬いかやわらかいかではなくて、やはり「自分ごと」にできるかどうかなんですよね。その意味でも上間さんの本には読者に沖縄のことを「自分ごと」に引き寄せて考えさせるうまさ、表現力の豊かさがあると感じました。
ノンフィクションは「学び」になる
――「ノンフィクションの楽しさ」はどこにあると思いますか?
中村:やはり実際に起こったことは「学び」になるという点だと思います。生きる上での参考というか。自分とはまったく関係ないことを「知る」というのももちろんですし、自分に共通する部分を見つけ出してそれを実際に体験したかのような感覚を味わうのも面白いですよね。
世の中にはよく「現在の問題ではあるが、事の発端はもっと昔」ということがあります。ニュースはどうしても「今、何が起きているか」だけを伝えますが、それだけでは足りません。そういう時こそ古いノンフィクション本を辿れば、過去と現在がつながって理解できるようになったりします。むしろニュースを「起きた事」の確認だけで終わらせるのではなく、「この背景に何かあるかもしれない。遡ってみるか」とシグナルにしてもらえたらうれしいですね。
――それにしてもそんな深掘り情報が、書籍を購入したら2000円くらいで手に入るわけですよね。
中村:安いですよね(笑)。本当にいろんな学びがありますし。ただ学びすぎると「どうしていいのかわからない」という状態にもなるんですが…やはり考えるプロセスというのが重要なのだと思います。そしてシンプルに自分にできることはなにか、SNSでシェアするのでもいいし、募金をするのでもいいし、結構単純なアクションを取れたらいいですよね。
――最後に、今後はこの賞をどう育てていきたいでしょう?
中村:紙媒体の発行部数が減ってノンフィクションを発表する場も減ってしまう中では、著者の意欲が削がれてしまいます。ネット企業としてはもう少し発表機会を補完していきたいですし、もっと反響が集まって、制作意欲が高まって、よい作品が生まれるといったサイクルをまわしていきたいですね。そのために微力ながら取材や執筆の支援をしていくこと、そして「Yahoo!ニュースで世の中のさまざまな課題を伝えて次のユーザーの行動につなげていく」というコンセプトを、著者や出版社と一緒に達成していきたいと思っています。