美空ひばりからSMAP、星野源、米津玄師まで… 30の『平成のヒット曲』の背景を読み解く!
公開日:2022/1/16
『平成のヒット曲』(新潮社)は、『ヒットの崩壊』という著作もある音楽ジャーナリスト、柴那典氏の新刊。本書の狙いはざっくりいうとひとつだ。美空ひばり氏「川の流れのように」から米津玄師氏「Lemon」まで、平成を象徴するヒット曲を著者なりの視点でピックアップすること。そして、その曲の時代的な背景や構造を読み解いていくことだ。
選ばれるのは1年に1曲。もちろん、売り上げランキングの上位にある曲とは限らない。著者のチョイスは数字に関係なく、読み解き甲斐のある曲に果敢に斬りこんでゆく。そもそも、枚数が多く売れた曲=流行歌とは限らなくなった今、何がヒット曲か見えづらい時代であるということだ。では指標となるのは何だろう? 列挙してみる。
カラオケで歌われる。飲食店でBGMとして使われる。ダウンロードやストリーミングで聴かれる。動画で再生される。そんな風に拡散されてゆく曲は、「売れる枚数」ではなく「聴かれた回数」でカウントされるべきだ。著者はそのことにさりげなく触れる。今、オリコンよりもビルボード・ジャパンのチャートのほうが信頼できるのは「聴かれた回数」を総合的におさえているからだろう。
取り上げられているアーティストは、サザンオールスターズ、小室哲哉、小沢健二、奥田民生、安室奈美恵、Perfume、AKB48、小田和正、森高千里、一青窈など。いかにしてヒット曲が生まれ、それは社会に何をもたらしたのか。著者はヒットの法則らしきものに着目し、音楽シーンの未来をも予見する。
筆者が特に興味を惹かれたのは、植木等と、彼がヴォーカルを執ったクレイジーキャッツに関する記述。「SMAPを平成のクレイジーキャッツにしたい」――ジャニー喜多川はデビュー当時の彼らについてそう語っていたことを、著者は重要視する。
歌うだけではなくコントもできるグループ、という点でSMAPはその成り立ちにおいてクレイジーキャッツと相似形を成す。バラエティ番組『シャボン玉ホリデー』で音楽×お笑いのエンタテインメントを体現していたクレイジーキャッツと、『SMAP×SMAP』で物真似やコントも披露したSMAP。両者を並置したくなるのは著者だけではあるまい。また、本書では触れられていないが、スチャダラパーというヒップホップ・ユニットのグループ名は、「スーダラ節」に着想を得たものである。
なお、さくらももこの自伝的漫画『ちびまる子ちゃん』では、まる子がクレイジーキャッツに入りたいと宣言する場面がある。歌が下手だから無理だと言われたまる子は「スーダラ節」のような歌詞を書きたいと思うように。また、クレイジーキャッツを敬愛する星野源が25歳の時に「スーダラ節」をカヴァーし、のちにソロで「Crazy Crazy」という曲をリリースしていたのも重要なトピックである。
トリビアが多数盛り込まれた本でもある。宇多田ヒカルは10代前半の頃、小説家を目指していた。X JAPANのhideは生前、インターネットの興隆を予見するアンセムを書いていた。そうした指摘の数々が本書に幅と奥行きをもたらしている。また、デビュー時からヒットメイカーだったと思われがちなミュージシャンが、実は地味で地道なプロモーションの結果、今の人気を獲得した。そんなケースがあることも分かる。
例えば、森山直太朗は、ラジオ局が自分の曲をかけてくれないことを自覚し、局が会議をしている部屋をノックして、ギター1本で歌い、名刺を渡すことから始めたという。歌声で目の前の人を説得するように歌った、と森山は述べている。
あるいは、全米進出をもくろんで事務所を移籍したDREAMS COME TRUEは、挑戦が失敗に終わった結果、テレビ局から締め出され、ラジオでも曲がかからなくなった。そして、各社の担当に2年間謝罪し続けたという。
植木等の曲にあるポジティブなメッセージは今、どの程度リアリティを持って響くのか。パンデミック等で社会が混乱している時代にあっては、音楽はなくてもいい。そう主張する人も多くいる。
だが、こんな時代だからこそ、笑いや歌で人々を楽しませてくれるエンタテインメントが必要とされるのではないだろうか。本書を読むにつれ、クレイジーキャッツの系譜にある音楽こそが、今切実に求められているのだと感じ入った。
文=土佐有明