元・高校球児の作家が書くコロナ禍のリアルな高校球児たち――予定調和・綺麗事を排したノンフィクション

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/27

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『あの夏の正解』(早見和真/新潮社)

『あの夏の正解』(新潮社)は小説家・早見和真氏による初のノンフィクション作品である。題材は2020年、コロナ禍により春夏の甲子園が中止となった高校野球。愛媛の済美高と石川の星稜高という強豪チームを、夏の甲子園中止決定直前から夏を終えるまでを追いかけ、夢の場所を目指すことすら奪われてしまった選手たちの心境に迫る1冊だ。

 早見氏の「高校野球もの」はデビュー作である小説『ひゃくはち』(集英社)以来。ご存じの方も多いだろうが、著者は高校野球の名門・桐蔭学園で甲子園を目指した元・高校球児。『ひゃくはち』では、その経験を存分に活かし、リアルな高校球児の姿を見事に描いていた。

 高校野球という題材は何かと美化されがちである。2020年の夏も、多くのメディアが甲子園なき高校球児たちの姿を追ったが、そのなかにも例年の甲子園と同様、感動というゴールをあらかじめ設定したような描き方は存在した。

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 高校野球における美談の全てを否定するつもりはない。本当に感動するようなエピソードがあるのも確かだ。ただ、なかにはメディアが用意した「筋」、言い換えれば「世の中が求める高校野球のイメージ」を、取材を受ける側の高校球児もよく理解して、指示されなくてもそれに沿う感触のコメントやエピソードを口にしているような印象を受けることもある。そんなシーンを見ていると、これは本当に報道なのか? ノンフィクションなのか? と一抹の疑問が浮かんでくるのだ。本書でも、著者は似たようなニュアンスで「高校球児ほど本音を口にしない人間はいない」と書いている。

『あの夏の正解』にそのような予定調和はない。著者は高校野球と甲子園の表と裏を、爽やかさの裏にある多くのドロドロとした本音を、実体験を通じて理解している。それ故に、高校野球に対して愛憎が交錯する複雑な思いを抱いている。だから、本書の取材でも監督や選手たちに嫌な顔をされそうな質問もぶつけるし、時には美化一辺倒の取材では捨てられそうな選手の言葉も書く。

 例えば星稜の主将・内山壮真氏(現ヤクルト)は、自身の高い志とチームとの「甲子園なき夏」に向き合う意識や姿勢のギャップを語っている。美化一辺倒のスタンスでは、内山氏のそんな一面は記事や映像になる前段階で切り捨てられる可能性があるだろうし、「汗と涙の感動甲子園」が好きな大人にとっては、不快に感じる人もいるかもしれない。

 だが、高校球児だって人間、感受性や意識も十人十色で当たり前。ましてみな素顔は十代の若者だ。どんな優れた選手、鍛えられた選手であっても人間としては成熟前であるはず。甲子園中止というまさかの事態を前にすれば心は激しく揺れ動いてもおかしくはない。著者はそんな選手たちのヒリヒリする心情から拍子抜けするような言葉まで、真摯に向き合う。そして、絶望、迷い、逡巡とさまざまな感情の交差の末にたどり着いた高校球児一人ひとりの本音に著者自身も救われる。

 かねてより著者は自身の経験を通して「高校野球を恨んでいる」と公言していた。そんな頑な心をほぐした高校球児たちの本音。ぜひ本書で味わってほしい。

文=田澤健一郎