フィクション世界の“女”って、型が決まりすぎじゃない? 現実社会とのつながりを正面から描いたシスターフッド×GL漫画、『つくたべ』愛読者座談会
更新日:2021/12/15
『作りたい女と食べたい女』(ゆざきさかおみ:著)最新コミックス第2巻の発売を記念して、『つくたべ』愛読者による座談会を開催。料理が大好きな野本さんと、食べるのが大好きな春日さんが出会い、関係を深めていく本作を、フリーアナウンサーの宇垣美里さん、小説家の王谷晶さん、漫画家の椎名うみさんの3名に作品への愛を語っていただきました。フィクションにおける”女”の描かれ方、レズビアン当事者から見た『つくたべ』世界のリアリティ、無視できない現実社会とのつながり……。頷きが止まらない豪華座談会です。
■食べるシーンがセクシーじゃないことにホッとする
――みなさんの『つくたべ』との出会いから聞かせてください。
王谷:私はゆざき先生が個人でTwitterに公開されていた時期から拝読していましたね。元々ゆざき先生のBLコミックも読んでいたので、「今度は女ふたり、意外だな」と思っていたら、日常系のジャンルですごく革新的な話を描かれていて。「これは絶対に商業ラインに乗る!」と思っていたら案の定その通りになったので、よかったよかったと(笑)。
宇垣:私はComicWalkerの連載からかな、全部通して読んだのはコミックスの1巻が出たときだったと思います。もう本当に素敵な作品で。私自身、作品に出てくる「料理が得意なんていいお嫁さんになりそう」みたいなステレオタイプに「イーッ!」となるタイプなので、野本さんと春日さんが二人の“作りたい”と“食べたい”を浄化していく様子にすごく癒されます。
椎名:私は連載3話目くらいにTwitterで知って読み始めた記憶があります。『つくたべ』って読みながらずっと「ありがと~」って言っちゃうんですよね(笑)。グルメ漫画って流行りのジャンルではあるけれど、そこにただ乗っかっているわけじゃない。伝えたいテーマがしっかり組み込まれていて、説得力のある物語だなぁと。
宇垣:等身大の女性が描かれているのがいいですよね。私、春日さんのフォルムがめちゃめちゃ好きなんですよ……!
椎名:私も大好き!
宇垣:つねづね「どうしてフィクションのぽっちゃり女性はみんな“優しいお母さんキャラ”みたいにしか描かれないんだろう」っていう疑問が自分の中にあって。でも春日さんはあの体格の良さが母性と結びついているわけでもなく、「私太ってて……(照)」みたいに気にしている描写があるわけでもなく。
王谷:フィクションの世界にいる女の人って、めちゃめちゃ型が決められてるんですよね。野本さんと春日さんって、普通に道ですれ違ったりするけれど、紙や液晶の中ではほとんど見かけないタイプの人じゃないですか。無意味にエロくもないしフェチ的にも誇張されてない、本当に普通の女性って。
宇垣:そう、いないんです! あとフィクションの世界って、女性の食事シーンがエロく描かれがちじゃないですか。「性的に搾取されすぎでは?」というモヤつきがあったので、『つくたべ』でそこをフォローしてもらえたのが嬉しかった。春日さんがただただ一心不乱にご飯を食べているのを見ると、すごくほっとするんですよね。
性的な視線から解放されているのを感じるというか。女性って、どうしても女という機能としてしか描かれないことが多いから、「ああ、ただの人として扱ってくれてるな」って思うんです。
椎名:分かるう。本当にそうだから、泣きそうになっちゃいます。『つくたべ』って、守られてこなかった人たちを守ってくれる漫画なんですよね。「私たちは大切にされてよかったよね」っていうのを、テーマとして提示してくれる。
■守ってもらえない世界の中で「あなたを守る」と言ってくれた
王谷:女が普通の女っていうのもありますけど、レズビアンも本当に普通のレズビアンなのがいい。野本さんの実家問題とか、「不仲じゃないけど深いところまでは分かり合えない」みたいなところがすごくリアルで。ただ二人だけでおいしくご飯を食べて過ごせていれば最高なのに、それぞれに家族がいたり勤め先があったりして、絶対に社会と隔絶できないんですよね。妖精や妖怪みたいにファンタジックな存在じゃない。私たちと同じ、社会のしがらみの中で生きる普通の人間なんだということが立体的に描かれている。
宇垣:分かります。人間なんですよね。
椎名:こういう話って、社会の話を切っちゃって二人きりの世界にすることもできると思うんですよ。そっちの方が簡単に夢を見られるし。でも『つくたべ』は本当に誠実に社会とのつながりを書いていて。野本さんが「自分はレズビアンだ」と自覚する16話、あれを読んで私泣いちゃって。冒頭にあった注意書きも含めて、すごく守られてるって感じた。
王谷:漫画で、しかも紙じゃなくWebで注意書きが出てくる作品ってこれまであまりなかったですもんね。あれはすごく誠実だし、ゆざき先生の勇気を感じました。
椎名:社会のことを書くのって、やっぱり痛みを伴う行為で。レズビアンの人とかも、やっぱり社会的に守ってもらえなかったと思うんですよ。そういう事実にスポットライトを当てるとき、そこには必ず怒りがあるはず。その怒りはすごく大切で尊いものなんですけど、『つくたべ』は読んでいると……怒りがこちらにぶつかってこない。澱が濾過されて、最初の「怒りの原石」だけが残っているような形になっている。その原石って、悲しさとか「大切にされたかったな」って気持ちとか、すごくシンプルな想いのはずなんですよね。
宇垣:分かります! 私も野本さんがひとりでうどんを食べるシーン、すごく泣けてくると思いながら読んでました。課されてきたものを飲み込めなくて、でもその怒りを何かにぶつけるんじゃなく、噛みしめて、決心して、飲み込んで……っていう過程がすごく温かくて。こんな瞬間が私にもあったはずだし、きっと他の人にもあった。同時に、その機会を奪われてきた人もすごくたくさんいるだろうとも思ったら、もう。
椎名:この世界って、あんまり守ってもらえない場所じゃないですか。「ここは怖いところだから仕方ないね」って。でもゆざき先生は「私はあなたを守りに来たよ」って言ってくれる。不意打ちみたいに純度の高いものと出会ってしまって、「あ、私は守られたかったんだ」って気づいて……だから泣いちゃうんです。
王谷:うん。ゆざき先生はかなり早い段階で「これはレズビアンの話です」と明言してくださっていて、私はそれが本当に嬉しかったですね。16話の野本さんじゃないですけど、ちょっと前までは本当に「レズビアン」って検索するとエロ動画しか出てこなかったりで、当事者が得られる情報がかなり少なかったんですよ。だからこの時代に『つくたべ』が面白い漫画として存在しているというのは、おそらくゆざき先生が考えてらっしゃるよりも多くの女性、とくに若い女の子たちを救っているだろうなと思います。「自分の若い頃にこれがあったらな~」とすごく感じるので。
■凹まされてばかりのフェミニストを励ましてくれる漫画
椎名:私は『つくたべ』を最初に読んだとき、「新しいな」というより「これを待ってたでしょう、みんな」という気持ちになりました。これはみんながずっと読みたくて、だけどなかなか出てこなくて、やっと来てくれた漫画だって。
宇垣:私も思いました。「みんな絶対好きでしょ」って。それこそ“機能としての女”じゃないけど、「私たちも人間なのですが」と思うことが世の中にありすぎて。『つくたべ』では本当に女性が“ただの人”として描かれているから、「みんな早く見つけて、ここに人間扱いしてくれている場所があるよ」って気持ちになるんだと思います。
王谷:あとは、つらいところがきちんと描かれているのと同時に、希望も示されているのがすごくいいなと思うんですよ。象徴的なのが、定食屋さんのご飯の話。あれは一軒の定食屋さんの話だけど、ゆざき先生はおそらく「世界もそういうふうにアップデートされたらいいよね」という感じで描かれたと思うんですよ。ああいうささやかな希望があるところが、やっぱり読んでいて癒される。反差別系のことやフェミニズムのことをやったりしていると、正直凹まされることが9割くらいなんですけど、「5年、10年前から見たら絶対に進んでいることもあるんだから、元気を出そう」という気分になれる。
宇垣:やっぱり今『つくたべ』が受け入れられているのって、社会がそこまで成長してきた、アップデートされてきたという面もあると思っていて。今まで「だってこういうものでしょう」という空気に口をふさがれてきた、そういう人たちが「声を上げてもいいんだ」と思える作品だなと。
椎名:そう、本当にそう。「この作品が愛される世界でよかった~!」ってなるんですよねぇ。
王谷:嬉しいですよね。『つくたべ』がヒットすることによって、今後こういう作品に挑戦する若手の作家さんとかもどんどん出てくるんじゃないかなぁ。たぶん今創作をしている人の中にも「そんなにエロくもないレズビアンの話を書いてもいいんじゃね?」と思っている人が絶対いるはず。なんならもう書き始めてるかもしれないし。
宇垣:出てきてほしいですよね。
椎名:うう、『つくたべ』って嘘のない漫画で、本当の気持ちで向かってきてくれる作品だと思うから、こうやってお話しできて嬉しい。本当の気持ちで喋るのも、守られてるって思える場所じゃないとできないから。
宇垣:読んでいて刺さったところって、これまで自分が傷ついてきた部分でもある。『つくたべ』はそれを「悲しかったんだな」って認めさせてくれる作品だと思うんですよね。今日は、好きな方たちと好きなものについて語ることができて、とっても楽しかったです!
王谷:楽しかったし、なるほどなと思うことがたくさんありましたよね。すごく色々話したくなるというか、この先もみんなでワイワイ言いながら読み続けられる漫画だろうなって、改めて思いました。
取材・文=餅井アンナ