「ホラー映画の中で暮らしているようなもの」バンドマン以上にバンドマン!? な吉本ばななさん×SUPER BEAVER 渋谷龍太さん対談

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/1

音楽における“武道館”みたいな、小説を書くことにおいての“山のてっぺん”

――おふたりにとって「物語」とは、どのように生まれてくるものなのでしょう。

渋谷:あ、それ、僕も聞きたいと思ってました。

吉本:テーマがね、じりじり自分に寄ってくるんですよ。それに関係するエピソードが、次から次へと集まってくる。「昨日もこの話聞いたな、今日もまた聞いたぞ。あれっ、またその話?」みたいにね。そういうことがなくなったら書くことをやめると思うのですが、35年間くらい、そうはなりませんでした。「テーマが寄ってきたらお話を書く」というのは、小さいころから続けてきたことですね。学校に行っても、授業はまじめに受けないで、こつこつ書いて。テーマって、私に選べるものじゃないんですよ。「書きとめておかないと」という感覚です。寄ってきたテーマを、ちょっとした寓話のようなひとつのものにまとめる、それしかできることがないので。

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渋谷:吉本さんのお話には、命にまつわる題材が多くありますよね。あの感覚って、いつからあるんですか。

吉本:私の実家は、動物をいっぱい飼っていたんですよ。それが次々に死んでしまうから、子どものころから命について、どこか儚い気持ちを持っていて。それに私、親が年を取ってからできた子だったので、「うちの親は、ほかの家の親よりも先に死んでしまうんじゃないか」という恐怖があったんだと思います。意外に長く生きてくれましたけどね。

渋谷:そうだったんですね。吉本さんのお話には、テーマとしてずっとそれが見え隠れしている気がしていたんですよ。命のことについて書いていらっしゃるお話はもちろん、そうじゃないテーマのときにもそれが見えるので、すごくおもしろいし、「なんだろう、これは」という感覚があって、うかがってみたいなと思っていました。

吉本:どんなものを書いていても「命」というテーマが見えるのは、やっぱり「今」は、「今」しかないと思っているからでしょうか。時間は流れていて、「今」と言って表せるものは、この「今」しかありません。その「今」というものを、小説という窓からのぞき込んでみると、無限の世界が広がっている──そういうイメージかもしれませんね。

 実は私、9年前、父が死んだ年に、母も亡くしているんです。そのとき、「これだけ経験したけれど、結局経験は、自分という幅でしかできない。『死ぬ』っていうのはそれよりもはるかに大きいことで、自分の幅で小さく切り取っても意味がないし、自分の幅で書いていいとも思えないし、もう書かなくていいかな」と考えていたことがあって。

 でも、3年くらい前に、死にかけていた親友を私が発見するというできごとがあったんです。その親友も、発見から10日ほどで亡くなってしまい、そのあとも、飼っていた犬や猫が立て続けに死んでしまった。「これはいったいどういうこと?」と考えたときに、命にまつわることは、自分の切り取り方であったとしても、書いたほうがいいんだなと思うようになったんです。親が死んでから10年くらいは、ちょっとテーマが大きすぎて、とらえきれなかったということなんでしょう。このテーマには、本当は歩み寄ってきてほしくなかったんだけどなあ(笑)。

渋谷:めちゃくちゃ歩み寄ってきてますね……でも、一般的な感覚だと、そういう経験をして、テーマがものすごいスピードで歩み寄ってきているのを感じたら、それを書いてみたいとか、書くべきだと考えるだろうなと思うんですよ。そこで、「これは一人称で書ける大きさのものじゃない」と思えるのはすごいですね。

吉本:結局は「私の考えた話」「私の感じた話」になっちゃうなと思って。でも、そういう経験って年を取るにつれて増えていくし、それに対してなんにもしないというわけにもいかない気がしたんです。最近やっと、少しずつ書けるようになってきましたね。

――渋谷さんの物語は、どのようなときに生まれるのですか。

渋谷:『都会のラクダ』に関しては、本当にあったことですからね(笑)。もちろん、僕たちのことを知ってほしいという気持ちもありましたが、自分たちの人生や歩みでも誰かをエンターテインメントにできたら最高だなという思いはずっとありました。それに、実際に書いてみて、ずっと僕の中にいるいろんな後悔や失敗に行き場所を作ってやるのも、大切なことだなと。「誰かになにかを伝えて『誰かのなにかになる』」ということと、「自分の気持ちの行き場所を作る」ということは、同時にできることなんだなと思いました。

 それに、たとえば武道館に立ったとき、ステージの上で「俺たちにとってここは通過点だ!」って言うのもかっこいいのですが、自分としては、「通過してどうすんだよ」と思うところもある(笑)。終着点にするつもりもないけれど、きちんと到達点のひとつとしてとらえることは、すごく大事だろうと。そういう過去も、ひとつひとつ意識して立ち止まり、振り返ることを習慣にしてはいるのですが、やっぱり「書く」となると、新鮮な気持ちでもう一度向き合えるものですね。今の心身の状態で過去を振り返ってみると、「ぜんぜん違うこと考えてるな、自分」と思います。おもしろいし、必要な経験でした。

――「次はこんなものを作りたい」というお考えは。

吉本:もうすぐ本になる短編集『ミトンとふびん』があるのですが、それは今、渋谷さんがおっしゃった「武道館」みたいな、「ひとつの山のてっぺん」になるものだと思います。ひとつめの山は『デッドエンドの思い出』(文藝春秋)という短編集で、私が親と死に別れ、子どもを産むタイミングで、「今後は誘拐や殺人みたいな怖いことは書けなくなるんじゃないか」という気持ちで直しに直し、「もし書けなくなってもいいや」と出したものでした。そして、2つめの山のてっぺんが、今回の本。これまでは、どんなときも「書くことはやめません」と言ってきたけれど、「気が向かなければもうやめてもいいかな」という気分でいます。この本にだいたいすべてをこめることができたから、「自分、ここまで書けたらよしとしてやろうじゃないか」って。まあ、きっとまた書くとは思いますが……(笑)。

『ミトンとふびん』(吉本ばなな/新潮社)

 どちらかというと、「出し切ってもう次のことは考えられない」っていう、今の状態のほうが本当なんですよね。そう思える成長の仕方をしたと思います。今後は、3つめの山があるのか、それを登ることができるのか、そこまで寿命があるのだろうか……いずれにしても、これからのキャッチコピーは「バンドマンよりバンドマン」ですね(笑)。

渋谷:間違いないですね。僕のほうは、とくに展望ってないんですよ。こういう活動をしていると、2年くらい先のスケジュールまで決まっていて、ある程度のビジョンまで見えていますし。ここ10年くらい、「絶対にこの場所に立つんだ」「絶対に何枚売ってやる」みたいな、具体性を帯びた目標や展望が欠けている感覚はあります。でも、それよりも大きなビジョンを持ちたいなと。具体的な目標を持たないことって、はじめは自分に対しての逃げだったんですよ。でも今は、「絶対に去年より楽しい年にしてやろう」みたいな大きな目標を貫いていくことが、なかなかいい形でプレッシャーになってきていると思います。キッツい目標掲げちゃったな、って……心地いいですよ(笑)。

吉本:期待してます。ライブも行きます!

渋谷:ありがとうございます!

吉本ばなな(よしもとばなな)

1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。最新刊『ミトンとふびん』が12月22日に発売予定。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

渋谷龍太(しぶや・りゅうた)

1987年5月27日生まれ。ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2005年にバンド結成、2009年メジャーデビュー。2011年レーベルを離れ、インディーズで活動を開始し、年間100本のライブ活動をスタート。大型フェスにも参加し、2018年には日本武道館単独公演を開催。2019年に兵庫・ワールド記念ホールと2020年1月には東京・国立代々木競技場第一体育館で初のアリーナ単独公演を開催。チケットを即日ソールドアウトさせる。結成15周年を迎えた2020年4月にメジャー再契約。2021年、「愛しい人」がドラマ『あのときキスしておけば』(テレビ朝日系)の主題歌に、「名前を呼ぶよ」が映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用された。また、自身最大キャパとなるアリーナツアー「SUPER BEAVER都会のラクダSP〜愛の大砲、二夜連続〜」を日本ガイシホール、大阪城ホール、さいたまスーパーアリーナで開催。2022年2月23日(水)にフルアルバム『東京』をリリース。3月26日(土)から全国20カ所を回るホールツアー「SUPER BEAVER『東京』Release Tour2022~東京ラクダストーリー~」をスタートさせる。

SUPER BEAVERオフィシャルサイト
渋谷龍太Twitter/@gyakutarou
渋谷龍太Instagram/@gyakutarou