歪な家族をテーマに一穂ミチさんが綴った『スモールワールズ』「“私、めちゃくちゃ普通なんで”と言っている人ほど話すとけっこう変わってる」

小説・エッセイ

公開日:2021/12/23

『スモールワールズ』 書影

どんなに付き合いが長くても、家の中での顔は決して見えない

(取材・文=立花もも 撮影=首藤幹夫)

 歪な家族をテーマに書いてください、と言われ、歪ではない家族なんているんだろうか、と思った一穂さんが、箱庭のような小さな家族の世界を描きだした『スモールワールズ』。読み心地はもちろん文体もすべて変えて読者に差し出された6編は、BLの分野で活躍してきた一穂さんにとって初の一般文芸単行本だったにもかかわらず、その完成度の高さから直木賞と山田風太郎賞に、収録作『ピクニック』は日本推理作家協会賞短編部門にもノミネートされた。

「人はどうしても自分の生まれ育ちから逃れられなくて、たとえば箸の持ち方が悪いというだけで“育ち”を疑われてしまったり、逆に上品にしているだけで親御さんのしつけがよかったのねなんて言われたりする。経済的に恵まれた家庭のほうが可能性にも恵まれやすいという面も含め、よくも悪くも完全に断ち切ることはできない血の繋がりというものを、できるだけ印象の違う短編に変えて、皆さんにお届けしてみよう、と思いました。商品を陳列するようなイメージですね。並べておけばそのどれかは、気に入って手にとってくださるかもしれない、と」

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 最終話「式日」に〈誰の人生だって、激動だよなあ。〉というセリフがある。夫婦円満を装う「ネオンテトラ」の主人公、豪快で潔い「魔王の帰還」の姉、はたから見れば悩みなんて一つもなさそうな人たちにだってその人なりの激動があるのだということを、本書を通じて一穂さんは描きだす。

「うちなんか全然普通だよ、ってみんな言うんです。でも話を聞いていると、子どもが学校に行ってないとか、結婚したら子どもをつくる約束だったのに拒絶されているとか、ぽろっとこぼれた言葉に深刻なものが垣間見えることがある。ふだんは優しくて穏やかな人が家族の問題に話題がかすったとたん、急に険しい表情を浮かべ、冷たい言葉を吐き捨てるのを見て、何とも言えない気持ちになったこともあって……。付き合いの長い人であっても、家でどんな顔を見せているのか、家族の内側というのはびっくりするくらい他人にはわからないものなんだなと思います」

 だからこそ、その人の決断に誰も口出しすることなんてできないのだ、ということも一穂さんの作品では描かれる。家庭に恵まれない少年と出会い、薄暗い欲望を育てた「ネオンテトラ」の主婦も、自分の兄を死なせた受刑者と切実に手紙のやりとりを続けた「花うた」の女性も、選んだ道のよしあしを決めるのは彼女たち自身なのだと。

「けっきょくは自分で決めて選ぶしかないんだ、ということを『スモールワールズ』に限らず、ずっと書き続けている気がします。だから私、相談シーンを書くのが苦手なんですよ。もちろん誰かの言葉に背中を押されることって生きていればたくさんあると思うんですけど、“どう思う?”みたいに相手に答えを委ねるようなやりとりは、うまく書けなくて。“いや、自分で決めろよ”って内心でツッコんじゃうんですよね(笑)。でも、だからこそ……主人公たちが辿りついたラストにはどんなものであれ納得せざるを得ない。だって自分の人生を生きるのは、自分だけですから。この小説を読んで希望と絶望のどちらを見るかは、人によって異なると思うんですけれど、『式日』を読み終えたときもう一度『ネオンテトラ』に戻りたくなるような仕掛けはしているので、閉ざされているけれど世界のどこかで繋がっている、小さな世界の循環を楽しんでもらえると嬉しいです」

 短編だから文体に挑戦しながら走り抜けることができた、という一穂さんが次にお届けするのは『パラソルでパラシュート』。契約社員としての更新終了を控えた女性が、売れないお笑い芸人に出会い、彼の住むシェアハウスで人生の新しい扉を開いていく物語。書きおろしの長編である。

「ここ数年、私がお笑いにハマっているのと、家族と同じように“私、めちゃくちゃ普通なんで”と言っている人ほど話すとけっこう変わってること多いよな、と感じることが多いので、そういう女の子を主人公にしてみました」

〈言ったじゃない。笑いだけが個人の不幸を救えるんだって。だから、わたしはわたしを救いたかったのにうまくできなかった〉。そんな主人公のもがきは、自分の人生は自分で切り開くのだという一穂さんの想いにも重なる。

「私は自分の書くものを、たぶん変えようと思っても変えられない。なのでお口に合いましたらぜひ、という気持ちで、これからも自分なりのペースで、書き続けていきたいと思います」

 

一穂ミチ
いちほ・みち●2007年、『雪よ林檎の香のごとく』で小説家デビュー。BL小説を中心に活躍し、劇場版アニメ化された『イエスかノーか半分か』や「新聞社」シリーズをはじめ著作多数。さまざまにノミネートされ注目が集まっている現状については「なんだろうってまだ実感がありません」という。