渋谷龍太 「幼い子にはあえて触れさせない禁忌に、たぶん僕は惹かれていた」
公開日:2022/1/10
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、渋谷龍太さん。
(取材・文=河村道子 写真=干川 修)
宮本輝、浅田次郎、花村萬月。敬愛し続ける作家たちの作品からは「一冊なんて選べない」と悩んだ渋谷さんがシンプルに“好き”を突き詰め、選んだのは生まれて初めて貰った本。
「自分のルーツと言ったらこれだなと思って。小学校に上がる前、かあちゃんに貰ってから、ずーっと見ていました。僕は『ウォーリーをさがせ!』が好きなのですが、それもこの本がきっかけだったんじゃないかな」
本書には、海賊船と出遭ってしまったり、気球が屋根に引っ掛かったり、というトラブルのなか、右往左往する人々が緻密に描きこまれている。香り立つのは作者ならではのシニカルさとユーモア。
「そこには幼い頃にはあえて触れさせないような残酷さも描かれていて。火が付いていたり、鼻が切れていたり、死んでる?と思う人もいたり。当時はそんなこと考えて読んでいたわけではないけど、大人になった今、そうした禁忌な部分にどこか惹かれていたんじゃないのかなと思います」
自身のバンドストーリーを描いた『都会のラクダ』では、現時点から当時を振り返る視点は一切排除した。そのとき起こっていたことを、そのときの気持ちのみで書くことで
SUPER BEAVER、紆余曲折の約17年の歴史を小説として成立させた。
「ドキュメンタリーとして書くと、僕らのバンドに興味がなければ届かない。でも小説という形ならとりあえず読んでくれるかなと思ったんです。“とりあえず”というのが、僕のなかではすごく大事なことでした」
「自分のなかに貯めていたものをずっとかき回すなか、無作為にぽんと出てきた」というリアルで独特な言葉と「当事者だし、当事者じゃない」という感覚で描いたというメンバー4人をはじめとするキャラクターたちが動く物語は、いつしか登場人物と共に悩み、共に喜ぶという実体ある感覚を読む人につくりだす。
「メンバーだけじゃなく、みんなで同じ感情になる、そして一緒に楽しんだり、喜んだりできることが、僕らのバンドが最高に“楽しい”と考えること。正直、バンドの背景やそこにある気持ちとかいる?って思うんですけど、もし僕らに興味を持ってくださったとき、それがわかったら、そっちの方が楽しくない?って」
SUPER BEAVERの歌が、また違う響きを持って聴こえてくる。
「そうだと思います。それは最も怖い部分ではありますが、この小説を書いた一番の目的でもあります」
ヘアメイク:madoka
『都会のラクダ』
渋谷龍太 KADOKAWA 1650円(税込) 高校時代に始めたバンドのメンバーたちが音楽で生きていく覚悟を決めるも味わった“音楽”すら辞めたくなるほどの挫折。“メジャー落ち”を経験し、それでも4人で“楽しい”を追求しながら歩み続けた日々。ブログ、映像作品の特典、そして結成15周年を迎えた一昨年にHPで公開された物語を「今、書きたい文体で」ほぼ書き下ろした長編小説。SUPER BEAVERの愛しい軌跡を渋谷龍太が独特の言葉とユーモアで紡ぐ。