陸のルールは通用しない! 密漁、奴隷労働、人身売買….無法地帯と化した「海」の驚愕の事実とは

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公開日:2021/12/29

アウトロー・オーシャン 海の「無法地帯」をゆく
『アウトロー・オーシャン 海の「無法地帯」をゆく』(イアン・アービナ:著、黒木章人:訳/白水社)

 自然が織りなす海の景色は、見ているだけで息をのむほど美しく、遠く遥か彼方まで続く大海原にはロマンを掻き立てられる。

 しかし、そんな美しくてロマンあふれる海は、一方で無慈悲な場所でもあった。あまりに陸からの目が行き届かず、広大であるがゆえに自由。そんな海の上では人間の善悪をも曖昧なものにしてしまうのだろうか。

『アウトロー・オーシャン 海の「無法地帯」をゆく』(イアン・アービナ:著、黒木章人:訳/白水社)は、それまでの地球の豊かな自然の象徴でもある海のイメージを覆し、無法地帯である本当の海の姿を映しだしたノンフィクションだ。

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「ニューヨーク・タイムズ」の記者である著者のイアン・アービナは、海における違法操業や、奴隷労働、人身売買、殺人、海賊行為などを記事にするべく、世界の77つの海を渡り歩き調査。15のルポルタージュとして本書にまとめた。

「嵐を呼ぶ追撃」では南氷洋を舞台に、ICPO(国際刑事警察機構)に指名手配された違法操業の漁船「バンディット・シックス(六隻の盗賊団)」の一隻を追うシーシェパードの船に乗り、110日間で2万1000 kmという航海史上最長の追跡劇に遭遇する。

「鉄格子のない監獄」では、密航者の運命が描かれる。商船にもぐりこんだ密航者が乗組員に見つかると、密航者は、ドラム缶と木製のテーブルで作ったいかだに乗せられ、海の真っ只中に置き去りにされたり、最悪の場合は海に突き落とされたりするという。商船が密航者を乗せたまま入港すると、船長、もしくは保険業者に密航者1人当たり最大で5万ドルの罰金が科せられることがあり、さらに当局の捜査で港に足止めされると5万ドルの損害が生じるという現実があるそうだ。

 中でも衝撃的なのは、漁業従事者の待遇だ。フィリピンのマニラでは稼げる仕事があると甘い言葉で斡旋業者が人々を勧誘し、契約して気がつくと故郷から遥か彼方の海で数か月間から数年間も働かせられる。契約書には残業手当や病気休暇についての記載もなく、週休1日で労働時間は1日18時間から24時間。さらに食費として毎月50ドルが給料から抜かれ、しかも給料の支払いは3年契約満了後にまとめて家族に送金されることになっている。

 またタイの水産業界は慢性的に漁船乗組員が不足しているため、カンボジアやミャンマーからの労働者で補っているのが現状で、そこでは強制労働と人身売買が横行し、驚くことに海の上ではいまだ奴隷制度が存在するという。

 なぜ海の上ではそのようなことが繰り広げられるのか。

 海上で国の行政司法権があるのは海岸線から12海里(22km)の領海内までなのだ。そして主権的権利と管轄権は200海里(370 km)以内の排他的経済水域(EEZ)まで及ぶとされる。そしてその外である「公海」では法のない広大な世界が広がっているのだ。ちなみにアメリカには海の領土ともいえるEEZを管轄する政府機関がないというのも驚きだ。

 そのほか、豪華クルーズ船では生活排水や毒性の強い廃液を違法に海へ廃棄している事実や、巨大な貨物船を乗っ取る海の債権回収人、日本の調査捕鯨船団とシーシェパードの大立ち回りなどを取り上げ、“記事を書くな、物語を語れ”と「ニューヨーク・タイムズ」で聞かされてきたという著者によって、知られざる海の現実が描き出される。

 海は広大であるが、たった一つしかない。そして海の資源は無尽蔵ではない。海は人類共有の財産であり、また誰のものでもない。だが、誰かの所有物でもないものは蔑ろにされるという「コモンズの悲劇」という言葉が、読後に深く印象に残った。

文=すずきたけし