新生『メフィスト』で、「館」シリーズの連載が……? 綾辻行人が語る「メフィストリーダーズクラブ」の可能性
公開日:2021/12/22
森博嗣、舞城王太郎、辻村深月、西尾維新──。多くの才能を世に送り出してきた文芸誌『メフィスト』が、2021年10月に新たな形に生まれ変わった。それが、会員制読書クラブ「メフィストリーダーズクラブ」(以下〈MRC〉)。会員になると、小説誌『メフィスト』が年4回自宅に届くうえ、オンラインイベントへの参加、限定グッズの購入など、さまざまな特典がある。現在、小説誌で連載されているのは、五十嵐律人『幻告』、島田荘司『ローズマリーのあまき香り』、辻村深月『罪と罰のコンパス』、西尾維新『掟上今日子の忍法帖』、森博嗣『オメガ城の惨劇 SAIKAWA Sohei’s Last Case』という、豪華作家陣の長編。これらすべての作品を年額5500円、月額550円(ともに税込)で読めるのだから、謎とミステリーを愛する本好きなら見逃せないだろう。
そんな〈MRC〉の新たな門出を祝し、応援団さながらに力を貸しているのが綾辻行人さん。辻村深月さんや有栖川有栖さんとのオンライントークイベントでは、〈MRC〉でしか聞けない話を披露し、ミステリーファンを大いに沸かせた。今後は、「館」シリーズ新作を『メフィスト』で連載する可能性も……? 自身を「『メフィスト』を誕生当時から知っている証人」と話す綾辻さんに、『メフィスト』草創期のエピソード、〈MRC〉への思いについて語っていただいた。
(取材・文=野本由起)
「『メフィスト』には、ゆるやかな遊び心があったのでしょう。主流から離れたところにある分、好きに作ってやろう、と」
──綾辻さんは、『メフィスト』を草創期からご覧になってきたそうです。『メフィスト』、そして創刊編集長である宇山日出臣さんとの関わりについて、あらためてお聞かせください。
綾辻:『メフィスト』は、講談社の文芸第三出版部、略称「文三」が発行している小説誌です。一方、34年前――1987年に僕のデビュー作『十角館の殺人』を刊行してくれたのも文三。当時の担当編集者が、のちに『メフィスト』の初代編集長になる宇山さんでした。その後、僕に続いて法月綸太郎さん、我孫子武丸さんといった京大ミステリ研究会の後輩も次々にデビューして、「新本格ミステリ・ムーブメント」と呼ばれるようになります。宇山さんは京大ミステリ研という集団を面白がって、「もっと才能はいないか」と人材を探しに来ておられました。その流れで麻耶雄嵩くんもデビューしたんですね。
そんな折、京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』の原稿がいきなり文三に送られてきた。94年の春のことです。無名の新人の原稿だったにもかかわらず、編集者の一人がそれを読んで、「これはすごい!」と出版を即決したそうです。ちょうどそのころ、宇山さんが文三の部長になって、以前から文三が出していた『臨時増刊 小説現代』に『メフィスト』という名称を加えることにした。『姑獲鳥の夏』と『メフィスト』が、ほぼ同時期に誕生したわけです。宇山さんが「メフィスト賞」を立ち上げて広く原稿を募集しようと考えたのも、あのタイミングで『姑獲鳥の夏』が来たからこそ、だったんでしょうね。
──メフィスト賞の誕生を、どのようにご覧になっていましたか?
綾辻:新人賞はふつう、編集者の目に届くまでに予備選考があるものです。それをせず、すべての原稿を編集者が読むと公言したのが、当時としては画期的でしたね。誌上の編集者座談会で選考過程を公開して、応募作には必ず一言はコメントをつける、という。あの熱気というか、ある種のお祭り的な盛り上がりはすごかったですね。楽しそうでもありました。
──メフィスト賞からは、尖った才能も続々と生まれています。この賞の独自性、特異性をどうご覧になっていますか?
綾辻:既存の新人賞とは違うことをしよう、メフィスト賞でしか発掘できない才能を見つけよう。そんな意気込みが第一にあったんだと思います。第一回受賞作は、森博嗣さんの『すべてがFになる』。文句なしの傑作でしたが、そのあとは必ずしも森さんのような作品が続くわけではなくて。絶賛されるものもあれば物議を醸すものもあり、いろんな意味で話題になりました。同じ講談社の文芸第二出版部が後援している江戸川乱歩賞とは好対照。「乱歩賞は獲れないけれどもメフィスト賞なら」というところもあったし、「お行儀のいい作品は乱歩賞にどうぞ。型破りな面白さを持つ作品はメフィスト賞へ」という棲み分けができていたように思います。ただし、近年はそうとも言えなくなっていますね。印象的だったのは、2015年に呉勝浩さんが『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を獲ったとき。呉さんはずっとメフィスト賞に応募していたんだけれども駄目で、応募先を乱歩賞に切り替えたところ受賞に至った。そのときの選考委員だった辻村深月さんと呉さんの対談で、辻村さんが「メフィスト賞はそんなに甘くない」と言い放っていて、「ああ、そういう時代になったのか」と感慨深かったです(笑)。
──『メフィスト』について、なにか思い出はありますか? 草創期のエピソードをお聞かせください。
綾辻:創刊当時の編集者座談会はやたらと面白かったなあ。編集長の宇山さんを筆頭に、大変に個性的な編集者が多くて。宇山さんのあと僕の担当についてくれた秋元(直樹)さんという(当時の)若手編集者や彼と同い年くらいのメンバーが、あこれこれとヤンチャなこともしつつ実に楽しそうにやっていましたね。あれが文三の黄金時代だったんじゃないか、という説もあるくらい(笑)。思うに、つまらないプレッシャーが少なかったんでしょう。当時の講談社の中で、文三や『メフィスト』って軽く見られていたと思うんですよ。例えば他社の新人賞で世に出た作家には、文二の編集者が担当につく。賞を獲っていない作家は文三が行け、みたいな。昔のお話ですが、部署によるそんな序列があったそうですね。でも、だからこそ『メフィスト』は自由で、好き放題な試みができたんでしょう。
──反骨心みたいなものがあったのでしょうか。
綾辻:反骨心と言うよりも、もっとゆるやかな遊び心、かな。主流から離れたところにある分、好きに作ってやろう、と。それがみんな、楽しかったんじゃないかな。
「〈MRC〉は、紙の小説誌を復活させるところに気概を感じました」
──そんな『メフィスト』が、会員制読書クラブ〈MRC〉として生まれ変わりました。綾辻先生は初期段階から相談を受けていたそうですね。先日、辻村深月さんとのオンライン対談で、アイデアを聞いて「アリだなと思った」とお話しされていましたが、その理由をお聞かせください。
綾辻:近年、小説誌が電子書籍オンリーになっていく流れが加速しています。『メフィスト』もそうでしたし、他社の小説誌も電子版だけになりつつあります。ところが、売れ行きに関しては厳しい話も聞こえてきますし、それはそうだろうなとも思う。そもそも紙の雑誌の時代から、小説誌はジレンマを抱えてきました。人気作家の連載があるのは良いけれど、お気に入りの作家の新作を読むなら単行本になるのを待つ人のほうがどうしても多いでしょう。連載を追いかけたいという熱心な方ももちろんいてくださるけれど、決して多数派じゃない。僕がデビューした1980年代の後半からすでに、小説誌は単体ではなかなか採算が取れない、と言われていました。雑誌で集めた原稿を単行本にして、文庫化して、そこでやっと収益化できるという、そんな状況に入りつつあった。それが電子書籍になったからと言って、紙の小説誌よりも売れることはないですよね。
そうした中、『メフィスト』はいったん休刊して、〈MRC〉にリニューアルしようと決断した。最初に〈MRC〉のアイデアを聞いたときは、電子書籍版をやめて紙の小説誌を復活させるところに気概を感じましたね。時代に逆行しているようにも見えるけれども、読者一人一人の手もとに「直接届きます」としたところが、むしろ今の時代にマッチしているなと。書店でも手に入らないんですものね。〈MRC〉に入会すれば、自宅に直接『メフィスト』が届く。これまでの小説誌ではあまりなかった試みなので、気概だけじゃなくて可能性も感じました。
──立ち上げにあたって、どんなアドバイスを送りましたか?
綾辻:「あまりクローズドな雰囲気にしないほうがいいよ」とは言いました。閉鎖的で近寄りがたい、マニアのためのサロンみたいに受け取られてしまうと、商業的な成功は見込めませんしね。ジャンルを本格ミステリに限定して、同人誌のようになってしまうのも良くないし、めざしたい方向でもないでしょう。なので、「いろいろな読者が気軽に参加できる場、というイメージを作らないとね」と。大事なのは、「なにか楽しそうなことをやってるな」という雰囲気なんですよね。「喧嘩」や「炎上」に集まってくるのは野次馬だけでしょう。楽しそうな場には、自然とお客さんが集まってくるものです。
──綾辻さんが出演されたオンラインイベントは、まさしく楽しそうな場でした。
綾辻:コロナ禍によって、ああいうオンラインイベントはすっかり馴染み深いものになりましたよね。以前だったら「オンラインイベントをやります」と言ってもみなさん、あまりピンとこなかったでしょう。コロナ禍でリモートの環境が整って、みなさんがオンライン会議などのツールにも慣れてきたからこそ、ああいうイベントが可能になった。それに、これまでイベントをやるといえば、どうしても場所は東京が中心でした。オンラインだと全国どこからでも、もっと言えば世界のどこからでも参加できます。まさに今の時代にマッチした企画だなと思います。将来コロナが終息しても、オンラインとオフラインを取り混ぜてやればいいですよね。
「次の長編が『館』シリーズであることは確かなのですが、それを連載という形で書けるかどうか……」
──綾辻さんはオンラインイベントへの出演をはじめ、応援団のように〈MRC〉をバックアップしています。ミステリを読む人を増やしたい、盛り上がる場を作りたいという思いがあるのでしょうか。
綾辻:いや、そんな大それた思いはなくて。ホームグラウンドである文三の『メフィスト』がリニューアルするので応援したいという、ただそれだけです。編集長の小泉(直子)さんは僕の担当編集でもありますので、ここはひと肌脱ぎましょう、と。
僕が協力できる方法として、最も正しいのは新作の原稿をどんどん小泉さんに送ることなんですよね。とはいえ、そちらはまだまだモタついてますので、今はとりあえず人寄せパンダになろうと努めているんです(笑)。
──辻村深月さんとのオンライン対談でも、「『メフィスト』で『館』シリーズを連載するかも?」という話が出ていました。
綾辻:そうですね。僕もいい年なんで、そろそろ書かないと。できれば「『メフィスト』で連載します」と言い切ってしまいたいんですが、予断を許さない要素が多々あって。次の長編が「館」シリーズの新作であることは確かなのですが、それを「連載」という形で書けるかのかどうか、自信がない。それで歯切れの悪い言い方になっています。すみません。
──やはり連載と書き下ろしでは、書き方が違うものなのでしょうか。
綾辻:違いますね。これまでの作品だと、『暗黒館の殺人』だけが連載で書いたもの。4年ほどかかりましたっけ。あれも、最初の400枚くらいは書き下ろしのつもりで書いていたんです。ところがものすごく長くなりそうだと分かってきて、このままだと永遠にできないかもしれないと思って……で、一念発起して連載に切り替えたんですね。それ以外の「館」シリーズは全部、書き下ろしでした。
本格ミステリは早い段階から随所に伏線を張ったり、手がかりをちりばめたりしなければならない。連載で書くと、「あそこにこういう伏線を入れておけば良かった」と思っても遡って直せない。完成してからまとめて直せばいいんだけれども、それは決して望ましいやり方じゃないなあと。KADOKAWAの「Another」シリーズはどれも連載で書いたんですが、あれは本格ミステリ要素もありつつの学園ホラーだったから、まだしも可能だった。でも「館」シリーズとなると、できるのかどうかとても不安なんですね。今はプロットの練り込みを進めながら、連載にしようかどうしようか日々、悩んでいるところです。
──楽しみにしています。『十角館の殺人』と言えば、〈MRC〉の会員限定で「十角館マグカップ」も販売するそうです。サンプルをご覧になったご感想は?
綾辻:十角形のカップって、探せば市販品でもなくはないんですよ。自分で見つけて買ったものもあるし、ファンの方が特注で作って送ってくださったものもあります。それらはどれもシンプルな十角形のカップなんですが、今回のは喜国(雅彦)さんによる文庫版の装画をモチーフにしたデザインで、ドアや窓が描かれていたりもして、まさに「十角館マグカップ」になっていますね。これは貴重かも。できてくるのがとても楽しみです。
──ほかに「〈MRC〉にこういう企画があったら盛り上がるのでは」というアイデアはありますか?
綾辻:作家が自作について思いきり深く語る、というのはどうかな。例えば綾辻なら、『十角館の殺人』から順に、「館」シリーズの各作品をどのようにして書いていったのか、創作ノートなんかも見せながら何もかもお話ししましょう、とか。会員限定のオンラインイベントだったら、トリックから真相まで全部明かしますとお知らせしたうえで、そんなことをやってしまうのも面白いかもしれない。イベントはまあ、いろんなことができそうだけれど、いちばんの問題はやっぱり『メフィスト』からどれだけ良い作品が生まれるか、ですね。僕も心して、本業に取り組まないと。メフィスト賞から有望な新人さんもどんどん出てきていますし、みんなで盛り上げていきたいですね。
──最後に、これからの〈MRC〉に期待することをお聞かせください。
綾辻:娯楽が多様化した現代においても、「小説を読む」ことの面白さは決して色あせていないと思うんですね。小説の成分は基本、文字情報だけです。だからこそ、例えば映像コンテンツなどよりもむしろずっと強く、読者の想像力にアピールする。そういう意味で、このうえなく刺激的な体験なんですね。〈MRC〉には、その面白さを改めて伝え、広めるための場になってほしいと願っています。