シリアルキラーを最悪の形で現代にアップデートした、21世紀最大の連続殺人鬼の実態

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/24

※本記事にはショッキングな表現が含まれます。ご了承の上、お読みください。

捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼
『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』(モーリーン・キャラハン:著、村井理子:訳/亜紀書房)

 2012年2月。アラスカ、アンカレッジにある小さなコーヒースタンドのバリスタだった18歳のサマンサ・コーニグが消息を絶った。

 それから約1か月後、アラスカから6,000キロ離れたテキサスで、ひとりの男の身柄が確保された。名前はイスラエル・キーズ。彼の財布にはサマンサの運転免許証が入っていた。

『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』(モーリーン・キャラハン:著、村井理子:訳/亜紀書房)は、21世紀最大のシリアルキラーと呼ばれたイスラエル・キーズの実態を明らかにするノンフィクションだ。

 キーズが逮捕されるきっかけとなった最後の犠牲者(と思われる)サマンサ・コーニグの失踪事件は、初動から捜査関係者の失態の連続だった。サマンサが行方不明であることが警察に通報された後もコーヒースタンドはモーニングサービスを提供し続け、地元警察はスタンドを立ち入り禁止にもしなかった。またFBI捜査官が捜査に加わろうと連絡するも、地元警察は「動けるやつは十分いるんだ」と当初は協力を断ってしまった。そしてキーズの身柄が確保された後も検事の度が過ぎるスタンドプレーで捜査態勢は一本化せずに混乱。捜査陣のあまりのお粗末さは暗澹たる気分にさせてくれる。

 また捜査員とキーズとの尋問での駆け引きでは、スタンドプレーの検事が「私に教えてくれないか」「私は知りたいんだ」と自分自身を主語にして話すために、取り調べ室のなかでもっとも重要な人物がキーズであるにもかかわらず、あたかも検事自身が重要な人物だと仄めかすような尋問をしてしまう。言葉のちょっとした選択で両者の力関係が揺れ動き、自白や聞き取りが行き詰まってしまう様子が生々しく記されている。

 このような駆け引きを繰り返しながらも容疑者であるキーズから事件の真相を聞き出し、サマンサの居場所とその犯行の詳細が明らかになっていくが、そのあまりのおぞましさはページをめくるのを躊躇するほどだ。

 しかし、サマンサの事件の真相が明かされても実はまだ本書の半分にも満たない。イスラエル・キーズの本当の恐ろしさはここからはじまる。彼がこれまでなにをしてきたのか、人間がもつ底なしの恐怖を読み進めて感じてほしい。

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 21世紀の現代において「罪を犯した個人を特定、追跡することは可能である」というのがただの幻想であったと本書は気付かせてくれる。

 イスラエル・キーズには社会保障番号がない。それでも飛行機のチケットを予約し、9.11後の厳しいセキュリティチェックを潜り抜け、契約書に記入してレンタカーを借り、ホテルへもチェックインできている。また犯行時は携帯電話のバッテリーを外し、移動中もGPSもGoogle マップも一切使わない。そして全米を移動しながら各地に銃やナイフを入れた「殺害キット」を埋め、獲物を見つけると掘り出した殺害キットを使用して殺害する。一切の証拠も残さない。

 そしてイスラエル・キーズは全米で30人以上を殺害したテッド・バンディをはじめ、有名なシリアルキラーたちを「偉大なヒーロー」と呼んだ。またFBIのプロファイリングの成り立ちを描いた『マインドハンター FBI連続殺人プロファイリング班』(邦訳本は早川書房より刊行)などシリアルキラーに関する書物を読み、これまでの様々な連続殺人の手口や行動を吸収し、自分の殺人行動へと再構築してシリアルキラーを最悪の形で現代にアップデートしたのだ。

 全編にわたって主導権はイスラエル・キーズにあり、捜査関係者はキーズに、殺害した人と場所を「教えてください」とただ乞うことしかできない。まったく証拠が出てこないために、“自白してもらう”以外に事件を解明することができないのだ。

 このようなシリアルキラーが現代においてまったく可視化されないまま放置され続けていたことに慄然とする。人の悪行を世の中が知ることできる稀なケースだ。

文=すずきたけし