クラシックの名曲を大胆にアレンジし、バトルを壮大に演出──『takt op.Destiny』伊藤祐毅監督×音楽・池頼広対談
公開日:2021/12/22
『takt op.(タクトオーパス)』は、DeNAとバンダイナムコアーツによる新規メディアミックスプロジェクト。クラシック楽曲をモチーフに、その力を宿して戦う少女「ムジカート」と彼女たちを率いる指揮者「コンダクター」の物語が描かれていく。TVアニメ『takt op.Destiny』はクライマックスを迎え、今後はスマートフォンゲーム化も予定されている。
原作は、「サクラ大戦」シリーズで知られる広井王子氏。キャラクターデザインにLAM氏を起用するなど、豪華クリエイターの参加も話題を呼んでいる。アニメは、MAPPAとMADHOUSEの共同制作だ。
そんな一大プロジェクトを、クリエイターやキャストへのインタビューを通して深掘りしていく特集企画。今回は、伊藤祐毅監督と音楽を担当した池頼広氏による対談をお届けする。クラシックを題材としたアニメで、ふたりはどう音楽に向き合い、どんなハーモニーを奏でていったのか。音楽制作の裏側を語っていただいた。
タクトは音楽全般に興味があり、舞台もアメリカ。クラシック以外にも、いろいろな音楽を取り入れました(伊藤)
──アニメ『takt op.Destiny』は、ゲームの設定を下敷きにしつつもオリジナルストーリーを描いた作品です。伊藤監督が、この作品に関わることになった経緯をお聞かせください。
伊藤:そもそも僕は、MAPPAさんとお仕事をするのも今回が初めてなんです。お世話になっている方のご紹介で、担当させていただくことになりました。最初の顔合わせは、2019年の夏~秋でしたっけ。池さんも、早い段階から参加されていましたよね。
池:音楽プロデューサーの木村誠さん(MAPPA)から「こういうタイトルがあるんですけど、ご相談できますか?」とご依頼をいただきました。僕はMAPPAさんが好きなので、MAPPAさんの作品だったら何でもOKというスタンスなんです(笑)。
──伊藤監督と池さんは、『takt op.Destiny』で初めてお仕事をご一緒されたそうです。お互いの印象はいかがでしたか?
伊藤:積極的にいろいろとご提案してくださるので驚きました。こういった作曲家さんとお会いするのは初めてでした。
池:すみません、変わってて(笑)。
伊藤:今まで作品の劇伴をお願いする際は音響監督が間に入るので、僕と作曲家が細かくやり取りをすることはほとんどないんです。直接お電話をくださる作曲家は、池さんだけです(笑)。
池:僕の場合、監督かプロデューサーと直接話せない仕事はやらないんです。良いものができませんから。
──クラシックを題材にした作品と聞いた時、どう思いましたか?
池:最初にお話をいただき、これはまずいなと思いました。クラシックを録るとなれば無限にお金がかかりそうだな、と。でも、「アメリカが舞台です」「ジャズやカントリーも入れたいです」と言われて、「え!?」となりました。クラシック以外にも、幅広い音楽を取り入れましたよね。
伊藤:ムジカートはクラシック音楽をその身に宿していますが、主人公のタクトは音楽全般に興味を持っています。舞台もアメリカなので、いろいろな音楽に触れてほしいと思って。ムジカートが感情的になる場面など、シチュエーションに応じてクラシックを印象的に使いつつ、劇伴ではジャズやカントリーを使う頻度が高くなりました。
池:ファインプレーですよ。クラシックだけだと、視聴者の中には少し引いてしまう人もいるかもしれない。でも、ジャズがかかると「おっ」と思うじゃないですか。第2話のお祭りでは、タクトとコゼットが「A列車で行こう」を含むメドレーを連弾しますよね。クラシックではなく、あの曲で盛り上がるのがアメリカらしくていいなと思いました。
伊藤:ただ、当初の予定では音楽をできるだけ少なくしよう、という話だったんですよね。音楽が禁忌とされる世界なので、異質なくらい無音にしよう、と。とはいえ、キャラクターの心情を表す音楽はやっぱり必要なので、池さんに無理を言って、後から追加でお願いしました。
池:ほとんどの楽曲を生音で収録したのも、このアニメの特徴です。異形の怪物D2との戦闘だけ、異質にしたいという監督の要望で機械的な音にしました。
「指揮棒を振っている映像を撮りたい」と言ったら、超有名指揮者が来てくださいました(池)
──池さんは、演奏シーンにも協力しているとうかがいました。
伊藤:「ピアノを弾くシーンを描くために、ピアニストの映像を撮らせてもらえませんか?」とお願いして、池さんにピアノを弾く方をコーディネイトしていただきました。強行軍で、1日で撮らせてもらったんですよね。
池:この企画は、ミュージシャンがすごく協力的でしたね。
伊藤:本当にありがたかったですね。みなさんのご協力に助けられました。
池:タクトのピアノを弾いた女性は、アニメの完成をとても楽しみにしていましたよ。
伊藤:タクトは線の細いキャラクターなので、女性のピアニストさんに撮影させていただいたんですよね。ピアノのまわりに何台もカメラを置いて。
池:第2話でジャズを連弾するシーンは、また別のピアニストにもお願いしました。というのも、タクトのようにクラシックもジャズも弾ける人はいないんです。タクトはとんでもない天才ですよ。
伊藤:ほかのジャンルも弾けますからね。バケモノ級の天才です。ほかには、タクトの父親が指揮するシーンも撮らせていただきましたよね。
池:若手の超有名指揮者・松下京介さんが、わざわざ来てくださったんです。第8話で「運命」第1楽章のコーラス・コーディネイトをしてくれたオペラシンガーの大槻孝志さんに相談したら、「いい指揮者を知っていますよ」と言われて。「指揮棒を振っている映像を撮って、アニメ化するだけなんだけど」と言ったら、すごい方が来てしまった。一歩間違えたら、僕がクラシック界から干されるところでした(笑)
伊藤:第2話の回想シーンでしか使わなくて、本当に申し訳ないな、と。ご本人からも「観ます」と言われたので、撮影した映像を観ながら一生懸命原画を直しました。
池:「運命」第1楽章のコーラスをしてくれた大槻さんも、小澤征爾さんのオペラに日本人で唯一参加したすごい方なんです。第1楽章にコーラスを入れるなんて申し訳ないなと思いましたが、勝手に編曲をさせていただいて。大槻さんをはじめ、オペラシンガーのみなさんがノリノリで歌ってくれました。
──一流の方々が参加しているからこそ、迫力とリアリティを出せるんですね。
池:先日お会いした調律師さんも『takt op.Destiny』を観ているようで、「調律シーンがすごくよくできている」と話していました。「こんなに調律シーンがちゃんと描かれている作品を初めて観た」と大喜びしていましたよ。
伊藤:(ピアノは)有名なピアノメーカーにご協力いただき、音を録らせてもらったんです。演出と音響効果のスタッフが、調律のレクチャーも受けてきました。先方から「アニメのよくある音の処理をすると調律された音のように聴こえなくて、かえって音がズレているように聴こえるので気をつけてください」とアドバイスをいただいたうえで、音響さんは調整をしてくださっているんです。ラの音から始めるというのも、僕は知らなくて。ここで培った知識は、ほかの作品にも活かせそうだな、と思いました。音楽に詳しい方が作ればもっと完成度が高かったのかもしれませんが、僕らは手探りながらも頑張って取り組みました。
池:タクトが作曲するシーンもそれっぽく描かれているので、「池さん、協力しているんですか?」と聞かれました。協力はしていませんが、作曲家はあんな感じですよね。僕の仕事風景を見られているのかなと思いました(笑)。作曲家って普段うだうだしてるじゃないですか。
伊藤:集中する時と、そうでない時の差が激しそう。
池:僕の私生活を覗くと、サボってるようにしか見えないと思います。ボーッとネットサーフィンしてるように見えますが、頭の中ではずっと考えているんです。で、書き出すと、やめりゃいいのに一晩中書いてしまう。止められないんですよ。一度止めてしまうと戻れなくなる恐怖があるので、始めてしまうとやめられない。タクトが作曲するシーンは、リアリティを感じました。
──音楽と作画の相乗効果が、特にうまくいったのはどのシーンでしょう。
池:第1話ですね。運命が戦うシーンで、「運命」第4楽章があんなにハマるとは思いませんでした。この時点では、彼らが何者なのかまだわかりません。だからこそ、女の子が突然現れて華やかに戦う姿に「なんだ?」と心を奪われました。第4楽章は使いどころがないんじゃないかと心配していたけれど、すごくよかったですね。
伊藤:戦闘がネガティブに見えないようにしたかったんですよね。壮大で明るく、なおかつ特撮のような爽快感を出したいと思いました。アニメの結末は決まっていたので、キャラクターのポジティブさを見せるためにも第1話は肝になります。全体的にポジティブな印象で統一するためにも、第1話で第4楽章を使いました。
池:ただ、クラシックの名曲をアレンジするのは、中世の素晴らしい作曲家たちを汚すことになりかねません。プレッシャーも感じましたね。
伊藤:「聖域に触れることになる」と言っていましたよね。
池:クラシックを題材にする時点で腹は括っていましたが、責任は感じました。監督はどの話が印象に残っていますか?
伊藤:第8話の戦闘シーンは、音楽がキレイにハマりましたね。「運命」第1楽章をどこで使おうかと考えた時、ここは出し惜しみせずに行こうと思ったので。他には、第10話でタクトがピアノ、レニーがチェロを弾くシーンも気に入っています。
──『takt op.Destiny』は、作品を通して音楽への愛についても語っています。最後に、おふたりが音楽の重要性についてどのように考えているかお聞かせください。
伊藤:『takt op.Destiny』の世界では音楽が禁忌とされていますが、音楽がない環境は想像できなくて。アニメも映画も、音楽がないと成立しません。どんな状況でも音楽がなくなることはないし、その思いをタクトたちのセリフで伝えたつもりです。
池:僕は子どもの頃から、映像音楽が大好きでした。音楽というより劇伴が好きなんですよね。アニメや映画において、欠かせないものだと思っています。ただ、今回タクトの音楽愛を目にして、自分はまだまだだなと反省しました(笑)。身が引き締まりましたね。
取材・文=野本由起
『takt op.』公式ポータルサイト
TVアニメ『takt op.Destiny』公式サイト