1日300キロを走り、15年で延べ4万人を乗せてきたタクシードライバーのリアル『タクシードライバーぐるぐる日記』
公開日:2021/11/23
社会人になってからタクシーを利用する機会が増えた。飲み会で終電を逃したときや、大事な待ち合わせに遅刻しそうになったとき、最後の「頼みの綱」としてタクシーを“発動”する。長距離の場合は多少フトコロが痛むものの、時間短縮と移動の快適さは本当にありがたい。
日頃からお世話になっているし、乗車中に軽く雑談することもある。だが、ドライバーの方の人生を深く知ることはない。どうしてタクシー業界を選んだのか。どんな風に働いているのか……。本書『タクシードライバーぐるぐる日記――朝7時から都内を周回中、営収5万円まで帰庫できません』(内田正治/フォレスト出版)は、そんなドライバーたちのリアルを知ることができる本だ。著者の内田正治さんは、50歳でタクシードライバーに転身。以来65歳まで15年間ドライバーとして働き、1日約300キロを走行、延べ約4万人のお客さんを運んできた。内田さんにはどんな景色が見えていたのだろう?
よく聞かれる質問「どうしてタクシー運転手になったんですか?」
内田さんのように、50歳からタクシードライバーを始める方は珍しい。お客さんからも、よく理由を訊かれるらしい。内田さんは、50歳までは日用品・雑貨の卸業をやっていた。父親の事業で将来は自分が後を継ぐつもりだったが、バブル崩壊で父親が株で大損。会社が倒産に追い込まれてしまったという。
だが、老いた両親と、大学に通う息子を養わなくてはならない……。そこで飛び込んだのが、特別な資格などを必要としないタクシードライバーの世界だった。この話をすると、お客さんの反応はさまざま。同情してくれる人もいれば、「他人の不幸は蜜の味」とばかりに、しつこく尋ねてくる人もいるそうだ。こんなところにも、人間の本質が見え隠れする。
コロナ禍での売り上げはどんなに頑張っても3万円
タクシードライバーは、どんな働き方をしているのか。本書を読む限り、やはりこの仕事は体力勝負だ。内田さんの場合、勤務日は1カ月12回、1回の勤務は18時間。早朝に出発し、5万円ほどの売り上げを目指して都内を走りまわり、深夜に帰庫する生活を繰り返す。
ドライバーの給料は、1日の売り上げの約60%だ(会社によっても異なるらしい)。たとえば、1日5万円の売り上げがあれば、ドライバーの取り分が3万円、12回出勤で月の給料は36万円になる。がんばった分もらえるやり方ではあるが、世の中の状況にも左右される。コロナ禍では、都内のタクシーの稼働率は前年比で35%程度に落ち込んだ。成績優秀なドライバーが1日駆け回っても、3万円ほどの売り上げがザラな状況だという。
「その筋の人」「ソープ嬢」…タクシーならではの乗客たち
タクシードライバーならではの、珍しいお客さんのエピソードも多数語られている。たとえば、「その筋の人」。路上で手を上げている男がいくら怖かろうと、目が合ってしまえば知らないフリをするわけにはいかない。ある日、内田さんは、その筋の人から「上野に行け」という指示に受ける。雑居ビルの前に停車すると「何か問題あっても動くんじゃねぇぞ。ここは俺のシマだからトラブルになったら、そこの店にいるから知らせに来い」と言い残してビルの中へ……。結局何も起こらなかったそうだが、こんなに落ち着かない待機時間はないだろう。
内田さんが働いていたエリアでは、吉原関係者が多く「ソープ嬢」を乗せることもよくある。吉原までの道中、変わった要求をしてくる常連さんのことや、仕事の愚痴を赤裸々に話してくれることもあるという。タクシードライバーでもソープ嬢でも「お金を払っているからと言って威張っている奴」がムカつくのは変わらないようだ。それでも、日々に楽しみを見つけながら生きている。
本書ではほかにも「典型的詐欺師」「助手席に乗り込む、うるんだ瞳の彼」など気になるお客さんのエピソードが載っているので、ぜひ読んでみてほしい。さまざま事情を抱えた人が乗り込むタクシーという密室は、社会の縮図だ。内田さんの語り口は、タクシードライバーという仕事を美化するでもなく、卑下するわけでもない。ただ、ありのままを私たちに伝えてくれる。
文=中川凌
(@ryo_nakagawa_7)