弟の突然の事故死…肉親を失った家族の絶望と再生を描く、実録コミックエッセイ『16歳で帰らなくなった弟』

マンガ

更新日:2021/12/22

16歳で帰らなくなった弟
『16歳で帰らなくなった弟』(きむらかずよ/KADODAWA)

 新聞の片隅のほんの数行、テレビで取り上げられてもわずか数分。そんな交通事故のニュースにも、その裏には、被害者とその家族、友人たちの悲しみが横たわっている。

『16歳で帰らなくなった弟』(きむらかずよ/KADODAWA)は、弟をバイク事故で突然亡くした経験を描いた実録コミックエッセイ。レタスクラブWEBで連載開始から3500万PVを獲得するなど、大きな反響を呼んでいる作品だ。職人気質の父、肝が据わったしっかり者の母、思春期をこじらせて素直になれないでいる姉、そして、自由奔放でヤンチャだけど誰からも好かれていた弟。どこにでもあるような家族の風景は、警察からの一本の電話によって一瞬にして崩れ去った。肉親を突然失った家族が再び歩き出せるようになるまでを綴ったこの作品は読めば読むほど、胸が苦しくなる。

 著者のきむらかずよさんが弟を亡くしたのは自身が高校生の時のことだった。その夜は、弟の友だちの女の子が遊びに来ていた。弟の部屋からもれる笑い声。その後、弟と女の子は2人で楽しそうに出かけていった。そして、そのまま彼らは二度と帰ってこなかった。弟が運転するバイクと車が衝突事故を起こしたのだ。2人は身元不明のまま他界。きむらさん家族が病院に駆けつけた時には、すでに死後2時間が経過していたのだという。同乗していた女の子の両親は「子どもを失って悲しいのはあなた方も同じでしょう?」ときむらさん家族を責めることはしなかった。一体事故現場で何があったのか。弟に過失はあるのかないのか。きむらさん家族のあまりにもつらい日々の始まりだった。

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16歳で帰らなくなった弟 p.6

16歳で帰らなくなった弟 p.16

16歳で帰らなくなった弟 p.17

16歳で帰らなくなった弟 p.58

 人と人との距離が近い地域だからこそ広がっていく心ない噂。浴びせかけられる無神経な視線。優しかったはずの親族のありえない言動。警察への不信感。加害者の虚偽の証言。保険会社との戦い…。当たり前の生活はあっという間に崩れ去り、息苦しい毎日が続いていく。だが、きむらさんたちを苦しめたのも人ならば、救い出したのも人だった。絶望していた時に差し伸べられた手はどれほど温かかったことか。家族の葛藤と再生の日々は涙なしには読むことができない。

16歳で帰らなくなった弟 p.64

16歳で帰らなくなった弟 p.65

 近親を突然亡くした経験があるからだろうか、心が現実に追いつかないまま、もがき続けるように日々を過ごすきむらさんの家族たちの姿に、自分たち家族を重ねてしまった。しかし、身近な人を突然失った経験があろうとなかろうと、この作品を読めば痛いほど感じることだろう。当たり前の毎日がどれほど尊いことかに気がつく。「最後」は普通の日常との地続きで突然やってくる。この物語は、決して他人事などではないのだ。

 弟を亡くして以来、きむらさんには大切にしていることがあるという。それは、どんなに急いでいても、出かける時は挨拶をすること。最後の「いってらっしゃい」が言えずに二度と会えなかった人がいるからだ。いつ最後の時が訪れるかなんて誰にも分からない。一歩外に出たら、それが最後の別れになることだってあるかもしれないのだ。

 突然だろうとなかろうと、いつか必ず大切な人との“別れの日”はやってくる。もっと当たり前を大切にしたい。もっとちゃんと家族に思いを伝えたい。何気ない日常にもっと感謝しなければと、後悔しないように日々を過ごさねばと、改めて強くそう思わされる一冊。

文=アサトーミナミ