『ひとまず上出来』『定額制夫のこづかい万歳』『出会いなおし』編集部の推し本6選

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/20

ダ・ヴィンチニュース編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

人生は二択です?『ひとまず上出来』(ジェーン・スー/文藝春秋)

『ひとまず上出来』(ジェーン・スー/文藝春秋)
『ひとまず上出来』(ジェーン・スー/文藝春秋)

 病院に行けば「まだ若いから心配ない」、先輩と一緒にいれば「まだ若いから~~」と言われ、これ、年上の人と交流している限り永遠に「あなたは若い」って言ってもらえるのでは? と思った私は明らかにエイジングを受け入れられていない。ジェーン・スーさんの『ひとまず上出来』(文藝春秋)は、そんな私にとって処方箋的な、喉に刺さった小骨のようなあれこれを見事にスーさんが言い当ててくれて、心が解される1冊だ。

 20代は「楽しそう」、30代は「幸せそう」、40代は「元気そう」と他人から思われたい。年齢によってどう見られたいかは変化すると話すスーさん。たしかに、誘われたらその時その場でしか得られない楽しみがあるはず…と、さも空白恐怖症かのように予定を埋めていた20代の頃を思い出したが、今や無理はしなくなったし、だんだん気力と体力の統制が上手になってきた気はする。

 ハンドソープは思い切って海外ブランドのAesopなどを使っているというスーさんは、高いが「贅沢をする価値があると、いまの私が判断しました」と記している。この「いまの私が判断しました」という一文にはっとした。ある問いがあるとして、別に過去と現在の自分の答えが同じである必要はなくって、“その時の私”の判断で生きていいのだ。はたまた「できるかどうかではなく、やりたいか、やりたくないか」を曖昧にすると周囲に好感は持たれるかもしれないけど、好感をもった人があなたを幸せにしてくれますかね? とスーさん。そうなんですよね。やっぱり好きであるスーさんが。

中川

中川 寛子●副編集長。12月一番の感動はビルボードライブで行われた加山雄三さんのライブ。ステージ間近で名曲を浴び3回涙がこぼれました。



今の自分はどんな感じ? 久しく顔を見ていない友人に会いたくなる『出会いなおし』(森絵都/文藝春秋)

『出会いなおし』(森絵都/文藝春秋)
『出会いなおし』(森絵都/文藝春秋)

 年齢が増えていくことに反比例して友人や知人と会う時間が少なくなっていく。特に家庭を持ったらなおさらで、学生時代にはほぼ毎日していた「ヒマ?今から遊ぼうぜ」といった誘い・誘われがもうない。そして最近はコロナの所為もあるが、友人と会った時の入りは「久しぶり」からだし、他愛のないバカ話というものも久しくしていない気がする。『出会いなおし』というこの本の表紙タイトルを見ていたらふとそんな自分の身の上を考えてしまった。本書は、出会いから別れ、そして再会を描いた6つの物語が収められた短編集。『出会いなおし』はその中の一遍で、あるイラストレーターの女性が過去に仕事をした男性雑誌編集者から、何年後かに再び仕事の依頼を受けて再会する話。恋愛話ではなく、なんてことはない人々が出会って別れる物語。だが、年を重ねて男と再会したとき、彼のキャラクターが大きく変化していたことに彼女は驚く。良くも悪くも、久しぶりに会った人に対して「こいつこんな性格だったっけ?」と感じることは確かに多いと気がついた。人間生きている時間が長くなればなるほど、吸収したり捨てたりするものが積み重なって変化する。再会というものは、知らなかった面、新しい面を知る、まさに「出会いなおし」。さて今の自分に対しては、久しぶりに会う人はどんなふうに印象の更新をしてくれるだろうか。年末年始だし、しばらく顔を見ていない友人と会って聞いてみようかな。

坂西

坂西 宣輝●街角の瀬戸物屋さんで値札に「残り1個」と書かれていたのもあり、勢いで小さな土鍋を購入。適当な食材をぶっこんで煮る程度にしか使っていないのですが、金属鍋と違って土鍋だとなんというか食事感が増しますね。料理は見た目も大切であることに今さら気が付いた冬のある日でした。


否が応でも自分のこづかい円グラフが脳裏によぎってしまう『定額制夫のこづかい万歳 月額2万千円の金欠ライフ』(吉本浩二/講談社)

『定額制夫のこづかい万歳 月額2万千円の金欠ライフ』(吉本浩二/講談社)
『定額制夫のこづかい万歳 月額2万千円の金欠ライフ』(吉本浩二/講談社)

『日本をゆっくり走ってみたよ』や『ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~』の吉本浩二さんが「こづかい制」で暮らす自身の生活や、同じようにこづかい生活をしている周りの人たちを描いたこのマンガ。ポイントカードの活用に命を懸けているような人、ランチに毎月のこづかいをほぼ全部投入する人、100円ショップにつぎ込む人、マイカーを自分の部屋にしている人など、人それぞれのこづかいの使い道が語られるのだが、毎回「わかる~」という共感の念と「何もそこまでやらなくても……」というドン引きの念が入り混じり、読みながら何とも言えない気持ちになっている(笑)。多くのエピソードで語られるのが節約術ではなく、あくまで個人の趣味嗜好に応じた自由なお金の使いかたというのが本作の唯一無二な部分だと思う。「こづかいの使いかた」すなわち「その人が大切にするもの」なのだ。

 毎回、ゲストのこづかいの使い道が円グラフで表示されるのだが、自分だったらどうだろうと思わず考えてしまう。正直言うと本作を読み始めた頃は、描かれる節約生活に「こんな人も居るんだな」と、ある種ファンタジーの世界を覗き見るような感じで読んでいたのだが、最近では他人事とも思えず、けっこう感情移入してしまうようになった。危険な兆候だ……と感じ始めている(笑)。

今川

今川 和広●ダ・ヴィンチの広告営業。最近、結婚しました。まだ「こづかい制」は回避できているのですが、いつ自分が本作の登場人物に取り込まれる日が来るのか、ヒヤヒヤしながら生活する日々です。