佐藤有香さんの著書『スケートと歩む人生』を読むと、フィギュアをもっと見たくなる。もっと好きになる
公開日:2021/12/24
ずっと、佐藤有香さんの著書を待っていた。
佐藤有香さんといえば、フィギュアスケートの世界チャンピオンであり、これまでコーチとして五輪メダリストたちの指導や振付けなども手掛けてきたスーパースター。現在もなお、プロスケーターとして世界屈指のスケーティングを誇っている。ご両親は、浅田真央さんらを指導した佐藤信夫先生と久美子先生だ。
その経歴から、順風満帆なスケート人生を歩んできたのだろうと想像していたのだが、初の著書『スケートと歩む人生』(KADOKAWA)は、そうではなかったことを教えてくれる。
たとえば、現役時代。彼女は、「ここ一番という大事な試合で力を出せない」ために、何度も悔しい思いをしたという。そこから、「なぜ大事な試合で力を出せないのか」を考え、苦しい時期を過ごし、最終的に「できなかったことがすべて自分のコントロール下でつなげられるという確信を持てる」ところにまでたどり着く。考え、行動し、それらを結実させたのが、1994年の世界選手権だった。熱いトーストにバターを塗るような滑らかな氷へのタッチ、ものすごいスピードで疾走するステップ……有香さんらしいスケートを大いに見せ、優勝したのだ。
SOI(スターズ・オン・アイス)のキャストになるのも簡単ではなかった。キャストとなるまでの約6年間、アイスショーではバックステージのカーテンの隙間からトップスケーターの演技を見て学び、自分のスケートを追求し、何が必要なのかを常に考え、もがき続けたという。これまで数々のアイスショーで見たスポットライトの中の有香さんは、当たり前だが、そんなことをまったく感じさせない笑顔だった。その向こう側に、こんないろいろがあったなんて。
ほかにも、羽生結弦、ネイサン・チェン、宮原知子、鍵山優真、そして有香さんが今シーズンのSPを振付けた佐藤駿など、現在の現役選手に関する話も興味深い。シングルで世界チャンピオンになったのちにアイスダンスに転向した髙橋大輔について、同じく世界女王になったのちにペアを始めた有香さんならではの思いもしたためている。さらに、長く指導したアボットや、プルシェンコ、ランビエール、バトルなど、数多くのスケーターたちとのエピソードも多い。なかでもスコット・ハミルトンの「転んだら起き上がる」のくだりには、目頭を熱くさせられた。
引退から28年になろうとする今だからこそ、上記すべてを網羅できる著書となったのだろう。本書をとおして伝わってくるのは、後進たちへのあたたかなまなざしだ。競技者としてのキャリアを終えた後、スケーターがパフォーマーとしてより成熟していく場=アイスショーをたくさん提供したいという、先駆者の思いに満ちている。そんな『スケートと歩む人生』は、フィギュアスケートを好きな人全員が純粋に楽しめる1冊だ。
文=長谷川仁美
【著者プロフィール】
佐藤有香
1973年東京都生まれ。フィギュアスケート選手。ジュニアの頃から実績を残し、1994年のリレハンメルオリンピックでは5位入賞、同年の世界選手権では優勝。伊藤みどり以来、日本人2人目の世界女王となった。その後プロに転向し、プロフィギュア選手権等多くの大会で優勝。現在は日本国内外の選手のコーチや振付師として活躍中。