『鬼滅の刃』の舞台「大正」ってどんな時代? さまざまな疑問について、スタディサプリの人気講師・伊藤賀一さんに聞いた!
更新日:2021/12/6
『鬼滅の刃』の大ファンという、リクルートのオンライン学習サービス「スタディサプリ」の人気社会科講師、伊藤賀一氏。“日本史のプロ”の目線から、作品の舞台である大正時代のことを中心に、『鬼滅の刃』ヒットの秘密に迫ります。なぜ「無限列車編」は、電車ではなく蒸気機関車なのか? “鬼”という世界の共通概念を敵にしている『鬼滅の刃』の勝算など、大ヒットも納得の要素が本作には数多くありました。
取材・構成・文=成田全(ナリタタモツ)
※TVアニメ『鬼滅の刃』遊郭編以降のエピソード、物語の結末についての内容がありますので、先の展開を知りたくない方はネタバレにご注意ください!
【総論】“大正”とはどんな時代なのか?
大正時代の特色は「日本が一旦、一段落している」ことです。
江戸時代末期、日本は欧米から不平等条約を押し付けられましたが、明治になってから日清・日露戦争に勝ち、明治44(1911)年に条約改正が達成されるんです。これで欧米と五分五分の関係になりました。その翌年、明治45(1912)年7月30日に明治天皇が亡くなり、大正時代に入るのですが、明治維新を率いたカリスマである明治天皇は幕府、そして日清・日露戦争にも勝って、生涯無敗の神様のような存在だったので、時代の区切り感がすごかったんですね。なので大正は「新時代が来た」という感覚があったんです。
「大正デモクラシー」という言葉があるように、大正時代には第一次護憲運動や普通選挙、政党政治といった市民的自由を求める動きや、新聞や雑誌などのマスコミが発達しました。また明治44(1911)年に雑誌『青鞜』が出て、平塚らいてうや、その後の市川房枝などの職業婦人や「モダンガール」と呼ばれる女性たちが世の中に出てきた時代でもあります。『鬼滅の刃』でも胡蝶しのぶ、甘露寺蜜璃という女性の「柱」(※1)がいますが、こうした時代背景から考えると、柱9人の中で女性が2人、そして最終決定権は男系が代々家を継いでいるお館様にある、というのも大正時代らしい設定と言えるでしょう。ただ「デモクラシー=民主主義」とはいっても、天皇主権の大日本帝国憲法という旧憲法の枠内であり、家督は長男が単独で相続するもので、上下関係や序列は厳しく、しがらみもあり、当時の社会で女性は“法的無能力者”とされていました。
(※1)鬼殺隊の中で最も位の高い剣士)
『鬼滅の刃』は大正前期のお話ですが、当時は第一次世界大戦中で、日本は大戦景気です。ただ景気がいいとはいっても、もともとお金を持っていた人がさらに儲かり、成金が増えただけ。お金を持っていない人はそれほど得をしなかったので、大正7(1918)年に米騒動が起きるなど、格差が拡大していく時期だったんです。さらに米騒動と同じ大正7年からはスペイン風邪が大流行しました。お金を持っていた人は株や仮想通貨で儲かったものの、それによって物価が上がり、お金を持っていない人は前よりも生活がしんどくなった現代のアベノミクスや、新型コロナウイルスのパンデミックと同じような状況なんです。
このように大正時代全体は今の時代と似ていて、他にも国民的政治運動であった第一次護憲運動で桂太郎内閣を引きずり下ろしたり、海軍が関与した汚職であるジーメンス事件があったり、桜島の大噴火や関東大震災などの自然災害が多発しました。しかもそれらを新聞などのマスコミが報じるので、一般大衆もみんな知っていたんです。情報を得て、大衆が責め立て、偉い人が倒されるという下剋上的な動きがあるのも、現代社会と似ていると言えるでしょう。
大正時代後期になると日本はだんだんと暗い時代に入っていきますが、それは【各論】6 鬼殺隊除隊後の炭治郎たちを待ち受けている時代でご説明します。では各論へ入っていきましょう。
【各論】1 竈門炭治郎の家業が「炭焼き」だったのはなぜか?
炭焼きは昔からある仕事ですが、かなり特殊な職業です。大正時代ともなれば山奥で時代遅れの仕事をしている家だと言っていいでしょう。この時代、都市部では電気やガスが普及し始めていましたが、郊外や農村では石油ランプや囲炉裏を明かりとして使い、煮炊きには薪を使っていました。
「炭は?」と思う方もいるでしょうが、実は炭というのは高価なもので、火が綺麗に燃え続けるものをわざわざ購入するのはお金がある家でした。また常に一定の熱量を発生させる炭は、料理店や刀鍛冶といった特定の職業などニーズも限られています。その代わり、いつも炭を買ってくれる固定客はいたでしょうね。
大正時代、都市部以外に住むほとんどの人は農業・林業・漁業といった第一次産業の従事者でした。そんな中で「炭焼き」をわざわざ竈門家の家業に設定したのはなぜか? それはおそらく「昔からずっと続いている家」という設定が欲しかったのだろうと思います。人里離れた場所で、しかも新規に始める人がほとんどいない特殊な仕事である炭焼きをする家であるからこそ、一子相伝の「ヒノカミ神楽」と耳飾りが代々伝わっているという話に信憑性が生まれるんですね。
【各論】2 「無限列車編」は、なぜ電車ではなく蒸気機関車なのか?
興行収入400億円を超え、日本歴代1位となる大ヒットを記録した『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。この作品の舞台は蒸気機関車でした。なぜ電車ではなく蒸気機関車だったのか? その理由は「電車が普及していなかった」ことと「電気の長距離送電が新しい技術だったから」です。
明治28(1895)年、京都で路面電車(京都電気鉄道)が走ったのが電気鉄道の始まりです。しかし電車が発達したのは市街地のみ、長距離の鉄道は蒸気機関車が担っていました。都市部以外では電気を安定的に供給できなかったためです。
第一世界大戦中、猪苗代第一発電所が日本で初めて長距離高圧送電に成功しましたが、まだまだ新しい技術でした。ちなみに蒸気機関車は昭和51(1976)年まで使われていたんですよ。また鉄道は軍事輸送にも使えるため延伸された、という背景もあります。
【各論】3 世界の共通概念である“鬼”
「鬼」という存在、考え方というのは世界中にあって、ヨーロッパの人が見ても、アフリカの人が見ても、「鬼=敵、悪いもの」であることがわかります。鬼を見てそれが何かわからない人は、地球上にはいないんですね。例えばヨーロッパにはオーガ=大鬼、トロール=中鬼、ゴブリン=小鬼がいる。日本でも奈良時代に編纂された歴史書『日本書紀』にはすでに鬼のことが載っていて、形態も大鬼、小鬼、夜叉、鬼婆などいろいろなバリエーションがあります。
鬼というのは全世界の人が共通して持っている、ユング心理学におけるアーキタイプス(元型)のひとつで、母なるものを指す「グレート・マザー」という存在でもあります。母は子どもを慈しみ育みます(慈母)が、逆に抱え込んで自立を妨げ、飲み込んで死に至らしめる(鬼母)という二面性がある。鬼子母神や山姥などがそうで、恐ろしい鬼になったのには「理由」があるわけです。
また「鬼がどこにでもいる」という設定も凄いんですよ。鬼という存在は、自然災害や疫病を擬人化したものです。何の前触れも、情け容赦もなく来るのが地震や台風、パンデミックであり、特に日本は自然災害の多い国ですから、誰しも害に遭う可能性がある。単行本の21巻で鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)(※2)も自ら「私に殺されることは大災に遭ったのと同じだと思え」「天変地異に復讐しようという者はいない」と言っています。
(※2)禰豆子を鬼に変えた者で、炭治郎の宿敵。普段は人間のふりをして暮らしている
鬼という世界の共通概念を敵にしているのが『鬼滅の刃』の優れたところです。戦いを描く作品で、読者が「この人は敵? 悪い人?」と引っかかったり疑ったりしたら、物語は成立しませんし、当然世界的ヒットにもつながらないですよね。ちなみに鬼を倒す「柱」は、神仏を数えるのに用いる言葉です。こういう言葉のセンスもとてもいいんです。
【各論】4 炭治郎が見つけた刀は“古刀”だった
刀は明治9(1876)年に廃刀令が出たため、『鬼滅の刃』の時代は軍人と警察官だけが持っているものです。しかも日本刀ではなく洋刀のサーベルであって、日本刀は観賞用、そして当時は輸出品として重要なものでした。
刀は弥生時代前期頃(このときは青銅製)から作られているのですが、『鬼滅の刃』でも出てくるような「玉鋼」から刀が作られるようになったのは、実は江戸時代からなんです。それ以前の刀については、製法の資料が残っていないのでどうやって作っていたのかわかっていないんですね。なので慶長(1596~1614年)以前の刀を「古刀」、それ以降のものを「新刀」と呼んでいます。炭治郎は「刀鍛冶の里編」で戦闘用の絡繰人形「縁壱零式(よりいちぜろしき)」から出てきた刀を使うようになりますが、人形は戦国時代に作られたものですから、おそらくこれは古刀でしょう。
また戦=刀と思いがちですが、源平合戦の頃だと弓馬が中心で相手を組み伏せて短刀で首を切る、という使われ方をしました。そして戦国時代はほとんどが槍か鉄砲です。戦場にはたくさんの人がいますから、1対1で刀で戦うという場面がほとんどない。人と人が向き合って1対1で剣術で戦うというのは、平和になって道場ができた江戸時代からなんです。
刀を使っての戦いが見直されたのは、明治10(1877)年の西南戦争です。このとき最大の激戦地であった田原坂の戦いで、抜刀隊による銃剣や刀での攻撃が効果的だったんですね。鉄砲のような飛び道具を使い切った後は肉弾戦になりますが、これが後の日清・日露戦争でも有効で、明治末期以降「根性と剣でなんとかする」という価値観が見直されたところがあるんです。
伊藤賀一の小ネタ
日本刀は戦いのための武器ですが、家宝として飾って愛でる「観賞用」の意味合いが強いものでもあります。時代劇などで刀身に大きな耳かきのようなものでポンポンとやるシーンを見たことがあると思いますが、紙を口にしてますよね? 実はあれ、刀身にツバが飛ばないようにしているもの。知らない間に飛んでしまうと、錆になってしまうんです。そのくらい、大事に扱われる工芸品なんですよ。
〈プロフィール〉
伊藤賀一(いとう・がいち) 講師、著述家。1972年京都府出身。リクルート「スタディサプリ」などで社会科講師を務める。専門は日本史で、世界史、地理、公民、倫理なども担当、さらにマンガやプロレス、お笑い、アイドルなど幅広い分野の知識を誇り、『笑う日本史』(KADOKAWA)などでその特質を披露している。近著に『残酷な世界でどう生きるか 「進撃の巨人」の言葉』(総合法令出版)、『学習版 日本の歴史人物かるた NEW』(幻冬舎)など。