「家で飲んでも意外にうまい」ビールの秘密は、ノーベル賞候補・東京大学卓越教授による最先端技術

スポーツ・科学

公開日:2022/1/2

『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか? コテコテ文系も学べる日本発の『最先端技術』』(坂田薫/ワニブックス)
『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか? コテコテ文系も学べる日本発の『最先端技術』』(坂田薫/ワニブックス)

 コロナ禍の巣ごもり需要で、缶ビールの売り上げが好調らしい。種類が豊富で、意欲的なビールも目立ち、なにより美味しい。「美味しい」と感じるのは個人の主観だと思われそうだが、近年のビールは実際に美味しくなっているそうだ。

『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか? コテコテ文系も学べる日本発の『最先端技術』』(坂田薫/ワニブックス)は、『スタディサプリ』や大手予備校で人気の化学講師の著者が、最先端の諸研究を誰にもわかりやすく、本書の言葉を借りれば「コテコテ文系の人だって、ビールでも飲みながら気軽に楽しめる」1冊。「光格子時計」「宇宙エレベーター」「ペロブスカイト太陽電池」など、ワクワクするワードが目次で踊る。そんな本書のファーストトピックが、書名にもなっている「『家飲みビール』はなぜ美味しくなったのか?」。要点は、次の3つだ。

advertisement

・抗生物質などの構造解明に使う「X線解析法」を活用
・結晶スポンジを使ってビールの苦味成分を解明し、より美味しく
・注目されない基礎研究を継続した結果ノーベル賞候補にも

 本書は、ビールが美味しくなったのは、2013年に東京大学卓越教授の藤田誠博士らによって開発された「結晶スポンジ法」によることを紹介している。ビールの苦味成分はビールを保存しているあいだにさまざまな化学物質に変化するそうだが、実はそれらの多くは未解明らしい。2013年までは、苦味成分の正体のほとんどが謎に包まれていた。なぜなら、化学物質は、同じに見えても、実際は立体構造が異なり、その一方だけが特別な性質を持っていることがあるからだ。

 ここで、説明に難解な気配を感じるかもしれないが、本書は「わかりやすく」がコンセプト。化学物質の性質を「右手と左手のような関係」にたとえて、理解しやすくしている。右手と左手は似ているが、親指や人差し指など同じパーツからできているものの、位置(順番)が違い、鏡合わせのような存在である。味の素で有名なグルタミン酸も、「右手と左手の関係」にある2つが存在するものの、旨味成分を持っているのは一方だけだという。しかし、化学物質はあまりにサイズが小さすぎるため、構造の違いを見出すことができない。

「X線解析法」を用いれば、分子の構造を詳細に割り出すことができるそうだが、条件がある。それは、「美しい結晶であること」。つまり、「分子が規則正しく配列し、かつすべてが同じ方向を向いている固体」なのだが、本書は「ゴルフボールが等間隔で美しく並んでいる空間で、印字してあるメーカーのマークがすべて同じ方向を向いている」状態と、わかりやすくたとえている。

 さて、その「美しい結晶」の生成は、物質によっては膨大な時間を費やしたり、困難または無理であったり、微量しか入手できないなどのケースがある。ご想像のとおり、ビールの苦味成分がこれに当てはまるのだが、2013年に開発された「結晶スポンジ法」によって可能になった。「結晶スポンジ法」は“ジャングルジムのような規則正しい空間をもっている大きな粒子”をイメージすればよいらしく、「美しい結晶」の生成が困難な化学物質であっても、ここに流し込めば結晶化すら必要なく「X線解析法」での解析が可能となった。結果、ビールを保存しているあいだに変化した化学物質13種を特定。苦味成分が変化する前の新鮮な状態を保てるようになったそうだ。「結晶スポンジ法」を開発した藤田博士は、基礎研究の積み重ねによる成果と強調し、ノーベル賞候補としても注目されることになった。

「結晶スポンジ法」は苦味成分以外の解明にも利用されており、これからますますビールが美味しくなる余地がある、と本書。ビール好きには朗報だ。

文=ルートつつみ
@root223