EXIT兼近大樹「小説を書くために芸人になった。一貫性のない文章は、人間が『そう』だから」初小説『むき出し』インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2022/1/6

兼近大樹さん

 お笑いコンビ・EXITの兼近大樹さんの初小説『むき出し』が発売されて数週間後のインタビュー。兼近さんは「発売直後より、感想が届き始めた今のほうが興奮しています!」と嬉しそうに笑う。

(取材・文=門倉紫麻 撮影=依田純子)

「チャラ男の芸人なのでファンの人だけが読んでくれるのかなと思ったんですが、そうじゃない人の感想もあって。『兼近ならこういう文章を書くだろう』『想像通りだった』っていう感想が結構多いんですよ。嬉しいですが、俺的には自分の殻を破ったつもりだったので、びっくりさせられなかったのは悔しい(笑)」

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『むき出し』は、お笑い芸人・石山の幼少期から現在までの波乱に満ちた人生を追う物語。兼近さんは、石山本人だけでなく出会う人々、その時代ごとの空気そのものもすくいとるように活写していく。作者としての視点はどこに置いていたのだろう。

「わー! その質問、作家さんがされているのを見たことがあります。嬉しいな、答えられるの(笑)。多分、シーンによって違いますね。子供の頃を書く時は、石山に入っています。子供は俯瞰というものを知らないので、文章も俺が俯瞰で書いちゃだめだと思うんですよ。でも年を取るにつれて、人間は俯瞰で物事を見ることができるようになるじゃないですか。なので、この小説でも石山が成長するにつれて文章が俯瞰になっていっていると思います」

 幼少期、中学時代、高校時代、仕事を始めてから、と章ごとに文章自体の印象が異なるのにはそんな理由があったのだ。

「文章に一貫性がなくてぐちゃぐちゃだと思うんですけど、人間ってそうだよなと。すごくダサい思考になっている時もあるし、冷静な時もある。それをそのまま文章にします。芸人になった主人公が〈テイスティングするかのように空気を舌の上で転がす〉とかいう文があるんですけど、かっこつけすぎてて恥ずかしいですよね(笑)。でもその時は主人公に万能感があったはずだから、かっこつけた文章で書きました。主人公が本を読み始めて難しい言葉を知った後は、難しい言葉を使って書いたりもしています。文章能力がないのでそうするしかないんですけど、主人公になってそのまま書けばそれが正解になるかなと。あとたまに主人公から抜けて作者として書いています。入り込み過ぎちゃうと物語として成立しなくなるので。小賢しいことも結構してますね(笑)」

 さらりと「キャラクターに入る」と言うが、それができるのは芸人であることと関係があるのだろうか。

「あると思います。漫才とかコントでは別のキャラクターになるし、バラエティーで話す時も、求められている何かしらの要素を引き受けてキャラクターになっているというか……変な話、タレントって、バレないようにずっと演技しているみたいなものなのかなと思います。小説を書いている時は、石山になれないまま1文字も書けずに仕事場に行ったりもしていたんですけどね。まとめて書く時間がなかったので、夜にちょっと書いて何日か後にまた書くみたいなこともあって。そうすると、作者である俺がいろんなことに触れながら日々成長しているので、書くことも変わっていくんですよね。でもそれもいいのかなと。あの時の俺はこう書いたんだからと、そのまま残しました」

空と太陽は絶対的な存在

 小説全体を通して特に印象に残るのが、頻出する空や太陽の描写だ。例えば、小学生の石山が見ているのはこんな空だ。

〈太陽はおれに見て欲しそうに上にあって、空は青くてピカピカと鳥を光らせ、白い雲がおれを待ってるかのように動かない〉

「空と太陽がめっちゃ好きで、いつも考えてきたなって……環境が変わっても、基本的には常に身近にあるものだと思うんですよね。そういう素敵なものを、石山がどの立場で、どういう都市にいて見ているかということも意識しました。子供の時に地元で見ていた空と、年齢を重ねて東京に出てきてから見た空は違う」

 16歳で働き始めた石山が、空をこんなふうに語る場面がある。

〈俺がこの世から消えたって、この広くて眩しい空は上映され続ける。/そして皆、いい天気だねって観覧する〉。空はいつも美しいが、世界は自分に構うことなく動くことをつきつけるような、残酷さも感じさせる。

「俺は神様とかは信じてないんですけど……もし唯一あるとしたら、空とか太陽がそうなのかなと思っていて。絶対的な存在って、残酷といえば残酷ですよね。それが表れたのかなと思います」

 物語終盤に入ると、石山が自分も含め現代社会に生きる人々の間にある「分断」について深く思考するようになる。そしてそこから、密度の高い文章が勢いを増して流れていく。

「石山がただ言いたいことを言っているので、物語になっていない(笑)。ここはもう石山がこの本を書いているというか……でも石山がこう生きて感じてきたからこそ伝えられることがあるんだと思いますし、僕自身の伝えたいこととか感じたことも乗せてますね。だから授業みたいになっちゃったんですけど(笑)」

〈経験が浅いんじゃなく、経験が違うんだよ。/自分がどこかで誰かから取り入れた考えを中心に据えてる から、相手は間違えている!と思ってしまう〉など我々に直接語り掛けるようなフレーズが並ぶ。

「それぞれが違う経験をしてきて、それぞれの正解の中で生きているんですよね。すげえむずい話なんですけど、世代間とかで分断が起きそうな時に『経験不足』って一言でまとめちゃうのは違うなと。どっちも譲歩できない感じがすごくいやで……なんとかしたい気持ちがあって書きました」

 石山という人間の人生をこうして丸ごと見ることでも「経験が違う」ことがよく理解できる。

「石山を見て『こいつの家庭はやばすぎる』と思う人もいるだろうし、逆に『これが当たり前だ』と思う人もいるかもしれない。どっちにしても石山っていうキャラクターはこの本の中に“いる”し、石山が出会ったやばい人たちも“いる”ので」

ずっと書きたかった。書き終えて、すっきりした

 幼少期から生きづらさを抱えてきた石山を大きく変えるのは読書体験だ。〈こんな狭い部屋にいるのに、 世界がどんどん広がっている〉。そしてそれは、兼近さん自身の読書体験と重なるのだという。

「本って、いろんな気持ちが、いろんな書き方で閉じ込められているものなんだなと感じたんです。キャラクターのいいところも、悪いところも全部を見せてくれる」

 この小説が最初の1冊になる人もきっといることだろう。

「そうなったら嬉しいです。本って、読み方とか選び方がわからなくて読み始められない人がたくさんいると思うんですよ。同じエンタメでもNetflixみたいな新しいものは使い方を上手に教えてくれる人がいっぱいいるけど、本は昔からあるものだから誰も教えてくれない。俺にはそれがきつかったです。だからチャラ男の芸人が本を出したら身近に感じて本を読もうとしてくれる人もいるかなと」

「小説を書くために芸人になった」というほど長年あたためてきた目標を達成した今、兼近さんの中で何か変化は起きただろうか?

「めっちゃ楽になりましたね、気持ちが。6、7年ずっと書きたいと思い続けてきたんですがそれがいったん終わって、すっきりしました。これからはお笑いにもっと向き合えるかなと思うし、俺もネタを書いてみようかな?とか思ってます(笑)」

 

兼近大樹
かねちか・だいき●1991年北海道生まれ。2017年相方のりんたろー。とお笑いコンビ・EXITを結成。“チャラ男”キャラでブレイク。MCを務めるニュース番組『ABEMA Prime』などで積極的に意見を発信している。『霜降りミキXIT』などレギュラー番組多数。YouTubeチャンネル「かねちーといっしょ」も好評。音楽活動や洋服ブランドのプロデュースも行う。

スタイリング:矢羽々さゆり ヘアメイク:富樫真綾(Ari・gate)
衣装協力:ジャケット1万円(Jean Paul Gaultier/ROOTS OF 303)、シャツ1万9800円、パンツ2万4200円(ともにNITEKLUB)