「聞く」から「聴く」へ。/ みの『戦いの音楽史』
公開日:2021/12/29
こんにちは、みのです。
ミュージシャンとして、ミノタウロスというロックバンドをやっています。それからYouTuberとして、チャンネル「みのミュージック」で敬愛する音楽やカルチャーについて語ったり、視聴者の皆さんからの音楽に関する疑問に応えたりしています。
「みのミュージック」ではこれまで、音楽の歴史を振り返る動画シリーズもアップしてきました。この本は、YouTubeで解説したロック史をベースに、動画では語り切れなかったことや、2021年の視点も加えて、20世紀のポピュラー音楽史として1冊にまとめたものです。
社会史とつなげば、音楽がスッキリわかる!
世の中はたくさんの音楽にあふれていますが、自分が好きなアーティスト、自分が好きなジャンル以外は食わず(聴かず)嫌いな人も多いのではないでしょうか。
歳を重ねると音楽への関心が薄れていく、とよく耳にします。日本レコード協会による「音楽メディアユーザー実態調査」の2019年度の報告書では、お金を使って音楽を聴く割合について年代別にリサーチしています。20代では54.4%と半数以上なのが、30代では44.6%、40代では36.7%、50代では33.7%、60代では23.2%と、年代が上になるにつれて減っていく傾向がわかっています。
おそらくこれまでに集めた好きなCDなどを楽しむ以上に、お金を払ってまで新しい音楽を得ようとしていないのではないかと思います。
「音楽を知る」というのは、誰かと出会って親交を深めていく過程と一緒だと思います。相手がどういう名前で、出身地はどこで、どんな性格で、どんなことに興味があるのかを知っていくうちに自分との共通点を見つけて、親近感がわいてくる––。音楽も、それぞれの出自や特徴、登場した背景や理由がわかってくると、第一印象から一歩進んで、意外な発見を得ることができます。
もちろん、「あのメロディが好き」「あのギターリフはかっこいい」と、感覚的に楽しむことがダメというわけではありません。でも、音楽の背景を深掘りすることで、もっと好きな音楽に出会える可能性があるのです。また、自分の好きな音楽に対しても新たな学びがあるはずです。
たとえば、
「この曲はイントロが2分もあって、歌い出すまでにどうしてこんなに長いんだろう」
「この人のラップは、どうしていつも過激なんだろう」
という漠然とした疑問を感じたことはありませんか? じつは音楽の歴史を知ると、そうした疑問への手がかりを見つけることができます。
「この曲のバンドはプログレだから、ハイカルチャーに挑もうという実験的な試みがある。まずは、現代音楽を聴くような心持ちで聴いてみよう」
「このラップは、アフリカン・アメリカンである彼の過酷な出自を表現しているんだな」
というように、名曲、名盤の“理由づけ”ができるようになるのです。それぞれの国の歴史やイデオロギーを知らないまま、現代の外交を理解しようとしても難しいでしょう。音楽も同じで、ポップスの歴史を知れば、今の音楽への共通点を見つけて、楽しむことができるはずです。
たとえば美術館で行われている展覧会を観に行ったとします。ただ作品を眺めるだけでも面白いけれど、「この絵はいいなあ。好きだなあ」と思ったとき、そばにあるキャプションにも目を通しますよね。
誰が、何年に、何を使って描き、その背景には何があったのかという解説を読むと、作品がグッと自分の方へ歩み寄ってくるように感じられます。さらにその作品が展示されているセクションの全体的な解説で、どういう時代に作られたものかを知ると、作品への理解はより味わい深いものになります。これは、1曲をじっくり楽しむことと、その曲が収められたアルバム全体の文脈を楽しむ、という音楽のアプローチにも通じると思います。
音楽、特にポップスは一つ一つの曲の背景を説明してもらえる機会は少ないし、学校で習うこともありません。あなたの親の若い頃に流行した曲も、当時の社会的な雰囲気も知らなければ、ただ曲を聞くだけになってしまいます。
音楽との向き合い方を知った中学生時代
私の中学生時代はお金もなく、田舎に住んでいたので、音楽にアクセスできる情報も限られていました。両手で数えられるくらいのアルバムしか聴いたことがなくて、でもとにかくロックが聴きたくて、そんなときに地元の小さな図書館でBBC(英国放送協会)が制作した音楽ドキュメンタリーを見つけたのです。
タイトルは忘れてしまったのですが、そのVHS10巻セットを各巻10回ずつは観たと思います。1巻につき約30曲が抜粋で流れるのですが、ただヒット曲を取り上げるのではなく、批評的観点で選曲されていました。今振り返ると、このドキュメンタリーとの出会いで、「背景を知りながら、音楽を楽しむ」という素養を得られたのだと思います。
教科書では1行ぐらいしか触れられていなかった歴史上の人物が、大河ドラマの主人公のようにすごく身近に感じられるようになる、そんな興奮を今でも憶えています。興味が出てくるとさらに知りたくなって、ついには聖地巡りをするようになる。音楽の歴史を知ると、皆さんのなかでもそれくらい積極的な変化が起きるはずです。
その音楽のどこがいいのか、どこが素敵なのかを相手に伝えられないもどかしさも、音楽の背景を知ることでレコメンドする糸口を見つけられるはずです。「パンクの演奏はなんでこんなに下手くそなんだろう。もっと上手い演奏のバンドを聴きたいよ」という知り合いに、「下手くそがそもそもミソなんですよ」と教えてあげられたら、相手は音楽に対して新しい発見が得られるでしょう。
20世紀は「音色」の時代
学校の音楽の授業で習ったことがある方もいるかもしれませんが、音楽の三原則は「リズム」「メロディ」「ハーモニー」。私はここに「音色」が加わったのが、20世紀の音楽だと考えています。音色には、レコードやテープといった音響を記録したり、複製したりする技術の発展が欠かせません。
19世紀までの音楽は、楽譜の再現が中心でした。超絶技巧をもつピアニストのリスト、ヴァイオリニストのパガニーニといった花形の演奏家もいましたが、ハンガリーやイタリアで行われた演奏会をイギリスで聴くことは無理なこと。ベートーヴェンの交響曲であれ何であれ、あくまで、地元のオーケストラや演奏家の演奏で聴いていました。つまり、ミュージシャンは楽譜を再現する人でしかなく、作曲家にフォーカスが当たっていたのです。
19世紀後半から20世紀初めにかけてレコードやテープが発明されると、人間の声や演奏を録音・複製できるようになり、拡散できるようになります。アメリカにいても、イギリスで演奏されている音楽を楽しめるようになりました。そうすると「この声はすごくドラマティック」「この人のヴァイオリンは華やか」といったように、演奏者の個性が注目されるようになるのです。
同じ楽譜を再現しても、歌手や演奏家によって違う音楽になる。それはまさに「音色」を楽しめるようになったということです。音楽をリズム、メロディ、ハーモニーの三原則だけで考えると、ビートルズの曲をジョン・レノンが歌っても、その辺にいる人が歌っても同じということになります(音程がジョン・レノンと同じくらい良いという前提ですが)。「カート・コバーンの声がいい」「ジミヘンのギターの響きはスゴイ」というように、20世紀以降の私たちはまさに「音色」を享受しているのです。
アコースティック・ギターはエレキギターになり、ピアノはエレクトリックピアノになりました。使われる楽器の電子化が進むと、やがて、ヴォーカルにエフェクトをかけたり、曲に効果音を入れたりといった、「音色」の部分で遊ぶ新しい考え方が生まれます。今では当たり前の多重録音や、録音したものを切り張りするといった音楽制作上の編集作業を可能にしたのもテープです。また、デジタルの時代になり、制作の自由度はより高まりました。
加えて、私たちの音楽の楽しみ方も変化します。インターネット時代のポップスを巡るさまざまな出来事についても、最後にまとめました。
過去を知れば、未来の音楽も楽しくなる!
ニルヴァーナの「カム・アズ・ユー・アー(Come as You Are)」は、アルバム『ネヴァーマインド(Nevermind)』からのセカンド・シングルとして1992年に発売された曲です。
この曲のギターリフは、キリング・ジョークが1984年に出したシングル「エイティーズ(Eighties)」のものと似ていると物議を醸しましたが、キリング・ジョークのギターリフもまた別の曲に似ています。さらにこの別の曲は、過去の別の曲に似ているなどと、遡ればキリがありません。これらを“パクリ”と言ってしまえば簡単ですが、大きくとらえれば、20世紀のポップスは黒人の音楽をその他の人種がパクってきた歴史ともいえます。ロックも、ブルースやR&Bから発展した音楽であると考えると、音楽は常に過去の音楽からの影響を受けていて、時代とともに継承されながら変化してきたのです。
これまで大切に聴いていた音楽への愛は、より深まるように。そして新しい音楽への冒険を恐れずに。それでは、ポップスの歴史を見ていきましょう!
(第2回につづく)