「ホラー映画の中で暮らしているようなもの」バンドマン以上にバンドマン!? な吉本ばななさん×SUPER BEAVER 渋谷龍太さん対談

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/1

 2020年、結成15年の節目にメジャーレーベルとの再契約を果たしたロックバンド・SUPER BEAVER。そのボーカルの渋谷龍太さんを、熱烈に支持している人物がいる。押しも押されもせぬ人気作家、吉本ばななさんだ。

『都会のラクダ』(渋谷龍太/KADOKAWA)

 SUPER BEAVERの軌跡をたどる自伝的長編小説『都会のラクダ』(渋谷龍太/KADOKAWA)が発売されるタイミングで行われたこの対談は、吉本さんが、渋谷さんのお父様のお店「中国料理 昇龍」を訪れたことをきっかけに実現した。バンドのフロントマンと小説家の意外な共通点とは? ふたりはいったい、どのように物語を生み出しているのだろう? お話をうかがった。

(取材・文=三田ゆき 撮影=平岩享)

「俺だけじゃダメなんだ」。今の時代に見失われがちな、それこそが“バンド”

――吉本さんが、SUPER BEAVERや渋谷さんのことを知ったきっかけは?

吉本ばなな(以下、吉本):まず、私の友達が、SUPER BEAVERのことをすごく好きになったんです。2020年の春、コロナの影響で、SUPER BEAVERのライブも中止になったころだったかな。その友達から、「すべてを聴いて!」って、「ISUZU」のトラックの歌を渋谷さんが歌ってるのまですべてが送られてきて(笑)。

『都会のラクダ』も読ませていただいたのですが、渋谷さんと私には、いろんな共通点があるなと思いました。私、小学校のころにオフコースを聴いたとき、一曲すごく好きな曲があって、「音楽ってすごい!」と感じたのですが、「こんなふうに感じる人は、ほかにはいないのかな」とも思っていた。だから、『都会のラクダ』に同じようなことが書かれていたことは、すごくうれしかったですね。それから、私は音楽プロデューサーに親しい人が多く、業界の裏も表も知っているから、「よくがんばったなあ!」とも思いました。すごくいい本でしたね。

渋谷龍太(以下、渋谷):なんと光栄な……ありがとうございます。

吉本:渋谷さんについては「こういう顔をした人はこういう曲を作らないと思うんだけど、どういうことなんだろう」という印象がいちばん強かったのですが、こうしてSUPER BEAVERや渋谷さんのソロの作風を知っていくと、「渋谷さんがこんなふうに歌えるのは、好きな人が作った曲だからなんだな」ってわかったんです。バンドって、「自分でできないことも、ほかの人とならできる」を実現できるものだよね。「俺が作った俺の歌、俺の歌詞を、みんなで演奏してくれ」ということじゃない。今、一番見失われていることだと思うけど、「俺だけじゃダメなんだ」という、それこそがバンドだと理解できました。

――『都会のラクダ』はドキュメンタリーふうのタッチでしたが、どこまでフィクションなのですか?

渋谷:実際のできごとを抜き出してきて、少し強めに書いている感じです。1だったものを5みたいに書くなどはしていますが、0だったものを1あるように書いているところはありませんね。

吉本:そのさじ加減もうまいし、文章も本当にうまいよね。

渋谷:すごい、どうしよう(笑)。ありがとうございます。僕、吉本さんのご本は、『キッチン』(角川書店)や『うたかた/サンクチュアリ』(新潮社)など、高校生のときにたくさん読んでいて。まさか、こうしてお話をさせていただく機会があるなんて……しかも、その吉本ばななさんが、僕の本を「いい」って言ってくださるなんて! 父ちゃんから「吉本ばななさんがお店に来たよ」って連絡をもらったときも、「いやいやなにを言ってるんだ、吉本ばななさんがウチに来るわけねえだろ」と(笑)。とても信じられなかったのですが、やっと実感が湧きました。

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「吉本さんは、僕よりよっぽどバンドマンだと思います」

――おふたりのご著書からは「正直であることに誠実でいたい」という共通のスタンスを感じます。その姿勢を守っていくために、心がけていらっしゃることはあるのでしょうか。

吉本:少し前は、みんなコロナだなんだであまりにも元気がなかったので、「元気になるようなことを言ったほうがいいかな」と思っていたんです。でもその心がけって、あまり役に立たないどころか、マイナスに働いてしまった気がしますね。もっとふつうに、「だめだ」「どうしようもない」と言ったほうがいいんだなと、この時代の、この瞬間は心がけています。そういう気持ちを自然に出していって、自然に伝わるところだけ見ていこうって。

渋谷:「誠実である」というのは、僕も大事なことだと思っています。でも僕、今日こうしてお話をさせていただいていると、吉本さんほど立派な“感覚のアンテナ”は持っていないような気がするんですよね……。

吉本:そうですか? そうは思えないけどなあ。

渋谷:いえ、吉本さんは、いろんなバンドマンと比較しても、すごい感覚のアンテナを持っていらっしゃる方ですよ。自分の感覚や感性で、進む方向をスパッと定められる人というのは、バンドマンの中にもそうそういない。素敵ですし、憧れます。でも、僕にはそういったアンテナがないから、「誠実である」ということは、ある程度、「腹の中を見せる」ということにもなると思うんですね。僕はたくさんの失敗をしてきましたし、おそらく今後も、たくさんの失敗をすると思います。その失敗も、その瞬間は無理だとしても、のちのち自分の中で「あってよかった」と思える経験として消化して、糧にして生きてきた感覚がある。ですから、「誠実である」ということ以外に、僕はこの質問に対する答えを持っていないかもしれませんね。

吉本:でも、今の状況で「失敗」って、たとえばどんなことなんですか?

渋谷:たくさんあると思いますよ。僕らSUPER BEAVERは、2020年にメジャーに戻ってきましたが、その選択すら現状は結果がわからないわけです。今の時点では、きちんと人と人としてコミュニケーションを取り、ディスカッションをした上で、「きちんと仕事ができている」と感じられるすごくいい状態ですが、5年後、10年後にどうなるかはわかりませんから。もちろん、細かい失敗をすることもよくあります。「あと1曲やっときゃ今日のライブはもっとよかった」とか、「よけいなひとことを言わなきゃ、もっと楽しく終われたのにな」とか……僕、めちゃくちゃ失敗するタイプなので(笑)、そういう細かい失敗はひとつずつ糧にしていきたいと思うし、そんな失敗を積み重ねたとしても、大筋での失敗だけは絶対に選ばないようにしようと思っています。

吉本:私も、そうやって失敗、失敗でやってきたから、よくわかります。実際の感触がないと、わからないことなんですよね。

――失敗を乗り越えるときは、どんなふうに気持ちを保っていらっしゃるんですか。

吉本:私はね、基本的に、自分は「ホラー映画の中で暮らしているようなもの」だと思っているんです。だって世の中には、好きな人が死んじゃったり、交通事故に遭ったりと、恐ろしい事件があふれてるでしょ。子どものころにホラー映画を見たときの、「世の中って恐ろしいな」「私の生きている世界はまさにこれだな」という感覚が今でも続いているから、平和なことに対する渇望や憧れがあったり、よろこびを感じたり、そのメリハリが自分を救ってきたんだと思いますね。

 そんな状況で一番怖いのは、慣らされること。たとえば、どこかお店に入ったとき、「吉本さんが来たから」ということで窓辺の席を用意してくださったとしても、そのために見知らぬ誰かが「すみません、席を移ってもらえますか」と移動させられていたり、そういうのを見たりすることが、ボディーブローみたいに効いてくるんです。もちろん、悪気があってのことではないとわかっていますし、そういう事態に自分が気づかないという可能性もある。だからこそ、「待てよ、どうしていつもこの席が空いてるんだろう?」と、ひとつひとつ反応していたいですね。

渋谷:そうあるために、気をつけていることってありますか?

吉本:100部しか売れなかった本と、1万部売れた本、100万部売れた本があったとしたら、自分の中で優劣をつけるときには、部数でないものを基準にしたい。本当に売れない本でも、ひとりが「これを読んで自殺をやめました」って言ってくれたら、それでもう100万部の本より価値があるじゃないですか。そういう基準を、自分の中で見失わないように心がけていますね。でもそれって、容易いことじゃないんですよ。

渋谷:いや、おっしゃるとおりです。

吉本:ねえ。晴れた朝なんかに、「もう今日はどうでもいいや」とか思っていると、うっかり「やっぱり100万部のほうに寄せて書くか」ってことになっちゃう。でも、こうして取材を受けていても、「わかります、なるほど!」とうなずいてくれるライターさんが、お話しした内容とぜんぜん違うことを書いてきたり、「はい……はい……」っていう地味な反応だったライターさんが、すごい切り口の記事を仕上げてくれたりと、そういう“意外なこと”こそが世の中で一番楽しいことだから、そこは忘れたくないですね。

――渋谷さんは、失敗したとき、どうやって気分を立て直すのですか。

渋谷:僕、そうやって立て直すのが、ものすごく下手なんですよ。個人で解決できたことって、実はぜんぜんなくて。まわりに立て直してもらっていましたね。周囲の人に恵まれたことは、本当に財産だなと思っています。

 それから、さきほど吉本さんがおっしゃっていた「ホラー映画の中で生きている」という感覚、僕にもなんとなく共通しているんですよ。もちろん、そんなふうに言語化はできていませんでしたが、「全部が全部素敵なわけじゃないし、全部が全部キラキラしているわけじゃない」という感覚はありました。そんなふうに全部に期待するのは、かなり傲慢だなと思うタイプなんですよね。「起こり得ないだろ」と思っていたことが少しでも現実になると、誰かにとってはありふれたことでも、僕にとってはスペシャルに思えるというような……周囲に助けてもらっていたことに加えて、自分の中にある“ごほうび”の基準が、あんまり高くないんですよ(笑)。そういったそもそもの性質が必要なので、誰にでも応用できることではないかもしれませんが、自分で自分の機嫌を取りやすく、これまでやってこられたのかなと思います。

――「意外性を楽しめる」という点が、おふたりの共通項なのですね。

吉本:そこになにか、ロックなものがあるんでしょうね(笑)。

渋谷:吉本さんは、僕よりよっぽどバンドマンだと思います。

吉本:いや、渋谷さんよりバンドマンってことはないでしょう!?

渋谷:感覚的なものです!(笑)