増える「独立系・ひとり出版社」。写真家が表現方法として“紙の写真集”を出す狙いとは?

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/21

バッファロープレス

 昨今の出版業界は、会社組織としてではなく、少人数やひとりによる出版社が増えている。「独立系出版社」や、「ひとり出版社」と呼ばれ、大手取次(問屋)を通さず、小取次や直接書店と取引をするなど、少部数発行による“小商い”が注目されている。

 出版社を立ち上げる理由は様々だが、編集者が出版社を起こす場合、大手出版社では採算が見合わず見送られる企画も、独立系・ひとり出版社では社主であり編集者である自身の裁量によって本を世に出せるといった理由も多い。

 現在は、これまでの多く・広くといった出版の形から、少なく、限られた場所での出版の形が生まれてきている。

 そしてまた、新たな出版の形を続けている人がいる。2018年に出版社レーベル「バッファロープレス」を立ち上げた土佐和史氏だ。

 バッファロープレスは、写真家である土佐氏とパイソン中村氏のふたりが企画運営する写真集を専門に刊行する出版レーベル。

 既存の出版社からではなく写真家自らが企画運営して出版する理由、そして表現手段として紙の写真集の意義とは? バッファロープレス代表、土佐和史氏に話を聞いた。

(取材・文・撮影=すずきたけし)

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――出版レーベルのバッファロープレスを知ったのは2018年の雑誌『アサヒカメラ』誌上の記事でした。写真家が立ち上げた出版レーベルと聞いて驚いたのですが、まずはバッファロープレスを立ち上げた理由を聞かせてください。

土佐和史氏(以下、土佐) バッファロープレスは2018年に立ち上げました。それまで写真家として作品を撮りためていたものの、その作品をどうやって世に出して見てもらうかわからなかったんです。それで評論家やキュレーター、出版社の人に作品を見せに行ったのですが、これが苦戦の連続でした。みなさん「いい写真だね」とは言ってくれるのですが、「写真集にしたいんです」と言うと、「こういう写真は売れないんだよね」と。写真集にするとしても最初は(金銭を)負担してもらわなければならないと聞いて、写真集を出版するのはこんなにもハードルが高いものなのかと知って落ち込みました。

 ちょうどそのタイミングで京都の写真家さんたちから展示会の開催や写真集を作らないかと誘われて参加させてもらったんですが、そこで初めて写真集を作らせてもらって、出版社からでなくても写真集って作れるのかと驚きました。制作は大変でしたけど、面白くて、これなら自分の出したい写真集を出せるかなと。

――そのときは土佐さんおひとりですか。

土佐 元々はもうひとりいまして、僕らでやろうかといってバッファロープレスを立ち上げました。レーベル名がないからどうする? って話をしていて、そのとき僕が着ていたTシャツにたまたま「バッファロー」って書いてあって、カッコいいじゃん、バッファロープレスよくない? って。それで名前が決まりました(笑)。

さくら『拍動』
さくら『拍動』

――立ち上げでの写真集制作について聞かせてください。

土佐 立ち上げには自分と、先ほどの京都の写真家たちから紹介された作家さんたちの写真集を9タイトル作り、それぞれが凄く面白い写真集になりました。

――写真集の制作は作家さんの自由なのでしょうか。

土佐 作家さんの「こういう写真集を作りたい」という方向でお互いディレクションを進めながら作り上げていきます。僕らも初めてのことばかりだったので、わからない部分を探りながら、写真の流れや見開きの組み合わせなどを密に詰めていきます。それこそ表紙の素材や、紙選び、色校など、こだわれるところは徹底してこだわってやってます。

――写真集を制作する予算はどの程度ですか。

土佐 出版社から最初に写真集を出すには金額的なハードルが高いために、良い写真家の作品が世に出ないこともあるんだなと実感したので、バッファロープレスのコンセプトとして少部数でテンポよく写真集を出し続けるというのがあります。オンデマンド印刷で、部数は100部から150部くらいですね。

 最初は作家さんに印刷代を負担してもらいますが、それでも刷り部数の半分が売れたらコストがペイできるぐらいの販売金額を設定して、最終的に作家さんがマイナスにならないようには気を付けています。

――写真集を出版するハードルを下げて、世に出てない作家さんに発表の場を作るという感じですか。

土佐 というより、僕がそういった面白い作品や作家さんに出会いたいというのがあるんですよ。めちゃめちゃ良い写真を撮る人を紹介されても、写真集を出したことがない人がけっこういて、どこかで写真集を出せるところはないか探している人は多いですね。

 写真家が作品を発表できる場は展示か写真集しかないですし、やっぱりたくさんの人に見てもらえるのは写真集なんです。だから写真集を出すハードルをもう少し下げられたらなと常々思っていました。

パイソン中村『阿呆鳥』
パイソン中村『阿呆鳥』

――作品発表の場としてインターネットやSNSはどのように考えていますか。

土佐 写真集に収録している写真はネット上でも見ることはできるのですが、それはただ一枚の写真の“情報”を見ているだけだと思います。けれども、紙の写真集やプリントされた写真は、めくるときの指先の触り心地だったり、匂いだったり、そのときの場所や感情といった五感を使って見るもので、ネットと同じ写真ではあるけどまったくの別物なんですよ。ほかにも装丁や造本の個性といったモノとしての存在感も紙の写真集にはあります。

――写真家の表現手段として、写真集の良さとはなんでしょうか。

土佐 写真集というのは写真のページの順番ひとつが変わってもまったく違う作品になるものなんです。写真の流れや組み方、構成を考えて考えて作っていて、よく写真家にとって展示はライブで写真集はアルバムと喩える人は多いのですが、僕は映画みたいなものだと思っています。

 僕の新しい写真集の『路地裏に咲いた花』の写真は4年かけて撮っていて、撮りためた写真からセレクトして、データを作成して、写真集の構成を考え、テキストを書いて、装丁をデザインして、印刷の色校も悩んでと、時間と労力をかけて作り上げたものが一冊の写真集に集約されている。撮影だけでなく脚本や美術、編集といった映画制作とおなじように、細部まで徹底して作り込んでいるのが写真集なんです。

 写真集ってめっちゃ凄いんですよ。それが一回の飲み代くらいの値段で買えてしまう(笑)。本当はもっと高くしたいんですけど、「写真集って凄いんだな」って多くの人に知ってもらいたいので、価格を抑えてます。

土佐和史氏
土佐和史氏

――立ち上げてから3年目で14冊の写真集を刊行されています。11月には土佐さんの新しい写真集『路地裏に咲いた花』が刊行されましたが、これまでに本づくりのほかに、出版レーベルとして活動をされてきたことはありますか。

土佐 ブックフェアには可能な限り出展しています。写真専門のブックフェア「Photobook JP」をはじめ、台湾のフォトイベント「Wonder Foto Day」や、国内の小さなブックフェアにも参加したり、お声がけいただいたりしてなるべく参加してバッファロープレスの知名度をあげていきたいと思っていますね。

――台湾のフォトイベントに参加されて、日本と比べて写真への反応の違いなどは感じましたか。

土佐 違いますね。2017年3月に3日間参加したんですが、来場者がものすごく多かった。写真集だけのブックフェアにこれだけの人が来るのかと驚きました。なにより感動したのが、ブースに来る人みんなが熱心にメジャーな作家もいない僕たちの写真を見てくれて、「どうやって撮ったのか」とか「どういう意味があるのか」とたくさん質問してくるし、作品に感動してくれるんです。そして良いと思ったものは買ってくれる。みんなが写真に本気で向き合ってくれていて、嬉しくて、これは楽しいなと思いました。

――日本は違うのですか?

土佐 日本のブックフェアではお目当てのものや好みの写真があらかじめ決まっている方が多く感じますね。それに比べて台湾では、自分の知らない作品を探したい、見つけたいという気持ちで僕らの作品をフィルターなしでフラットに見てくれるのを強く感じたので、日本でもそうなったらいいなと思ってます。

土佐和史『路地裏に咲いた花』
土佐和史『路地裏に咲いた花』

――土佐さんの最新作『路地裏に咲いた花』について聞かせてください。この作品を出そうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。

土佐 『路地裏に咲いた花』は2007年から2010年の期間に撮影した、写真家として作品を作ろうと決めて撮った初めてのシリーズをまとめたもので、とても思い入れのある写真集です。僕は先に作品のテーマを決めてから撮影に入るんですが、当時は違うタイトルとテーマで、日本各地の路上で出会った気になる女性に声を掛けて撮るというコンセプトだったんです。けれどもテーマ性がちょっと薄いなと考えてそのまま時間が経ってしまった。それがコロナ禍でこれらの写真を振り返っていたときに、撮影当時に感じてたことと捉え方が違っていたんですね。

――時間を経て過去の写真の捉え方が変わるというのは写真の面白さですね。

土佐 そうなんです。この時代の彼女たちはスマホをもってない。当然SNSもやってない。この写真集の女性たちは今の女性たちとは違うんですよ。つまり個人がなにかを発信する手段がまだなかった時代です。この写真の女性たちは、知らない人の反応や評価には関係なく生きているんですよ。もちろん友だち同士のコミュニティではあったでしょうけど、自分で考えて生きている。スマホやネットの普及があったり、震災もあったりと、日本が大きく変わってしまったその少し前のことなんです。

 過去の自分の作品を振り返って、自分の考えや捉え方も変わってきたのを知って、このタイミングで写真集を出したいと思ったのが『路地裏に咲いた花』ですね。だからタイトルも過去形にしました。

 スマホやSNSがこれだけ普及した今では、もうこの作品のようには女性たちを写せないんじゃないでしょうか。そんなことを僕自身が過去の写真から気付かされたので、それを感じてもらえたらいいなと思います。

土佐和史『路地裏に咲いた花』
土佐和史『路地裏に咲いた花』

――土佐さんの前作の『北関東』も、地方都市の路上で出会った人々を撮影されていますが、“人”に興味を持った理由はなんですか。

土佐 旅というか地方に行くのが好きなんですね。普段の生活とは違う場所に行くのが。僕は大阪で生まれて東京という大都市で暮らしているので、逆に地方に魅力を感じています。地方でもメインストリートは変化も大きく、常に新しいものに変わっていきますけど、そこから外れた路地裏は変わってなくて、そこにいる人々にはとくに地方の魅力が色濃く出ていて、惹かれています。

――今年は老舗のカメラ雑誌の『日本カメラ』が5月号で休刊になりました。昨年には同じく老舗の『アサヒカメラ』も7月号で休刊しています。写真を伝える媒体は年々厳しくなっています。

土佐 だからこそ「写真集っていいな」と思ってもらえるように頑張っていきたいですね。僕自身、見てもらうことだけでなく、買ってもらうことも楽しいし、なにより紙の写真集は良いものだから。出版し続けるのは大変ですが、しぶとくやり続けていけば反応してくれる人も少しずつ増えていくと思うので、やれるところまでやりたいです。

土佐和史氏

土佐和史(とさ かずふみ)

1977年大阪府生まれ。
写真家。写真集出版レーベル「BUFFALO PRESS」代表。
全国各地に出向き、旅ゆく道で出会ったひとや風景を撮り続け作品発表を行っている。

2003年 Mio写真奨励賞 グランプリ受賞、2015年 コニカミノルタフォトプレミオ受賞。
2018年 インディーズ出版レーベル「BUFFALO PRESS」を立ち上げる。
写真集
2017年 「SUNLIGHT MEMORIES」CITYRAT press
2018年 「北関東」BUFFALO PRESS
2021年 「路地裏に咲いた花」BUFFALO PRESS

土佐和史 ウェブサイト

バッファロープレス写真展

バッファロープレス写真展

会場 Roonee247 FineArts
12月14日~12月26日 12:00~19:00(最終日16:00まで)※月曜休廊
〒103-0001
東京都中央区日本橋小伝馬町17-9 さとうビルB館4F
TEL&FAX 03-6661-2276

バッファロープレス公式サイト&写真集販売

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